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第二千四百三十一話 家族(一)

「俺は、ミズガリスを兄弟だなどと、家族だなどと想ったことは一度もない」

 ニーウェハインは、まず、そう告げた。

 子供の頃から想っていたことだ。

「ううん、ミズガリスだけじゃない。ミルズやエリクスだってそうだ。だれひとり、俺の兄弟なんかじゃなかった。俺の兄弟はニーナただひとりで、親は、母上ただおひとりだった」

 それはつまるところどういうことかといえば、先帝シウェルハインですら、父親として見てはいなかった、ということだ。見れるわけがない。あのような境遇、あのような人生を強いられ、だれがあの男を父として見上げ、尊敬することができるというのか。母は捨てられ、彼も姉も、廃棄されたも同然の扱いを受けた。そこから見返してやるべく奮起し、ニーナは騎爵の位を、ニーウェハインは闘爵の位を得たが、それでシウェルハインを許せたかというと、そんなことはありえないのだ。

 シウェルハインは憎悪の対象であり、彼を見返すことが当時のニーウェハインの願いであり、原動力といってよかった。ニーナを幸福にするには、それ以外に方法がなかったというのもあるが、もっとも大きな理由はやはり、実の父親とも想えない仕打ちに対する憎悪だろう。

 環境は、良かった。

 皇族として扱われ、なに不自由ない暮らしがあった。だが、その生活は常に底冷えする闇の中にいるようなものであり、光を求めて藻掻き続けなければならなかったし、空気を求めて喘いでいた。それを贅沢というものもいるだろう。確かにそれもその通りなのかもしれない。しかし、ニーウェハインやニーナにしてみれば、贅沢な悩みでもなんでもなかったのだ。 

 魂の絶叫。

 だれにも届かない、だれにも聞こえない叫び声を上げ続けていた。

 そんな彼に手を差し伸べてくれたのは、ほかならないこの場にいるものたちだ。ニーナはもちろんのこと、ランスロットも、シャルロット、ミーティアのふたりもまた、ニーウェハインの心に寄り添ってくれた。彼らは、ザイオン皇家の人間だからという理由だけで付き従うものたちとは、根本的に違った。ただ側にいてくれるだけで、ニーウェハインの心は安らいだ。そのようなことは、生まれてからというもの、なかったことだ。皆と出会うまでは。

「ザイオン皇家は、家族でもなんでもなかった。俺にとって家族といえるのは、この場にいる皆だけだ」

「ニーウェ……!」

「陛下……」

「嬉しいことをいってくれますな」

 三武卿が三者三様に喜びを示す中、ニーナは、なにもいわなかった。なにもいわず、ただニーウェハインを見つめている。そのまなざしに込められているのは、複雑極まりない感情だ。彼女もまた、同様の想いを抱いているからだろう。それについては、疑念を持つ理由がない。ただ、ニーナが多少なりとも無念に想っていることは理解する。

 イェルカイムがいないからだ。帝国史上に残る天才武装召喚師イェルカイム=カーラヴィーアは、ニーナとは気心の知れた間柄であり、ニーウェにとっては偉大な師匠だった。そして、彼もまた、家族のように認識しているひとりだったのだ。

 イェルカイムは、死んだ。セツナたちが最終戦争と呼ぶ、世界大戦の末期、彼が独自に開発した武装召喚術を駆使している最中、命を落としたのだ。ガンディアの武装召喚師によって討たれたのだろうが、そのことについて、ニーウェハインもニーナも、ガンディア出身のセツナたちに当たり散らすことはなかった。当然だろう。戦争だったのだ。そして、ガンディアを滅ぼしかけたのは、帝国側であり、反撃を受けて戦死者が出るのは当たり前のことだ。犠牲を覚悟せずして戦いなど起こせるはずもない。

 むしろ、セツナが帝国に対するわだかまりを脇に置いて協力してくれていることのほうが驚愕に値するし、感謝するほかないことだろう。本来ならば恨まれて当然のことをしている。憎まれて当然であり、嫌われていても致し方のないことだった。だが、セツナはニーウェハインはおろか、ニーナに対しても好意的に接してくれていた。それもこれも、同一存在だったから、というのもあるのだろうが。

 セツナは、家族ではない。

 特別な、もうひとりの自分だ。

 彼もまた、気の置けない間柄ではあるが、秘密を明かすことができるという点においては、家族以上に重要な関係かもしれない。

 胸の奥がちくりと痛んだのは、家族といったものたちに対して、隠し事をしているということを不意に思い出したからだ。ニーウェハインは、自身が白化症に冒されている事実をニーナにもランスロットたちにも話していない。

「ミズガリスやミルズがどうなろうと知ったことではなかったし、だから、俺がどういうわけか皇位継承者に選ばれたときは、ざまあみろ、と想ったものだ。ようやく、あいつらを見返すことができる、これでやっと、俺は俺として生きていける。そう考えていた」

 原動力は、家族とすら想えない父や兄弟を見返すことだった。そして、ニーナを幸せにすること。それがすべてで、それだけが彼の命を支えていたといっていい。武装召喚術に手を出したのだって、力が欲しかったからだ。そして実際に力を得て、立場を得た。紆余曲折を経てセツナと邂逅し、おそらくはそのことがきっかけとなって、彼が皇位継承者に選ばれた。

 ミズガリスやミルズがその瞬間どのような表情をしたのか、容易に想像ができる。瞠目し、驚愕のあまり言葉を失い、頭の中が真っ白になったに違いない。彼らの中では、ミズガリス、ミルズ、マリアンの三名だけが皇位継承者候補だったからだ。自分たち三人の中からだれが選ばれるか。それだけが彼らの競争心、闘争本能の根源であり、それ以外の兄弟には興味もなかったはずだ。ましてや継承者争いから外れたはずのニーウェが選ばれることなど、あるはずがない。

 ニーウェハイン自身、あのときの衝撃はいまも覚えているし、終生、忘れることなどないだろう。ありえないことが起きたのだ。まるで天地がひっくり返ったような、そんな感じだった。真っ先に浮かんだのは疑問だが、つぎに浮かんだのは、ニーナを護ることができるだろうということであり、兄弟を見返すのは二の次、三の次だった。だが、兄弟を見返すことができると想ったのも、本当だ。ふんぞり返り、見下し続けてきていた兄弟たちをやっとの想いで見返すことができる。これほど嬉しいことはなかった。

 それなのに。

「でも、違った。違ったんだよ」

 ニーウェハインは頭を振る。静かに、何度となく。

「俺は、皇帝になった。それは、父上が俺を、俺たちを生かしてくれたからだ。なんとしてでも大崩壊の余波から護ってくれたからだ。だから、俺たちは生き残れた。生き延びることが許された。いや、生き延びることを宿命づけられた」

 このなにもかもが壊れ果てようとする世界で、なんとしてでも生き延びなければならない。

 シウェルハイン・レイグナス=ザイオンが最期に見せた父親としての、国父としての顔は、永遠に忘れられないものとして魂に刻まれている。彼の、謝罪の言葉とともに。

『済まなかった……ニーウェ。わたしが間違っていた。いや……帝国そのものが間違っていたのだ。なにもかも……』

 許せ、とは、いわなかった。

 しかし、ニーウェハインは、いつの間にか父を父として認め、許している自分に気がついていた。シウェルハインは、その命のすべてを費やして、ニーウェハインやニーナを始め、ほとんどすべての帝国将兵を護り、帝国領土へと転送した。その事実までもが理解できたからこそだろう。

 そして、だからこそ、ニーウェハインの心境にも変化が起きたのだ。




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