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第二千四百三十三話 後始末(一)

 東ザイオン帝国皇帝ミズガリスハイン・レイグナス=ザイオンの降伏宣言によって、西ザイオン帝国が東西決戦に勝利したのは、大陸暦五百六年七月二十八日のことだ。しかし、南ザイオン大陸全土を掌握する統一帝国が即座に誕生したわけではない。西帝国による東帝国の併呑、吸収は、想像よりも遙かに困難を極めていたのだ。

 東帝国皇帝ミズガリスハインの降伏宣言は速やかに大陸各地の戦場に伝えられ、東西両軍の矛を収めさせたものの、すべての東帝国軍将兵が降伏に納得し、西帝国軍に降ったわけではなかったからだ。無論、大半は、帝都ザイアスの陥落を知り、ミズガリスの降伏を知れば、抵抗は無意味であると悟り、矛を収め、西に降ることを選んだのだが、あまりにも早すぎる終戦と決着の付き方に納得のいかないものたちは、西に降ることなく戦場から消えて失せた。

 その数、およそ十万といわれている。

 つまり、総数約四十万という東帝国軍の四分の一ほどが皇帝の意に背く形で野に下ったということだ。しかも、それらおよそ十万の軍勢はいまだ西帝国の手の及んでいない地域の都市を占拠し、西帝国に対し、徹底抗戦する意思を示しているという。

「皇帝が降伏しただけであっさりと終わるとは想っていなかったさ」

 セツナは、南ザイオン大陸の東帝国領土を映し出した映写光幕を見上げながらつぶやいた。

 約十万の軍勢は、ひとつの意思によって束ねられているわけではなく、いくつかの勢力に分かれているらしい。そのうち、もっとも大きな軍勢が南東部の都市サーファジュールを拠点としているという報せが入っている。

「そりゃそうよねえ。いくら皇帝サマが投降したからといって、簡単に納得できるものでもないし」

「戦況的にね。同情はするわ」

 ファリアが同情するといったのは、東西決戦における戦況が必ずしも東軍にとって悪いものではなかったからだろう。兵力において多少西の方が勝っていたとはいえ、大差はなく、戦術次第でどうとでもなるような兵力差だった。だからこそ、東帝国軍は西の挑発に乗る形で総力戦に応じたのだし、東西決戦が起こったのだ。もし、圧倒的な兵力差、戦力差があったとすれば、あのような形で戦いに応じることはなかったのではないか。

 東帝国軍将兵の多くは、東西決戦に勝てる見込みがあると踏んでいただろうし、そのために奮起奮戦していたことは、各地の戦線から届いた戦後報告に目を通せばわかることだ。もっとも、西軍が奮闘していなかったかといえばそんなことはなく、西帝国の将来を賭けた一大決戦に懸ける想いの強さで負けるわけもない。

 各戦線における優勢劣勢の割合は五分五分といったところで、それもまた、東帝国軍将兵をして皇帝降伏に納得がいかなかった理由のひとつかもしれない。無論、各戦線の戦況などわかるはずもないが、優勢を誇っている戦線の将兵たちにしてみれば、降伏する道理はないと考えてもおかしくはなかった。

 そんな連中の元に帝都が陥落し、ミズガリスが降伏したという報せが届けば、どうなるか。

 東帝国の支配者たる皇帝の降伏によって戦意を失うものも少なくはないだろうが、中には、その報せを虚報であると疑うものもあっただろうし、皇帝の勝手な判断に激怒したものもいたかもしれない。戦線は押しているにも関わらず、本陣が落ちたのだ。納得できるわけがない。

「だからといって放置するわけにはいかないから、俺たちで対処するってわけだ?」

「地理を無視した遊撃は俺たちの専売特許だからな」

「まあ、大軍勢を動かすとなれば骨ですからな。陛下が大将を頼るのも無理はない」

 エスクがどこか嬉しそうにいったのは、セツナが頼りにされていることに対してなのか、戦いが終わらないことに対してなのか。彼は戦闘狂というほどではないにせよ、平時よりも戦場にこそ生き甲斐を見出す部類の人間だ。そういう意味では、戦後の穏やかな時間ほど彼にとって虚しいものはないのかもしれず、新たな任務を喜ぶのは当然なのかもしれない。

 任務。

 そう、任務だ。

 セツナたちは、戦後処理を全力を挙げて行っている西帝国首脳陣に成り代わり、旧東帝国領土各地に潜む抵抗勢力を制圧していくという重要かつおそらくとても面倒な任務を与えられたのだ。抵抗勢力は総勢十万ほどで、三万程度の勢力を最大のものとして、ほかにも複数の勢力が各地に分散して潜んでいる。十万が集合すればそれなりの戦力になるはずだが、それは無理というものだろう。彼ら抵抗勢力は、東西決戦において各地に投入された東帝国軍のうちの一部に過ぎないのだ。示し合わせて一斉に抵抗勢力となったわけではない。それぞれ個別の意思でもって行動している。

 故に各個撃破が可能という考え方もあるが、故に面倒になったという考え方もできなくはない。なにせ、抵抗勢力は、旧東帝国領土の各地に分散しているのだ。それらを探しだし、制圧しなければならない。多少どころかかなり面倒だと想うのは当然だろう。

 それもあり、ニーウェハインは、セツナに直接そのことを頼みに来たとき、申し訳なさそうな様子だった。

『君たちのおかげで勝利したというのに、またしても君たちを頼らなければならなくなったんだ。申し訳なくもなるだろう?』

 しかし、セツナは、ニーウェハインとの契約内容に言及し、笑った。

『東帝国を完全に打倒するまでは自由に使ってもらって構わないさ。俺たちにしかできないことならなおさらな』

 それは、とりもなおさず、東帝国の残党ともいえる抵抗勢力を殲滅し、南大陸に安定的な秩序が戻るまでは協力するということだ。契約内容にはそう記してはいないものの、セツナの感情として、そういう想いがある。帝国など本来知ったことではないし、どうでもいいはずだが、ニーウェハインが皇帝となれば話は別だったし、ニーナたちにも恩返しをしなければならない。それは、東帝国皇帝を降伏させた程度で収まるものでもないのだ。

『ありがとう、セツナ。君には感謝のしようもない』

『それは俺だけじゃなく、皆にいってくれよ。俺はひとりじゃなにもできやしないんだからさ』

『そうかい?』

『ああ』

『……わかったよ。君の仲間にも感謝を』

 仮面の奥でニーウェハインが微笑んだに違いないことを認め、セツナもまた、微笑したものだ。

 そうして、セツナはニーウェハインからの頼み事を受諾し、皆を呼び集め、船に戻ったのだ。

「抵抗勢力は、旧東帝国領土の各地に分散している。そのうち、もっとも大きな勢力がこれから向かう南東の都市サーファジュールを拠点としているそうだ。その指揮を取っているのは、東帝国の陸軍大将ゼネルファー=オークッドという人物らしい」

「東帝国においてはかなり慕われていたらしいですぜ、陸軍大将」

「ほう」

「ま、風の噂で聞いた程度ですが。数万の将兵が彼に付き従い、勝てる見込みもない戦いに身を投じたのも、人望の厚さ故でしょうな」

 エスクが冷ややかに告げたのも、当然のことだ。

 抵抗勢力は、すべて合わせれば十万程度の大軍勢になるのだが、しかし、それぞれが独立した軍勢、勢力であり、各地に分散していることを考えると、合力し、一大勢力になる可能性は極めて低い。東帝国領土は西と同じく広大であり、各地に分散した以上、一カ所に集まるのも大変な時間と労力を要する。つまり、それぞれ数万程度の兵力で、離反しなかった三十万ほどを組み込んだ統一帝国軍およそ七十万と対立するというのだから、馬鹿げた話だ。

 勝てる見込みなど、万にひとつもない。

 彼ら抵抗勢力の行動は、感情的なものに過ぎないのだから、勝てる見込み云々をいうのはお門違いも甚だしいのだろうが、それでも降伏宣言から数日が経過し、冷静になって考える時間もあったはずであり、自分たちが勝ち目のない戦いに身を投じているという認識はあるはずだった。それ故、既に崩壊気味の抵抗勢力もあるようだが、サーファジュールの抵抗勢力にその兆候は見られていない。

 おそらく、陸軍大将ゼネルファー=オーキッドを擁しているからだろうが。

 いずれにせよ、ニーウェハイン皇帝を頂点とする統一帝国を成立させるためには、それら抵抗勢力の排除が急務なのはいうまでもないことであり、セツナたちは、方舟に乗って現地へ急行した。

 



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