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第二千四百三十六話 後始末(四)

 サーファジュールは、幾重もの城壁に囲われた要塞然とした大都市だ。

 小国家群の大都市とは比較しようのない規模は、さすがは大陸三大勢力の一角を成したザイオン帝国の都市というべきであり、その巨大さは、王都ガンディオンを丸呑みしても余裕があるほどだという。

 形状としては、上空から見下ろすと、東西南北の四方に大きな出っ張りを持つ歪な菱形、というべき形状であり、その歪な菱形をなぞるように幾重もの城壁が築き上げられている。そして、そのいくつもの城壁の上を無数の神人が神獣と散歩するようにして歩き回っていた。おそらくは、神人、神獣の感知能力を駆使した警戒網であり、並みの人間、武装召喚師では接近することもままならないだろう。

 神人、神獣は、常人とはかけ離れた索敵範囲を誇るだけでなく、身体能力、戦闘能力もまた、常人とは比較しようがないほどに凶悪だ。武装召喚師ですら、簡単には撃破できないのが神人なのだ。

 とはいえ。

『相手が神人なら、怪物なら、手を抜く必要はねーっすよな!』

 腕輪型通信器を通して聞こえてきたのは、エスク=ソーマの歓喜に満ちた声だ。彼は、合流してからというもの本気で戦うことができず、鬱憤が溜まっていたらしい。彼は、当初、このサーファジュール攻略戦にも乗り気ではなかったが、相手が神人神獣を使役しているということが判明すると、俄然、やる気を出し始めていた。というのも、神人神獣にはいまのところ治療法がなく、拘束手段も存在しないため、一般の帝国兵のように生かしてやる必要がないのだ。

 つまり、彼がようやく本気で戦うことができるというわけであり、その戦いぶりを目の当たりにできないのは、少しばかり残念だとセツナは想ったりした。

 ちなみに、腕輪型通信器は、装着者と女神マユリの間でのみ通信が可能であり、本来ならばエスクの声など聞こえてくるはずもないのだが、マユリ神が中継してくれることで会話すらも可能になることが判明したのだ。その場合、会話の内容は通信器を起動中の全員に筒抜けとなるため、内緒の会話などはできない。マユリ神にいえば、特定の相手とのみ通信することも不可能ではないだろうが、そうした場合でも、マユリ神には筒抜けだということに変わりはない。

 ともかくも、遠距離通信手段を得たセツナたちは、ある程度の範囲内ならば離れていても意思疎通ができることになったということであり、かなり作戦の幅が広がっていた。サーファジュール攻略作戦も、この腕輪型通信器を大いに活用することになるだろう。

 サーファジュール攻略作戦は、というと――。

『最終目的は抵抗軍の制圧だが、そのためにはまず、全神人、神獣の撃滅が必須となる。それも、神人神獣を使役するものを生かした状態で行うのが望ましい』

 セツナは、眼下、ゆっくりと迫り来るサーファジュールの威圧的な外観を見遣りながら、脳裏に作戦会議を思い浮かべた。

『どうして? まっさきに指揮官を抑えるんじゃだめなの?』

『その指揮官が神の徒と化している可能性が濃厚である以上、指揮官の撃滅もまた、必須事項となる。そして、その場合、危惧するべきは、制御を離れた神人神獣の暴走だ。いまは大人しく指揮官の指示通りに動いているが、制御を失えばどうなると想う?』

『暴れ回るでしょうね。敵味方の見境なく』

『多くの巻き添えが出るのは、間違いねえな』

『あー、そういうことね』

『神人らの指揮者を討つのは当然だが、それは後回しだ。まずは神人と神獣を殲滅する。神人神獣の大半は各城壁上を哨戒しているが、市内に配置されているのもいる。それらをくまなく見つけ出し、すべて滅ぼしたのを確認してからが本番となる』

『一般兵は?』

『できる限り生かしたい。が、あくまでも自分たちの身の安全が最優先事項だ。それを忘れないでくれ』

『セツナこそね』

『ミリュウ様の仰るとおりでございます、御主人様』

『……ああ、わかってるよ』

 セツナは、ミリュウとレムだけでなく、その場にいたほぼ全員にじっと見つめられて、肩を竦めたものだ。まるで信頼されていないような扱いを受けて、気分がいいわけもない。信頼されていないというよりは、心配のされすぎといったほうが正しいのだろうが。

(それってつまるところ、信頼されていないってことじゃあねえのか?)

 無茶をしすぎるのがセツナである、という意味での信頼はあるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、セツナは、眼前に迫った城壁上の神人一体と神獣二体がほぼ同時に反応するのを目の当たりにした。

 セツナは、遙か上空のウルクナクト号からサーファジュール外周の城壁に向かって降下していたのだ。セツナだけではない。全員が全員、作戦会議で決まった部隊編成通りに分散して、サーファジュール各所に向かって降下している。セツナはメイルオブドーターの能力によって空を飛ぶことも可能だが、ほかの皆は大半が飛行能力を持たない。普通に落下すれば、いくら武装召喚師といえど地面に叩きつけられて即死するはずだが、その点はなんの問題もなかった。

 女神の加護がある。

 マユリ神の御業によって目標地点に転送してもらうという方法もあったが、セツナは、それよりも目立つことを優先して、このような方法でサーファジュールを襲撃したのだ。

 なぜ、目立つ必要があるのかといえば、単純なことだ。サーファジュールの抵抗軍の中で特に感知範囲が広いのは、神人や神獣たちだ。その神人神獣の索敵範囲を通過する形でサーファジュールに降り立てば、降下地点に神人を集めることが可能だろう、という判断だった。

 サーファジュール攻略には、いくつかの段階を踏まなければならない。その最初の段階こそが難関であり、それが広大な都市内を走り回って神人神獣を殲滅するというものだ。それも、三万の一般兵を無力化しながら、という条件付きであり、ただ闇雲に召喚武装を振り回せばいいというものではない。サーファジュールには一般市民もいるだろう。それら一般市民に被害が出るようなことは極力避けなければならず、そのためにも市街地での戦闘はできるだけ回避したかった。

 それ故、敵の注目を集めるような襲撃方法を取ったのだ。

 そして、セツナの思惑は見事なまでに上手くいっていた。少なくとも、着地予定地点周辺を哨戒中の神人、神獣が多数、こちらに向かって移動している様子がわかったのだ。おそらく、ほかの降下地点でも同様に敵の目を集めていることだろう。

 メイルオブドーターの能力によって降下速度を制御し、着地するのと同時に飛び退き、敵の攻撃を回避する。背中に腕を生やした大型犬のような純白の獣が二体、左右から飛びかかってきたのだ。その回避行動を見越したのだろう神人の攻撃を矛の切っ先で捌く。伸びてきた指先を切り裂き、立て続けに殺到した神獣の牙に対しても、矛を振り回すことで対処する。数本の牙を打ち砕きつつ、南東、南西の双方から神人、神獣が群れを成した接近してくる状況を察知し、彼はにやりとした。 

 直後、神人や神獣の咆哮が無数に響き、サーファジュール市内を震撼させる。一般市民のみならず、抵抗軍の将兵たちも恐怖に震えているのではないか。そんな気がしてならなかった。陸軍大将を信じ、ついてきたものたちは、いまごろ自分の行動の愚かさを知り、嘆いていたとしてもおかしくはない。白化症罹患者を使役するなど、通常では考えられないことだし、ありえないことだ。統一帝国軍に対抗する数少ない手段とはいえ、そう簡単に納得できるものでもあるまい。

 とはいえ、抵抗軍から離反者が出ていないところを見ると、抵抗軍の意思統一は極めて強力だということも想像できるため、案外、ゼネルファー=オーキッドが神人や神獣を使役していることを受け入れるだけでなく、賛美している可能性もなくはない。その場合、彼らに降伏を期待するのは絶望的になるが。

 セツナは、そんなことを考えつつも、神人のつぎの攻撃の瞬間、その懐へと踏み込み、矛を振り上げてその巨躯を真っ二つに両断した。復元が始まるよりも早くその肉体を切り刻み、“核”を露出させ、破壊する。神人の細胞の結合が解け、砂のように崩れ去るのを見届ける暇はない。背後からは神獣が飛びかかってきていた。しかし、それはセツナにとって好都合としか言い様がない。黒き矛の切っ先を掲げ、“破壊光線”を撃ち放つ。二体の神獣を巻き込むように矛を振るえば、破壊的熱量の奔流が二体の異形の大型犬を飲み込み、その肉体を構成する細胞という細胞を破壊し尽くす。無論、その程度で滅ぼせるはずもない。神獣も神人と同じだ。“核”を破壊しない限り、再生と復活を繰り返す。

 故に、マユリ神は、神人、神獣が二千体もいるという事実を問題視したのだが、当然のことながら、獅徒や神属とは比べるべくもない。

 セツナは、露出した二体の神獣の“核”を立て続けに破壊すると、遠方から殺到した光線や光弾に気づき、目を細めた。神人、神獣の注目を集めた結果、攻撃の的になるのは必然だし、わかりきっていたことだ。

 それは、光の弾幕といってよかった。



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