第二千四百四十三話 後始末(十一)
サーファジュールの中心部に出現した天を衝くほどに長大な光の柱は、凄まじい圧力と熱量を発しながら、まるで謳うように波動を拡散させていき、周囲のひとや建物を飲み込み、塵のように吹き飛ばしていった。
数多の悲鳴が聞こえ、怨嗟の声が響く中、セツナは、なにが起きているのかをこの目で確かめるべく、翅を広げ、中心へと急いでいた。光の柱が発する圧力がサーファジュールの中心部に壊滅的な被害をもたらしていることは明らかだ。それがなんであれ、速やかに収束させなければ、サーファジュールそのものが壊滅しかねない。それは統一帝国政府の本意ではない。
サーファジュール市内の神人、神獣は殲滅した。そのことは、女神マユリからの経過報告によって確定している。つまり、作戦の第一段階は完遂したということだ。つぎは、第二段階。抵抗軍兵士たちを制圧しながら、抵抗軍頭目ネゼルファー=オーキッドの討伐が目標となる。いや、討つべきは神人、神獣の使役者なのだが、マユリ神の報告により、ネゼルファーが使役者であることは確定していた。つまり、ネゼルファーを討てばサーファジュールの抵抗軍頭目の討伐と神人使役者の討伐も同時に行えるということであり、一石二鳥といっていいだろう。
もっとも、そんなことを喜んでいる場合ではないのは、火を見るより明らかだ。
『なにが起きているのよ!』
ミリュウの声が腕輪型通信器および女神マユリを通じて、聞こえてくる。
『こちらでも光の柱を確認いたしましたが、あれはいったい?』
『ありゃあいったいなんなんすかね?』
「ゼネルファー=オーキッドだろうさ」
レムに続き、エスクが疑問の声を上げてくるのを聞いて、セツナは、にべもなく告げた。サーファジュール中を駆け抜ける圧力の中にかつて感じた気配にかすかに似たものを感じ取っている。マルカール=タルバーと同じだ。だれかに操られていることを知らず、神の意のままに動く、神の傀儡。神人に似て非なるもの。マルカールのように神人や神獣を使役していたのだから、当然、そのようになることは想定してしかるべきことで、セツナは、そこまで考えなかった自分の迂闊さを呪った。
『あれが?』
「以前、話したよな。サンストレアのマルカール=タルバーの話」
『ああ、シルヴィール=レンコードの話?』
「マルカールだっつってんだろ」
セツナが眉根を寄せながらミリュウに言い返せば、エスクが余計なことを蒸し返そうとしてくる。
『そんなことよりシルヴィール=レンコードという女性? の話のほうが興味深いんですが』
「てめえ後で覚えてろよ」
『はははっ、俺、記憶力に自信ないんで』
「このっ……まあ、いい」
通信器の向こう側のエスクの表情を想像して、彼は頭を振った。エスクはセツナをからかえて心底喜んでいるに違いない。そんな奴だ。賑やかなのは悪いことではないし、気分的にもありがたいのだが、時と場合、話の内容によっては、怒りを覚えることだってないわけではない。セツナは、聖人君子などではないのだ。
「マルカールは神人を操る力を持っていた。そして意図的に災害を起こし、それを鎮圧することで市長としての名声を得ていた……って話、覚えてるか?」
『もちろんよ』
ファリアの優しい声色にささくれだった心が癒やされるのを認める。
『そのマルカールも神人同然に変容したって話よね?』
『つまり、ゼネルファーもそうなったってこと?』
「おそらくは」
『セツナの推測で間違いはないぞ。あれは、人間が人外へと変容した光だ。神からどれほどの力を与えられたのかはわからないが、用心することだ。少なくともただの神人神獣よりは手強いぞ』
マユリ神からの警告を受けるまでもなく、セツナは全身全霊で警戒しながら光の源へと向かっていた。光の柱は、近づけば近づくほどその巨大さがわかる。とはいえ、ザルワーンの龍が出現したときほどの大きさではないし、その影響の範囲もそこまで大きくはない。ただ、このまま光が膨張を続けると喜ばしくないのもまた、だれにだって想像がつくことだ。
セツナは、サーファジュールの中心部に到達していた。要塞化した都市の中心部は、やはり堅牢無比な建物群が立ち並んでいるようなのだが、その南側の一角が光の柱に飲み込まれていた。光の柱の周辺は、地面からなにから吹き飛ばされており、周辺住民や抵抗軍将兵が逃げ惑っている光景が目に飛び込んでくる。避難できていなかった一般市民が混乱を引き起こすのはともかく、抵抗軍の将兵さえも逃げ惑っている様子を見れば、この状況が予定外のものであり、ゼネルファーの能力がまったくといっていいほど知られていなかったこともわかろうというものだ。
末端の兵士たちならばなおさらだろう。なぜ神人や神獣とともに行動しているのかさえ、理解していなかったのではないか。
「よくも……よくもここまでしてくれたものだな……!」
怒りに満ちた声とともに光の柱が霧散し、電熱を伴った凄まじい風圧がセツナを襲いかかった。しかし、セツナはメイルオブドーターの翅によって護られており、なんの問題もない。風が駆け抜けたことすら気づかないほどだ。だが、その光の拡散によってサーファジュール中心部が徹底的に破壊され、逃げ惑う市民や将兵たちをも巻き込み、吹き飛ばしていく様を目の当たりにし、彼は矛を握る手に力を込めた。ゼネルファーには、もはや見境がない。
それはまるで制御を失った神人や神獣のようだ。
明らかになったその姿も、だ。
ゼネルファー=オーキッドと思しきものは、セツナの視線の先、遙か上空に浮かんでいた。肉体は完全に白化し、全身を覆うほどに伸びた髪も白く染まっている。背中からは翼とも光背ともつかない巨大な構造物が突出しており、まるで瓦礫でできた翼を広げているかのようだった。翼だけではない。巨大化した両腕も、よく見れば無数の残骸を組み合わせて作り上げたようであり、彼が光の柱によって破壊した建物の残骸を取り込み、自分の肉体としているように感じられた。
もはや人間ではなくなったその姿は、神々しいというよりは忌々しく、邪悪そのものといっても過言ではない。無論、そう受け取れるのは、セツナが彼のような存在に対し、嫌悪を抱いているからに過ぎないが。
普通ならば、神々しく見えるものなのかもしれない。
「やっとの想いで集めた天兵たちを尽く打ち倒し、わたしの夢も希望も打ち砕かんとするか……」
「天兵……? ああ、神人たちのことか」
セツナは、ゼネルファーのもはや人間ではなくなった顔を見据えながら、唾棄するように告げた。
「あんなもので夢や希望を語るなよ」
「貴様……!」
ゼネルファーが右腕を振り上げると同時に、巨腕を構成していた残骸の数々を投げ飛ばしてきた。超高速で飛来する巨大構造物の数々は、見るからに凶悪であり、直撃を食らえば人間の肉体など粉々に砕けるのは火を見るより明らかだったが、セツナは避けようともしなかった。セツナの遙か左手より飛来した無数の雷撃が残骸をつぎつぎと撃ち抜き、爆散させていく。打ち落としきれなかった残骸もまた、セツナに触れることさえなく無数に切り刻まれた。光の刃が閃き、主張する。ファリアとエスク。無論、シーラも到着したことだろう。
ゼネルファーが続けざまに左腕を横薙ぎに振り抜き、瓦礫を飛ばしてくる。左腕だけではない。背に負った構造物そのものを前方に展開し、巨大な質量を無数に飛ばしてきた。だが、それらがセツナに届くことはなかった。右方向から到来した光の奔流が残骸を飲み込んで粉砕し、残った瓦礫も別方向に引き寄せられていったのだ。ミリュウとダルクス。当然、エリナも一緒にいるに違いない。
では、レムは――。
「ぐはっ……!?」
ゼネルファーが愕然とした顔で後ろを振り向かんとした。
どこからともなく現れたレムが、闇色の大鎌でもって彼の背中を真っ二つに切り裂いたからだ。