第二千四百四十四話 後始末(十ニ)
「きっ……さまっ!?」
突如背後に出現したレムの大鎌に切り裂かれたゼネルファーは、すぐさま反撃に転じようとしたようだったが、それは敵わなかった。なぜならば、死神に付き従う五体の“死神”たちがつぎつぎとゼネルファーに追撃を叩き込み、彼の五体をでたらめに破壊していったからだ。瓦礫の光背も武器も防具もなにもかもばらばらに打ち砕かれ、肉体そのものも徹底的に壊されていく。
その猛攻をただ見届けるセツナたちでもない。
ファリアがオーロラストームで雷光を撃ち込めば、ミリュウがラヴァーソウルの刃片を打ち付け、ダルクスが発生させた重力場がゼネルファーの巨躯を地上へと引きずり下ろす。そこへ待ってましたとばかりに飛びかかったのはシーラであり、ハートオブビーストが猛威を振るう。さらにソードケインの光の刃が縦横無尽に荒れ狂い、ゼネルファーの肉体を執拗に損壊していった。無慈悲かつ無情な攻撃の嵐。それを止めるものはどこにもいなければ、聞こえるのはゼネルファーの怒号であり、絶叫だった。
だが、それくらいしなければならない相手だということは、わかりきっている。
マルカール=タルバーがそうであったように神の恩寵を得たものは、常人どころか神人や神獣すらも凌駕する存在となり得た。実際、常人ならば激痛の中で死んでいるほどの攻撃を受けながら、ゼネルファーは怒りに満ちた力の拡散によってシーラを吹き飛ばし、ファリアたちの攻撃すらも撥ねのけて見せたのだ。さらにはでたらめに破壊された肉体を瞬時に再生すると、周囲の瓦礫を繋ぎ合わせ、翼のように広げていった。爆発的な力の広がりが、シーラの接近を阻み、エスクの光刃さえも寄せ付けない。ダルクスの重力場をも振り解いたゼネルファーは、いまや空中に舞い戻っている。怒りに満ちた目は、セツナに向けられていた。
「わお」
「聞いていた以上ね」
「なに、斃す方法は神人と同じだ。“核”を破壊すればいい」
「その“核”の位置がわからないし、探そうにも……ねえ?」
「いっただろう、多少は手強いってな。でもまあ、多少は多少だ」
ファリアとミリュウは、攻撃の手を止めていないものの、威力を抑えていることもあってまったく成果が上がっていなかった。ほかの皆も同じだ。周囲への被害の拡大を恐れ、力の制御を強いられている。ゼネルファーの力の拡散がサーファジュール中心部を壊滅させたとはいえ、だ。これ以上の被害の拡大は防ぐべきであり、そのためにはだれひとりとして全力を出せなかった。
セツナとて、同じだ。
全力を出せば、サーファジュールを滅ぼしかねない。
「多少っつったって、結構ですよ、あいつ」
「あの状態じゃあ近づけやしねえ。俺は接近戦専門なんだぞ」
エスクに続いて憤懣やるかたないといった様子でいってきたのはシーラだ。無論、彼女がハートオブビーストの能力を解放できるのであれば話は別だが、そうでない場合は、斧槍による近接攻撃のみが攻撃手段となるのは致し方のないことだろう。ハートオブビーストの能力は、血を代価として捧げなければならないという制限がある。その分強力なのは間違いないが、血を極力流さない戦いにおいてはまったく使い物にならなくなるのが困りものだった。
「ここはわたくしが囮となって――」
「その必要ねえよ」
セツナは、レムの言葉を遮ると、素早く武装召喚術を唱えた。瞬間、召喚が起こるよりも早く、ゼネルファーが反応する。巨腕がうなったかと思うと、腕に繋がっていた無数の瓦礫が周囲四方に飛散したのだ。それは、ゼネルファーを包囲するセツナ一行を同時に攻撃、あるいは牽制するための行動だろうが、セツナたちはその対処に追われなければならなかった。飛来する瓦礫を避けるのは容易い。しかし、避ければ後方の市街地に直撃し、さらなる被害を生むことになる。
(あいつ……!)
ゼネルファーに見境がないことは、最初からわかっていたことだが、あまりにも周囲の被害を考えない彼の戦い方には、セツナも怒りを感じずにはいられなかった。
セツナは、召喚の最中にも翅を広げて瓦礫を受け止めて見せ、その向こう側から殺到する圧力に目を細めた。ゼネルファーが、瓦礫ごとセツナを圧殺するべく飛びかかってきたのだ。なんらかの力によって硬化した瓦礫を押しつけながら翅の防壁を突破したゼネルファーは、傲然と咆哮を発しながら迫り来る。セツナは、矛をマスクオブディスペアの能力で作り出した闇の手に預けると、両手に召喚したばかりの短刀を握った。
エッジオブサースト。
召喚武装の四種同時併用によりさらに肥大し、先鋭化する感覚の中、時間そのものが緩慢に感じ取れた。
周囲、飛散する瓦礫の対応に追われるファリアたちの姿が脳裏に焼き付くようだった。ファリアはオーロラストームの雷撃とクリスタルビットを最大限に利用して瓦礫を打ち落とし、ミリュウはラヴァーソウルの刃片を巨大な鞭のように繋ぎ合わせ、それを振り回していくつもの瓦礫を叩き落としていた。エリナは、防御障壁を広域に展開することで瓦礫を受け止めて見せ、シーラはハートオブビーストとともに駆け抜け、エスクは虚空砲とソードケインで瓦礫を粉砕している。ダルクスは重力場によって瓦礫の飛散そのものを食い止め、レムは“死神”たちとともに踊るように虚空を舞っていた。
おかげで、ゼネルファーが撒き散らした瓦礫が戦場外に飛んでいくようなことはなさそうだった。
そんな中を瓦礫ごと突っ込んでくるのがゼネルファーであり、そのもはや人間であることを捨ててしまったものの成れの果てに、セツナは、なんともいえない虚しさを感じるほかなかった。闇の手で握った黒き矛の切っ先を瓦礫に向け、“破壊光線”を発射する。純白の光芒が視界を白く塗り潰し、直撃と同時に爆砕が巻き起こる。粉塵が舞い散る中、ゼネルファーの巨躯が猛然と突っ込んでくるのを認めて、彼は渋面を作った。同時に左の短刀を投げ放つ。ゼネルファーはかわしもしない。それはそうだろう。短刀の軌道上、ゼネルファーはいないのだ。
「その顔はなんだ!? 絶望の表情には程遠いぞ!」
「そりゃあ絶望なんてしてねえからな」
両腕を振りかぶり、叩きつけんとしてきた相手に対し、セツナは、そっと右腕を差し出すように掲げた。黒き短刀の切っ先でもってゼネルファーの両拳を受け止めた瞬間、衝撃が短刀から右手に伝わるよりも速く、エッジオブサーストの能力を発動させる。空間が歪んだ。あらゆる感覚の断絶。まるで世界そのものが塗り変わるかのような違和感ののち、五感が復活する。すると、周囲の景色が様変わりしていることが瞬時にわかる。いままでとは異なる情報が怒濤の如く流れ込んできて、彼は頭を振らざるを得なかった。
五感強化は召喚武装使用時の副作用であり、基本的には純粋に身体能力、反射神経の強化といっても過言ではないのだが、しかし、度が過ぎれば毒となるのは当然の話だった。複数の召喚武装を同時併用していることにより、本来、不必要な範囲の情報までも拾い集め、脳に伝達するものだから、処理が追いつかなくなることがある。場所を移さない戦いならばまだしも、空間転移によって戦場を大きく移動すれば、新たな情報が飛び込んでくるのは当然のことであり、そのため、一瞬の混乱が生じるのだ。とはいえ、それも一瞬のことだ。脳そのものが召喚武装の副作用によって強化されている。すぐに正常化し、なんの問題もなかったかのように動き出す。その一瞬――刹那にすら満たない時間が致命的になることは、そうあるものではあるまい。
実際、空間転移直後の思考停止の隙をゼネルファーに付け入られることはなかった。ゼネルファーは両拳を突き出したまま、景色の変化に驚いていたからだ。
「貴様! なにをした!?」
「場所を移した」
冷ややかに告げる。
要塞都市サーファジュールとは大きく異なる景色が、広がっている。
荒れ果てた大地は、“大破壊”の影響を大きく受けていること間違いあるまい。死んだ大地。生命の息吹きさえ感じ取れない荒野は、ひとのみならず、あらゆる生物が生きていくには過酷な大地と化していた。サーファジュールは北東に見える。そこまで遠く離れてはいない。それはそうだろう。エッジオブサーストの片方を投げ放って、それほどの時間を稼げなかった。
だが、彼との戦場には十分すぎる場所だった。
「ここなら思う存分暴れられるだろう。あんたも、俺も」
セツナは、右手に黒き矛を持ち直すと、エッジオブサーストを送還した。
ゼネルファーの相手に四種同時併用は不要だ。