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第二千四百三十話 統一へ(六)

 理聖の間で行われた会議は、長時間に及んだ。

 結局、皇帝ニーウェハインの意見が尊重される形で決議となったものの、それまでの討論たるや物凄まじいものであり、会議が終わるころには、参加者のほとんど全員が肉体的、精神的に消耗し尽くし、理聖の間を出ることすら簡単なことではなくなっていた。

 決議により、ミズガリスの命は安堵されることとなり、また、ミズガリスに与したすべてのものの命も安堵されることとなった。ただし、皇帝ニーウェハインへの忠誠と、ザイオン帝国のため、帝国臣民のために身命を尽くすことを誓わないものに関しては、厳罰に処し、場合によっては極刑の適用もあり得るという結論に至っている。つまり、ニーウェハインに従わないのであれば、その罪に準じた罰を下すということだ。

 それによってようやく、ミナ=ザイオンも納得し、ミルズやエリクスたちもほっと胸を撫で下ろしたことだろう。

 ミルズにせよエリクスにせよ、いまさらニーウェハインを裏切ることなど毛ほども考えてはいないだろうし、彼らの忠勤ぷりはよく知られていることだ。彼らが罪に問われることはない。ミナもまた、罪を逃れるだろう。彼女は、己の断罪を望んだが、ニーウェハインに諭され、考えを改めている。

 皇族として、帝国臣民のために身を砕き、骨を粉にすることこそ、これまでの罪を贖う唯一の道なのではないか、と、ニーウェハインは、いった。それもまた、ミズガリスの極刑を望んだものたちに対する牽制であり、彼なりの意見表明だったに違いないが、なんにせよ、ミナはニーウェハインの想いを受け取ると、改めて彼に忠誠を誓った。

 ミナだけではない。

 ミルズもエリクスもマルスも、イリシア、ニーナに至るまで、ザイオン皇家の人間はいずれも、再度、ニーウェハインと帝国に身命を尽くすと誓った。

 会議がさわやかな気分で閉会したのは、そういった一幕があったからにほかならず、セツナは、ニーウェハインの心情を察して、笑みを浮かべずにはいられなかった。ニーウェハインとしては、これほど嬉しいことはないだろうし、感極まっているのではないか。仮面の奥の表情を覗くことは適わないが、いつか機会があれば、そっと聞くのもありだろう。

 そんなことを想いながら、セツナは、理聖の間を後にした。

 セツナは、会議においてほとんど意見を述べることはなかったものの、同盟者として意見を求められたときは、ニーウェハインの支持に廻っている。当然のことだが、それもニーウェハインが根回しのため、先に話を通してくれていたからだ。でなければ、多少、違った意見をいったかもしれない。

 反乱者、敵対者は、赦すべきではない。

 セツナは、これまでの人生でそう学んだが、実際のところ、なにが正解でなにが間違っているのかなど、そのときどきによって違うのだろうということもわかっている。

 ガンディアは、反乱者、敵対者を尽く滅ぼしてきた。だがそれは、そうしなければならない状況に追い込まれたからそうしたのであり、ガンディア国王レオンガンドは、できるならば、赦したがっていた。彼を裏切ったハルベルクやジゼルコートすらも、手を差し伸べようとしたのがレオンガンドなのだ。結局は、滅ぼすに至ったが、その結果を心の底から喜んでいたはずもない。

 もし――。

 歴史にもしは存在しないが、もし、あのときハルベルクやジゼルコートがレオンガンドの手を取っていたならば、どうなっていたか。

 歴史そのものに大きな影響は、あるまい。

 最終戦争が起こり、“大破壊”が起こったに違いないのだ。

 それそのものは変わりはないが、そこに至るまで、レオンガンドはもっと充実した幸福な日々を送られたのではないか。

 そんなことを、想う。

 そういう意味では、ニーウェハインの結論は、セツナから見れば最良のものだったと想うのだ。

 ニーウェハインは、ミズガリスを家族だなどと思ってはいまいが、それでも、みずから手を下すような真似はしたくなかったはずだ。

「長かったわね」

 声に、顔を上げる。

 ファリアが理聖の間の外で待っていた。

「皆寝ちゃったわよ」

 彼女の柔らかな微笑みが、セツナの足を速めた。


 

 理聖の間には、静寂が横たわっている。

 決して重くはないが、軽くもない。そんな静けさ。柔らかく、穏やかに、ただ時の流れを感じさせるように揺れている。その穏やかさは、先程の会議が彼自身の意見を尊重する形で決議したからではない。そうではなく、ザイオン皇家が再びひとつに纏まろうとしているという感覚が、彼の中にあったからだ。確かに感じたのだ。これまで他方を向いていたいくつもの意識が、つい先程、彼を中心としたひとつの塊になろうとししはじめたという気配。

 それは気のせいかもしれない。ただの勘違いかもしれない。今日までばらばらだった皇家が、会議のひとつで纏まることなどありうるものだろうか。そう考えれば、ありえない、と、想わざるを得ないのだが、必ずしもそうではないと想いたかった。

「これで……良かったのだな」

 沈黙を破ったのは、ニーナだ。

 理聖の間に残っているのは、ニーウェハインとニーナ、三武卿の五名だけであり、その五名こそ、西ザイオン帝国の本当の意味での首脳陣だということは、公然の秘密といってよかった。つまり、首脳陣ならばだれもが知っていることであり、故に彼らと他の首脳陣の間には大きな隔たりがあった。首脳陣を集めた会議でどれだけ意見を具申しても、真の首脳陣が覆すこともなくはなかったからだ。とはいえ、それも理屈のあることであり、故に大きな問題には発展しえなかった。多少、不満を抱いたこともあるだろうが、そういった不満は、日々の首脳陣に対する厚遇によって消えていく。

 だが、これからはそうもいくまい。領土は広がり、人材も増える。当然、首脳陣の人数も増えるのだ。真の首脳陣などといっていては、首脳陣との軋轢が深まり、ニーウェハインに反発するものも出てくるに違いないのだ。

 そうなってからでは、遅い。

 とはいえ、三武卿とニーナを特別扱いしてしまうのは、致し方のないことでもあり、そればかりはそう簡単に改められるものでもないだろう。できるとすれば、この五人だけの会議を開かない、ということだ。開くとしても、だれにも悟られることのないよう、細心の注意を払うべきだった。そして、そこまでして真の首脳陣のみの会議を開く価値があるかというと、首を捻らざるを得ない。

「ああ。これで良かったんだ」

 ニーウェハインは、静かに肯定した。これでよかった、と、思い込んでいるわけではない。これが最良の判断だと、彼は心の底から信じている。

「ぼくは不満だけどね」

「ミーティア?」

「だってさ、ミズガリスを生かしておくことになんの意味があるっていうのさ」

 ミーティアは、少年のような少女のような容貌に不満を露わにして、告げてきた。

「ミズガリスが大罪人だから、とかじゃなくて、ミズガリスがニーウェにしてきたことを考えると、はらわたが煮えくりかえってくるっていうか、さ」

「君がそこまで感情的になるのもめずらしいね」

「ニーウェが……陛下が感情をお隠しになられるからでございまする」

 わざとらしい恭しさは、つまりそういうことだ。彼女なりの感情の表明というべきか。

「……そうか」

「ミーティアの気持ちもわかりますよ」

 とは、シャルロットだ。ミーティアが彼女の腕に縋り付く。

「でしょでしょ」

「でも、陛下のお気持ちも、わかりたいと想います」

「ぶー」

「ランスロット。君はどう想った?」

「どうもこうも。陛下らしい結論だと想ったまでのこと。わたくし個人の感情と致しましては、ミーティアと同じ、でございますが」

「やっぱり?」

 今度はランスロットの肩を掴み、彼に乗りかかるようにして、ミーティアが笑顔を浮かべた。

「そりゃあもちろん。彼は、陛下の怨敵だ」

「怨敵……か」

 ニーウェハインは、ランスロットの言葉を反芻するようにつぶやいて、ゆっくりと息を吐いた。

 怨敵。

 確かに、そういうものだったかもしれない。

 皇位継承者争いは、いまもなお、ザイオン皇家に深い爪痕を残している。



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