第二千四百四十七話 神の影(ニ)
八月十二日、サーファジュールの問題は、抵抗軍頭目ゼネルファー=オーキッドの死と、その後の幹部たちの投降によって解決を見た。
しかし、東ザイオン帝国の降伏とそれにともなう西ザイオン帝国による大陸統一の動きに反発する抵抗軍の存在は、なにもサーファジュールだけにあったものではない。総勢十万ほどの東帝国軍の将兵たちがいくつかの集団に分かれ、東帝国領土各地に散らばるようにして活動を開始したのだ。サーファジュールを占拠したゼネルファーの抵抗軍はその中でも最大規模のものであり、それ故、セツナたちは真っ先に対処するべきであると目標に定めていた。規模の大きな組織ほど、活動範囲が広く、戦力が増強される可能性が高い。その活動を放っておけば、投降した東帝国軍将兵の中から、抵抗軍の動きに感化され、同調するものも現れてくるかもしれない。それでは、せっかく東帝国を打倒し、統一帝国が成立しようというときに水を差すことになる。
一日足らずでサーファジュールを抵抗軍より解放したセツナ一行は、投降した抵抗軍将兵たち三万あまりを統一帝国軍に引き渡すと、その足で旧東帝国領東部へ向かった。
旧東帝国領土東部には、ゼネルファーとは異なるものに率いられた抵抗軍が割拠しているという情報があり、その制圧のため、方舟を急がせた。
サーファジュールよりも規模の小さな都市であるガンドダールを根城とする抵抗軍は総勢二万に満たない勢力だったものの、近隣の都市に潜伏する多数の抵抗軍と連携することで、最大六万ほどの兵力を有する大軍勢を構築していた。頭目は、東帝国軍の武装召喚師ラドルガル=アルカマルという男であり、彼は東帝国でも有数の武装召喚師だという話があった。武装召喚師部隊“銀の鷹”の隊長だった彼には、当然多数の武装召喚師の部下がいて、その部下たちをそのまま抵抗軍の主戦力としているという情報があり、セツナたちはガンドダールへ向かう中、気を引き締めたものだ。
しかしながら、ガンドダールの戦いは、セツナたちが危惧したほど困難なものにはならなかった。
八月十五日、つまりサーファジュール解放から三日後に行われたガンドダール攻略戦は、セツナたちにとっては一方的な展開となった。いや、どうしたところでそうならざるを得ないのだ。いくら帝国が誇る武装召喚師が数十人いたところで、女神の加護を得たセツナたちの敵ではない。武装召喚師も一般兵も瞬く間に制圧していったセツナたちは、観念したラドルガルの投降を快く受け入れた。勝ち目がないと悟れば素直に投降するだけ、ラドルガルはゼネルファーよりも遙かに増しだろう。
もっとも、ゼネルファーはなにものかに操られていたのであり、ラドルガルとは比較対象にすらならないが。
ガンドダール解放後は、ガンドダールを拠点に東部に散っている小規模抵抗軍の制圧に動いた。その中のいくつかはラドルガルの呼びかけに応じて、セツナたちの前に現れ、戦うこともなく降伏したという、ラドルガルがいかに東部抵抗軍の中で信頼され、影響力を持っていたかがわかる一幕があった。おかげで東部の解放が加速したものだから、セツナたちにとっても悪い話ではない。
さらにラドルガルは、東部に潜伏するすべての抵抗軍の拠点を把握していたため、セツナたちは、彼の情報を元に各地の抵抗軍拠点を襲撃、それぞれ、苛烈な抵抗に遭いながらも打ちのめし、つぎつぎと制圧していった。
ガンドダールの解放だけならば半日もかからずに終わったものの、東部全体に散らばった小規模抵抗軍の完全制圧には数日の時間を要している。
すべての抵抗軍を制圧し、投降させるに至ったのは、十八日のことであり、その日、セツナたちは、ラドルガルを始めとする抵抗軍の頭目たちを一纏めにして統一帝国軍に引き渡した。
やっとのことで抵抗軍問題を解決し、東西決戦の後始末を終えたセツナたちは、快い疲労感の中で船に乗り、帝都ザイアスへの帰路についたのだった。
セツナたちが帝都ザイアスに到着したのは、八月二十日のことだ。
抵抗軍との戦いの疲れが完全に取れてはいないものの、任務完遂の報告をいまかいまかと待ちわびているであろうニーウェハインの心情を考えれば、休んでなどいられないというのがセツナの本音であり、セツナはレムだけを連れて、帝都ザイアスの至天殿へと直接降り立った。
ファリア以下の皆には、船で待機し、じっくりと休んでもらいたいという想いがあったのだ。至天殿は、統一帝国となる帝国の中枢であり、すべての中心だ。そこには帝国の首脳たちが勢揃いしているだけでなく、東西帝国の重臣だったものたちがひしめき合うようにしている。西帝国はそれこそ一枚岩の如く堅固な組織だったものの、東帝国を吸収したことで、そうもいえなくなっていることだろう。無論、敗者である東帝国に属していたものたちが自分たちの立場を理解していないわけもないのだが、ニーウェハインがひとつの理念を掲げている以上、東帝国の旧臣たちがどのように振る舞ったとしても問題がないのだ。
ニーウェハインは、東帝国の併呑に当たって、こう宣言している。
『西も東もなく、勝者も敗者もない。我々は皆、同じ帝国人なのだ。始皇帝ハインの時代より今日に至るまで、帝国の歴史を紡ぎ上げてきたのはだれか。五百年以上の長きに渡る時を積み上げてきたのは、だれか。それは、皇帝ひとりではない。当然、皇族だけでもない。生きとし生ける帝国人皆の手によって作り上げられてきたものなのだ。大崩壊をきっかけに東西に分かれてしまうという不幸な出来事があり、それ以来数年に渡って反目しあってきたが、それもいまや昔。すべて過去のことと水に流そうではないか』
ニーウェハインの演説は、その場にいた西帝国の首脳陣はもちろんのこと、旧東帝国の首脳陣だったものたちの心をも打ったようだ。
ミズガリスを持ち上げ、それによって甘い蜜を吸っていたようなものたちは、それこそ抵抗軍の一員となっており、演説の場にはほとんどいなかったものの、その場にいたもののほとんどはニーウェハインの演説に感銘を受け、ミズガリスの判断が間違いではなかったと考えるようになったという。
そんな話を、後にセツナは耳にしている。
『我々は、帝国人なのだ。始皇帝以来連綿と受け継がれてきた法と秩序に従い、手を取り合い、ともに歩もうではないか。それこそ、我が父にして偉大なる先帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンの真の願いであり、望みなのだ。わたしもまた、そう想っている』
ニーウェハインは、南大陸の統一によって、東西帝国の垣根を壊し、ひとつの帝国に戻そうと考えていた。彼の望みは、帝国人同士の愚かな争いをなくすことであり、その先にこそ、安寧と平穏の日々があると信じていたのだろう。実際問題、東西紛争が続く限り、ニーウェハインの元に安寧は訪れまい。それは彼が西帝国の皇帝だからではない。たとえ彼が西帝国の皇帝を辞めたところで、同じことだ。皇族である限り、争いからは逃れられない。
ならばどうすればいいか。
争いの根源をなくすことだ。
それこそ、ニーウェハインたちが東帝国打倒を掲げるきっかけだったといってもいいだろう。
仮に東帝国皇帝ミズガリスハインがニーウェハインやニーナを保護し、危害を加えないと約束したならば、どうなっていたか。
もしかすると、ミズガリスハインによる統一大陸ができていたのではないか。
それくらい、ニーウェハインが立った理由というのは、個人的なものだ。
そして、個人的な感情ほど、純粋で強烈なものはない。