第二千四百三十七話 後始末(五)
『セツナ、おまえはなんの問題もなく着地できたようだが……』
「この状況を問題ないと想えるのは、俺への信頼と受け取るよ」
唐突なマユリ神からの通信に皮肉を返したとき、セツナは、神人、神獣からの猛攻を凌いでいた。前方左右から殺到する光弾、光線はまさに弾幕といってよく、メイルオブドーターの闇の翅による防壁でもなければ受けきることはできなかっただろう。避けるのも一苦労だ。そして、再生能力、回復能力の極めて高い神人たちからしてみれば、弾幕を張り続けることくらいどうということはなく、このまま一方的に攻撃を受け続けることになれば、いずれ力尽きるのはセツナのほうだ。召喚武装は召喚を維持するだけで精神力を消耗するものであり、能力を使い続けるとなれば、相応の代価が必要となる。その代価こそ精神力だ。つまり、神人たちがセツナの精神力を消耗させるためだけに弾幕を張ってきたのだとしたら賢いし、これまでただ破壊と殺戮を撒き散らすことしかできないと想われていた神人にも戦術を練ることができるというと考えていいことになる。
それはそれで悪い情報だが、一方で女神からの通信が気になった。彼女は、なにかを伝えてきている。
『……皆、悲鳴を上げていたぞ』
「いや、まあ、そうだろうけど……そんな報告、いるか?」
『皆、おまえに恨み言をいっている』
「……ああ、はい」
セツナは、憮然としながらも女神の配慮に感謝した。皆の恨み言が女神を通してセツナの耳に筒抜けにならないよう、配慮してくれたのは考えるまでもなくわかることだ。皆がセツナに対し恨み言をいうのは当然だ。なぜならばこの高空からの強襲作戦を立案し、実行に移したのはセツナ自身であり、ほかの皆は、エスクを除き、別の方法を取りたがったからだ。女神の加護があるとはいえ、超高空からの地上に落下するなど恐怖以外のなにものでもない。
ファリアたちは、マユリにサーファジュール周辺の地上に転送してもらい、四方から攻め込むことで神人たちの注目を集めればいいのではないか、と提案してきたのだが、セツナは上空からの強襲に拘った。そのほうが遙かに速いし、一般兵が集まるより先に神人、神獣を減らすことができると踏んだのだ。地上から攻め寄せれば、一般の将兵の動員も促し、神人神獣人間が入り乱れるようなことになれば、厄介極まりない。神人神獣の頭数だけでも減らしたいというのが、セツナが降下作戦に拘った最大の理由だ。
その結果、皆に恐怖を味わわせてしまったことについては、謝る以外に方法はないのだが。
『この戦いが終わったら、皆の機嫌取りに奔走するが良い』
「忠告、感謝します」
セツナがそういったのは皮肉でもなんでもない。マユリ神が親身になって心配してくれているからこその忠告なのだ。無論、ファリアたちが本気でセツナを恨んでいるとは考えにくいが、彼女たちの意見を封殺し、降下強襲作戦を強行したのもまた事実だ。戦いが終わったあと、彼女たちの御機嫌取りに奔走しなければならないのは間違いない。それもまた、セツナの宿命といえばそうなるだろう。ファリアたちの存在によって支えられているのだから、彼女たちの精神状態の安定を図るのは当たり前のことだ。そのためならばどのような労力も惜しむつもりはない。
それはそれとして。
(いい加減、鬱陶しいな)
神人たちの波状攻撃による弾幕を防ぎ続けているという事そのものに苛立ちを覚えたセツナは、視界を埋め尽くす爆煙の彼方の気配に向かって移動を開始した。翅の防壁を構築したままでも移動は可能だ。そして、翅がいくら攻撃を受けようと、セツナの移動そのものが阻害されることはない。地を蹴り、弾幕と爆煙の中を突っ切るように低空を飛ぶ。城壁上を南東方向に移動し、神人神獣の集団に突っ込む。咆哮が聞こえた。多頭の神獣が吼えたようだった。だが、セツナはそのようなもので怯むわけもなく、爆煙の真っ只中で矛を振り回した。無数の手応えは、複数の神人神獣を連続的に切り裂いたからだ。さらに矛を振り回した風圧で爆煙を吹き飛ばし、復元中の神人を細切れに切り刻んで“核”を探す。“核”は真紅の宝石のようであり、見逃しにくい。そして発見すれば最後、セツナは無意識的に“核”を破壊して見せた。
立て続けに神人神獣を撃破したセツナだが、弾幕は止んでいない。前方と右側――つまり南西側の城壁上からだ――の大攻勢は、止む気配がなかった。少しでもセツナの精神力を削ごうとしているのか、それとも、セツナの防御を破れると考えているのか。いずれにせよ、鬱陶しいことこの上なく、セツナは無表情になった。
「武装召喚」
そんな彼が無表情のままつぶやき、召喚してたのは、闇の仮面マスクオブディスペアだ。左手に取ったそれを額の上に固定すると、透かさず南西側の城壁上に複数の闇人形を具現させる。闇人形たちの戦闘能力は、もちろん、セツナを遙かに下回るものの、神人の相手くらいならば問題なくこなせるだろう。なにより、闇人形たちは、セツナの精神力が続く限り、何体でも出現させることができたし、何度でも蘇る。まるで神人のように。
(あっちが神人ならこっちは魔人か?)
黒き矛カオスブリンガーは、神々によって魔王の杖と呼ばれている。魔を司る召喚武装カオスブリンガーの眷属たるマスクオブディスペアが生み出す人形たちは、魔の人形といっていいはずであり、つまるところ、魔人と言い換えてもいいのかもしれない。
魔人たちが出現したことで、セツナを包み込んでいた弾幕が薄くなった。南西側城壁上の神人神獣が魔人の相手をしなければならなくなったからだ。
セツナは、南東側城壁上の神人神獣をつぎつぎと撃破していきながら、自分の策が間違っていなかったことを確信した。
人数配分において、セツナがひとりになったのは、大正解も大正解だったのだ。
セツナが担当したのは、サーファジュールの北側で、西側はミリュウ、エリナ、ダルクスの三人組、ファリア、シーラ、エスクの三人は東側を担当、南側はレムがたったひとりで降り立っている。レムをひとりにしたのも、レムの能力を考えてのことだった。レムは、マスクオブディスペアと同等の能力を用いる事ができる上、彼女自身は不滅の存在だった。故に彼女には多少の無茶をさせることができるのだ。だからといって無理をさせたくなどはないのだが、今回のようにそんなことをいっている場合でもないときは、彼女の不滅性に頼るしかない。そして、レムはセツナに頼られることを殊の外喜んでしまうものだから、セツナとしてはそれが正しいのではないかと錯覚してしまう。
レムの不滅性に頼り切りになるのは、決していいことではないのだが。
それはそれとして、セツナは、サーファジュールを囲う幾重もの城壁のうち、外周部に当たる城壁の上にいる。つまり、内側の城壁上にはいまだ無数の神人や神獣がおり、それらの攻撃はセツナと魔人で分散しているとはいえ、一向に止む気配はなかった。
元より神人神獣は殲滅しなければならないのだから、うんざりしても致し方のないことなのだが。
(とはいえ)
セツナは、さすがに鬱陶しくなって、黒き矛を前方に掲げた。直線上に一般将兵がいないことを確認して、“破壊光線”を撃ち放つ。城壁上、障害となるものはほとんどない。あるのは神人、神獣の群れであり、そのすべてを飲み込むようにして、破壊的な光の奔流が渦を巻いた。純白の濁流がすべてを塗り潰していく中を駆け抜け、神人神獣をつぎつぎに切り刻み、“核”を破壊する。
瞬く間に数十の神人神獣を撃滅したセツナは、内側の城壁に飛び移りつつ、下方を見遣った。
サーファジュール市内は、当然の如く騒然とし、人間の将兵が動き出していた。彼らが城壁上に集まる前に城壁上の神人神獣を殲滅するのが、作戦の第一段階、その前半に当たる。
第一段階後半は、市内各所に配置されている神人神獣の殲滅であり、つまり、作戦の第一段階は神人神獣の殲滅だということだ。
まずは、神人と神獣を滅ぼし切らなければ、話にならない。