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第二千四百四十六話 神の影(一)

 ゼネルファー=オーキッドの肉体が完全に消滅すれば、後に残るのはセツナとの衝突による破滅的な爪痕だけだ。元々、“大破壊”の影響によって荒れ果てていたとはいえ、そこに滅びの楔を打ち付けたかのような光景を見遣りながら、彼は、憮然としていた。

 神の力によって神人を使役していたゼネルファーの討滅に成功し、彼を背後から操っていたものの気配を感じ取ったことは、収穫といえるものかどうか。当初から彼がなにものかに操られているだろうことは、想定していたことではあるのだ。

 なんの理由もなく、人間が神人や神獣を使役することなどできるわけがない。そして、なんの目的もなく、神が人間に力を貸すこともまた、ありえない。

 無論、この世界に顕現した神ならば、話は別だ。神は、ひとびとの祈りに応え、顕現する存在であるため、その祈りや願いを叶えようとしてくれるだろう。

 だが、このいま現在、この天地に満ちた神々のほとんどは、聖皇によって異世界から召喚された神々――皇神であり、皇神たちが古に結ばれた聖皇との契約に基づいて動いていることを鑑みれば、皇神たちがなんの理由もなしに人間に神人を使役する力を貸し与えるはずがないのだ。

 アシュトラがそうであったように。

 皇神は、本来在るべき世界への帰還を望んでいる。

 そのために五百年の長きに渡る雌伏の時を経て、聖皇復活の儀式を実行に移そうとしたのが最終戦争であり、その失敗が“大破壊”だ。“大破壊”以降の神々の動きというのは、不鮮明だが、ひとつ明らかになっていることがある。

 それは、至高神ヴァシュタラを名乗った皇神の集合体が、どういう理屈からかその合一を解き、ばらばらになったということだ。

 ベノアの地に混沌を振りまいた邪知謀略の神アシュトラや、美しき海神マウアウ、闘神ラジャムといったセツナがこれまで遭遇してきた神々は、いずれもヴァシュタラの一部だったのだが、“大破壊”を契機とするかのように個別の神に戻っていたようだ。もっとも、ヴァシュタラから分離した神々の多くは、以前と同じくつぎの機会のため、行動を共にしていると見ていいだろう。

 ヴァシュタラを構成していた神々は数え切れないほどに多くおり、そのほとんどは、おそらくだが、ネア・ガンディアの母体となっているのではないか、と、セツナたちは推測している。その根拠のひとつは、ネア・ガンディアが利用している方舟だ。方舟は、神の力を動力源としており、数多くの方舟を空に浮かばせるネア・ガンディアには、数多の神々が属していることは明らかだ。

 しかし、だからといって、ゼネルファーを背後から操っていた神がネア・ガンディアに属する神なのかは、わからない。ネア・ガンディアとは袂を分かったヴァシュタラの神々かもしれないし、あるいは、二大神の一柱かもしれない。

 いずれにせよ、あまり気分のいい勝利ではないことを認めて、セツナは、遙か北東を見遣った。

 サーファジュールを巡る戦いはまだ終わったわけではない。抵抗軍の指導者たるゼネルファーは討ったが、その配下についてはほとんど手をつけていないも同然だった。

 もちろん、セツナがゼネルファーと戦っている間にファリアたちが多少なりとも対処してくれているだろうが、抵抗軍が降伏してくれるかどうかは不透明だ。彼らの多くは、東帝国皇帝ミズガリスハインの唐突な降伏宣言に理不尽さを感じるとともに東帝国の大義、正義に殉じるために蜂起したといっても過言ではない。一時の感情に流され、引くに引けなくなったものばかりではないのだ。そんなものたちをどうやって説得すればいいのか、いまのセツナには考えつかない。

 とはいえ、もはやゼネルファーの影すら残っていない戦場に佇んでいても意味はなく、彼は翅を広げた。

 

 サーファジュール解放戦は、抵抗軍の全面降伏によって幕を閉じた。

 セツナがサーファジュールに辿り着いたときには、抵抗軍の幹部たちが勢揃いでファリアたちの前に跪いており、何事かと尋ねると、彼ら抵抗軍幹部たちは、ゼネルファーの変容を目の当たりにしたことで衝撃を受け、さらに抵抗軍将兵は愚かサーファジュール市民を巻き込むことすら厭わないその悪魔のような戦いぶりを見て、目を覚ましたという。

 それに引き替え、ファリアたちは、抵抗軍将兵を牽制しつつ、壊滅的被害を受けたサーファジュール中心部の瓦礫を撤去し、遭難者の救助や治療に当たるなど、人間として正しい行いをして見せたことが、彼ら抵抗軍将兵の胸を打ったようだ。さらにウルクナクト号ごと舞い降りた女神マユリが、廃墟同然だったサーファジュール中心市街を復元したことで、抵抗軍将兵は改心するに至ったようだ。中にはマユリ神の御業に奇跡を見出し、涙を流すものも現れたといい、マユリ神もご満悦だったということだ。

 ちなみに、だが、マユリ神は、戦闘の最中も一般市民に被害が及ばないようにその神威を用いており、戦後、その事実を知ったセツナたちは、女神の前ににひれ伏したくなったものだ。マユリ神がいなければ、数多くの犠牲者が出ていたことは間違いない。

「おまえたちが遠慮なく戦えるように力を貸すのがわたしの仕事のようなものさ」

 女神はそういって、微笑んだ。誇るでもなく、当然のように告げるマユリ神の姿には、セツナだけでなく、その場にいただれもが感銘を受けたものだろう。

 セツナ一行の戦いは、マユリ神の助力なくては成り立たないのは間違いなく、そのことを改めて確信したセツナだった。一行の中心は、確かにセツナなのかもしれないが、女神の腕に抱かれているような感覚がある。

「ところで、ゼネルファーとの戦いはどうだった?」

「通信器で伝えたとおりさ」

 女神の質問に対し、セツナは、肩を竦めて見せた。マユリ神の力によって完全に復興したサーファジュール市内では、一般市民と抵抗軍将兵が女神に向かって手を合わせ、拝む姿が散見された。それもそうだろう。ネゼルファーという悪魔の出現によって廃墟の如く破壊された町並みを瞬く間に復元して見せたのだ。だれもが彼女を神と信じて疑うまい。

 マユリ神はその様子について、信徒が増えるのはいいことだと小さくいっている。

 神は、祈りによって示現する。祈りを力の源とする以上、信徒が増えれば増えるほど、力が増大するのは当然のことだ。ヴァシュタラの神々が教会を興したのも、信仰の力を集めることで、聖皇復活の際、二大神を出し抜くための力を得るためだったに違いない。それが果たして上手く行ったかどうかといえば、いかなかったというほかないだろう。

 いずれにせよ、マユリ神が各所で潜在的信徒を増やしていることは、決して無意味ではないだろう。実際、マユリ神は、日々、ほんの少しずつだが力が増しているという。小さな祈りが女神の力となり、女神の力がセツナたちの助力となる。セツナたちが戦えば、女神の活躍の機会が増え、潜在的信徒がまた増大する。好循環といっていいものかどうかは考えどころだが。

「特に手応えもなかった」

「情報も聞き出せなかったといったわね?」

 ファリアが難しそうな顔をした。

「ああ。あいつは、話を聞こうともしなかったんだ。斃すしかなかった」

「うんうん、仕方ないわよ。聞く耳持たない奴と話し合いを続けるなんて、ただの時間の無駄だわ」

「ただ、ちょっと引っかかるものがあったんだ」

「引っかかるもの?」

「視たんだよ、ゼネルファーを斃した瞬間にさ」

「視たって……なにをでございます?」

「それは……」

 セツナは、闇の中に佇む女のことを説明しようとして、口を開いた。



「……残念」

 彼女はひとり、闇の中で囁くように告げた。

 冷え切った暗闇は、彼女の凍てついた心を象徴するかのようであり、彼女はその音なき闇の重さに目を細めた。嫌いではない。が、好きでもない。そんな感情は、存在し得ない。

「糸が切れてしまいましたわ、お姉様」

 つぶやいて、右手を見下ろす。指先から伸びていたはずの糸の一本が重力に従うように垂れ下がり、黒曜石の床に落ちてしまっている。無論、現実に存在しているわけではない。この質量を持った闇と同じく彼女の心象風景に過ぎない。彼女の心のままに蠢く闇のそれとまったく同じだ。なにも変わらない。なに違わない。存在しないはずなのに存在している。

 それこそ、自分そのものではないか。

「それは確かに残念ね。糸が切れれば、人形も操れないものね?」

 確認する必要もないことを確認したのは、そうでもしなければ自分を認識できないからだろう。彼女こそ、混沌とした闇そのものだ。

「ですが、なにも得られなかったわけではありませんわ」

「そうね。彼がいたわ」

「はい」

「セツナ」

「セツナ=カミヤ」

「懐かしい名前」

「ええ……懐かしい……」

 彼女は、重くうねる闇の中で、ひとり笑い続けた。

 人形を通して視た景色の中、黒き矛の使い手は雄々しく成長していた。それはかつて、彼女のかつての主が夢にまで見た英雄のいま現在の姿だった。

 セツナ=カミヤ。

 魔王の杖の護持者。

 それは彼女の主、最大の敵。



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