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第二千四百三十二話 家族(二)

「ミズガリスを殺すのは、簡単だ。俺が命じた瞬間、彼の命数は尽きる。西が勝ち、東が敗れた。東の指導者であり、皇帝を僭称した大罪人ミズガリスは、断罪されるべきだという論調も理解している。それがまばゆいくらいに正しく、この国の将来にとっても良い選択だということも」

 なにも、ミズガリス一党全員を処断する必要はない。皇帝を僭称したミズガリスひとりを処断すれば、それで済む話だ。ミルズやエリクスだけでなく、ミナや東帝国の首脳陣だったものたちまでも連座して断罪する必要などはないだろう。皇帝を僭称したのは、ミズガリスだ。それ以外のものたちは、ミズガリスを支持したとはいえ、それ以外に選択肢がなかったといえば、それで済む話ではあるのだから。

 会議の場では、ミズガリスを処断しないためにこそ、そこに拘ったのだが、実際のところ、ミズガリス本人とそれ以外のものたちの罪については、別物として割り切って考えることは不可能ではなかった。

 もっとも、そのことに拘ったのは、ミナがそれを強く主張したからにほかならず、もしミナがそのような意見をいってこなければ、だれひとり、ミズガリス以外の罪の在処について問うものはいなかったのではないか。少なくとも、ミルズやエリクスら、東から西に流れてきたものは口を閉ざしただろうし、それでいいとニーウェハインは考えていた。

 ミズガリスを赦すつもりだったのだ。わざわざ、話をややこしくする必要はない。

「ミズガリスを赦すということは、後の禍根を残すということにほかならない」

 ニーウェハインは、嘆息しながら告げた。厳然として、認めなければならない事実だろう。ミズガリスほど扱いの難しい人間はいない。ミルズやエリクスのように要職につかせればそれで満足するような人間ではないのだ。

 いや、ミルズは満足していない可能性は高い。彼もまた、皇位継承権において、ミズガリス、マリアンと頂点を競ったひとりだ。彼の野心は、いまもなお、胸の奥底でくすぶっている可能性は高い。

「ミズガリスは、俺が赦すことについて、感謝よりもむしろ憎悪や嫌悪を抱くだろう。彼は、そういう男だ」

「そうだろうな」

 ニーナが小さくうなずく。

 ミズガリスが気難しい性格の持ち主だということは、だれもがよく知るところだった。それでも天智公として国民の人望を集めていたのは、国民目線からは彼のいい面しか見えないからというのも大きい。無論、天智公としての実績があってこその評価だろうが。

「とはいえ、彼もすぐには俺の敵に回ろうなどとはすまい。そしてそれこそが重要なのだ。彼もまた、父上の最期を見届けたはずだ。ザイオン皇家の人間としてなにが正しく、なにが間違っているのかも深く理解しているはずだ」

 彼が皇帝を僭称したのは、そうでもしなければ皇帝になれなかったからだ。皇帝となることで、彼は、先帝シウェルハインの遺志を継ごうとした。それは、ニーウェハインの自分勝手な、都合のいい解釈でもなんでもない。ミズガリスハインと名乗った彼が東帝国領土において為してきた事績を鑑みれば、彼が先帝に倣い、皇帝に相応しくあろうとしていたことは容易に想像がつく。無論、先帝に並ぶことなどありえないにしても、彼は大崩壊後の混乱を能く収め、新たな秩序の構築に成功したといってもよかった。それも、あり得ないほどの迅速さでだ。

 彼がいかにも有能で、優秀なのは、東帝国の成功例を見れば一目瞭然だ。

 それほどの人材を手放すのは、大きな痛手だ。

 もちろん、彼が皇帝を僭称したことの罪の大きさは、理解しているつもりだ。帝国史上に残る大罪であり、過去だけでなく、遙か将来も彼ほどの罪を為すものは出てこないだろう。皇帝とは、帝国にとってそれほど重要な存在なのだ。皇位継承者に選ばれてもいない人間が一方的に皇帝を名乗るなど、あってはならないことだ。天に唾棄するとはまさにこのことであり、神に徒なすも同じことだ。故にだれもが彼に厳罰を求めた。極刑こそ、彼ほどの大罪人には相応しいと、だれもが口を揃えていう。それも、わかっている。

 しかし、だ。

 ミズガリスほどの人材を他から見出すというのは、極めて困難だろう。ミズガリスに並ぶ才能を持ったものはいるかもしれない。しかし、ミズガリスには圧倒的な経験という、代えがたいものがあるのだ。ミズガリスは、少年期から政治に携わり、天智公に選ばれてからというものその辣腕を振るい続けた。そういった経験は、金では買えないものであり、膨大な時間を必要とするものだ。

 統一帝国には、人材がいる。それこそ、湯水のようにだ。その筆頭にあげられるのが、ミズガリスなのだ。この場合、彼の罪を度外視してでも登用しなければならない。でなければ、統一帝国の基盤を作ることもかなわないのではないか。

 それは言い過ぎにしても、余計な時間や労力がかかるのは間違いない。

「彼が帝国臣民に害を為すとは、考えにくい」

「だから、生かす、と?」

「……わたしに忠誠を誓い、帝国臣民のために人生を費やすことを誓うならば、だ」

 ニーウェハインは、皇帝として、告げた。

「もし、ミズガリスがそれを受け入れないのであれば、処断するだけのこと」

 そして、その可能性が必ずしも低くないという事実に彼は目を細めるのだ。

 ミズガリスほど自尊心の高い男が、進んでニーウェハインの下風に立つかというと、疑問の残るところだった。



 そのミズガリスはというと、至天殿の下層部地下牢にみずから足を踏み入れ、閉じこもっていた。

 ただひとり、配下も従者も連れていないのは、それこそ、彼の自尊心がなせる業だろう。牢に入っている惨めな自分の姿をできるだけ他人に見せたくないのだ。それ故、ラミューリン=ヴィノセアが同じようにして牢に入ることを望んでも、許さなかった。ラミューリンは、ミズガリスの身の安全のため、彼の側に従事しようとしたのだが、ミズガリスはそれさえも拒んだのだ。

 誇りが、それを許さない。

 とはいえ、ラミューリンの考えるようにミズガリスの身の安全を確保するのは極めて重要なことであり、ミズガリスの入った牢は極めて厳重に警護されていた。まるで要人を護るような厳重さだが、それもそうだろう。ミズガリスは、この南大陸騒乱の元凶といっても過言ではない。彼を恨めしく想う人間は少なくなく、西帝国に対し降伏を宣言し、皇帝であることを辞めたいま、彼の命を狙うものが現れたとしてもなんら不思議ではなかった。だからこそ、ラミューリンは彼の側でその身辺を警護しようとしたのだろうが、それがミズガリスには余計なお世話だったのかもしれない。

 彼はむしろ、そのように殺されることを望んでいたのではないか。

 ニーウェハインは、至天殿の他所にも負けないほどの絢爛豪華な一室で、ミズガリスと対面した。牢とも想えない作りの部屋だが、それもそのはず、皇族専用の牢だからだ。

 帝国において、皇族の扱いというのは、極めて丁重だ。皇帝が神の如く敬われているように、その一族もまた、神に連なるものとして扱われるのだ。皇族を粗野に扱えば呪われるといわれ、信じられているほどにだ。故に皇族専用の牢は、なんの不自由もない一室だったりする。

「わたしを赦す、と……そう仰られたか?」

 ミズガリスは、多少、窶れてみえた。しかし、先もいったように皇族の扱いに関しては丁重なのが帝国であり、牢に入った彼に出される食事もまた、手抜かりはないはずだった。つまり、彼が窶れているのは、彼自身がその意思でもって食事を取っていないからにほかならない。

 絢爛豪華な一室だが、牢という概念そのものに変わりはない。ミズガリスのような自尊心の高い人間には、たとえその室内がほかと変わらぬ豪華なものであったとしても、その概念そのものに打ち負かされるのかも知れない。

「陛下は……随分とお優しいですな」

 彼は、皮肉たっぷりに告げてきた。彼が己の誇りを踏みしめるようにして謙っているのが、ニーウェハインには、なんともいえない気分だった。快い、などとは想わない。同情もしない。ただ、虚しいと感じている自分がいることに驚きを隠せなかった。

「それでは、天下万民に示しが付きませんぞ。わたしは、皇帝を僭称した帝国史上に類を見ない大罪人。このものを赦さば、帝国の秩序の根幹に疑問が生じましょう。皇帝の権威そのものが失墜するかもしれませんぞ」

「そのようなことは、ありえぬ」

「なぜ、そういえます?」

 彼は目を細めた。ニーウェハインの浅慮を嘲笑うように。

「わたしは、先帝の御遺志に背き、皇帝を名乗った。皇位継承権も持たず、皇帝を僭称した。その罪、万死に値することは子供ですらわかる理屈。一族郎党ともどもに処刑されたとして、文句ひとついえぬ所業。だというのに、それを赦すということは、帝国に法も秩序もないといっているようなもの」

「帝国の秩序とは、わたしのことだよ、ミズガリス」

「……陛下。なにを……」

「皇帝こそが、秩序の根源。皇帝が揺るがぬ限り、秩序が揺らぐことなどあり得ない。わたしがわたしで在り続ける限り、帝国の秩序もまた、不動で在り続けるのだよ」

「だから、わたしを赦しても構わぬと? そう仰られるのか」

 彼は頭を振る。

「馬鹿な」

 そして、苦笑した。

「そのような屁理屈、子供にしか通用しませんぞ」

「そうでもない。むしろ、屁理屈だからこそ通るということもある。そもそも、皇帝の意見に逆らえるものがどこにいるというのだ。偽りの皇帝にすら逆らえないのが、帝国の臣民ではないか」

 ニーウェハインの発言を受けて、ミズガリスは渋い顔をして黙り込んだ。その沈黙がなにを意味しているのかは想像に難くない。皇帝として振る舞った彼には、帝国における皇帝がどういったものなのか、理解できないわけがなかった。

 帝国において、皇帝は、神に等しい。

 神に逆らうものなどいない。いたとして、悪魔の如く討滅されるのみであり、彼はそのようにしてミルズやエリクスを排除した。そして、その行いに対し、反発も起きなかったのは、やはり皇帝という立場に彼がいたからだ。

「……だとしても、わたしが陛下を弑し奉らないとも限りませんぞ」

「帝国の秩序を気にするそなたが皇帝たるわたしに反逆するなど、ありえぬことだ」

 ニーウェハインが静かに告げると、彼は、表情を消した。そして、考え込む。

「本気……なのですか」

「わたしは本気だよ。あとはそなたの意思ひとつ。わたしに忠誠を誓い、帝国臣民のために人生を費やすと誓うのであれば、そなたを再び皇帝の臣下に迎え入れようではないか」

「少し……考える時間を頂けますでしょうか?」

「急ぐことはない。考える時間はたっぷりとあるのだ」

「ありがとう……ございます」

 ミズガリスが頭を下げてきたことに驚きを覚えながらも当然態度には見せず、ニーウェハインは、牢を後にした。

 ミズガリスがなにを想い、どのような精神状態にあるのかなど想像しようもないが、手応えはあった。

 統一帝国には、ミズガリスの手腕が必要不可欠だ。なんとしてでも彼を首脳陣に迎え入れ、腕を振るってもらわなければならなかった。

 西帝国首脳陣だけでは、どうしたところで、大陸全土を治めることなど不可能なのだから。



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