第二千四百二十九話 統一へ(五)
「ミズガリスを生かす……!?」
ニーウェハインが述べた意見は、理聖の間を騒然とさせた。それもそうだろう。理聖の間にいるほとんど全員がミズガリスの処断を望んでいたし、当然、そうあるべきものと考えていたからだ。故に論点は、ミズガリスの処断ではなく、ミズガリスとともに処断する協力者をどの程度の範囲に納めるか、というところにあった。ミズガリスを生かすなど、以ての外だろう。
大総督ニーナですら、一瞬、表情を強張らせたほどだった。ニーナも、ミズガリスは処断するべきだという考えの持ち主だ。ニーナだけではない。ニーウェとイリシアを除くほとんど全員がそう願っている。皇帝を僭称するというのは、それほどまでに重い罪だったし、断罪されるのが道理であるとこの場にいるもの全員が承知している。そして、その罪は、極刑に値するものであり、セツナが殺したとしてもなんの問題もないほどのことだった。
事実、ミズガリスを生かさんというニーウェハインの意見には、反論が続出した。
「彼は大罪人ですぞ!?」
「陛下、それには反対します」
「そうです、ミズガリスは帝国史上最大最悪の罪を犯した……! こればかりは、いくら皇帝陛下のお考えとはいえ、受け入れられません!」
ミルズやエリクスだけではない。首脳陣のほとんど全員が、ニーウェハインの意見に反対を表明した。ニーナや三武卿ですら苦い顔をしているのだから、当然の反応といえる。
「先にもいったはずだ。ミズガリスの罪を問うということは、他のものたちの罪をも問わねばならぬ。ミズガリスと一部のもののみを問うのは、公平ではあるまい。帝国法は、公平でなければならぬ。帝国の秩序とは、公平性によって成り立っているのだからな」
ニーウェハインのその言葉に、多少の皮肉が込められているということはセツナには明白だった。帝国が公平な法を掲げながら、その実、必ずしも公平ではないことは、ニーウェという少年の半生を鑑みればわかることだ。公平であれば、少なくとも彼がその立場や生まれに苦しむことはなかった。しかし、帝国法が掲げる大義たる公平性に強く言及したのは、皮肉だけではなく、彼が自分の意見を押し通すためにほかならない。
「東帝国首脳陣はいわずもがな、ミズガリスに与したすべてのものを処断する必要がある。当然、ミルズやエリクス、ミナにも、累が及ぶ」
「わたくしは、それを望んでいます。陛下。わたくしの罪は、戦争に勝ったからと、帝国が統一されたからと、そのような理由で許されるべき類のものではありません。それは無論、ミルズ総督やエリクス総督も同じ……!」
「黙れミナ! こちらの内情についてなにも知らぬ貴公の意見など……!」
「ミズガリスはともかく……我々は、陛下の手足だぞ! 貴公は、陛下に御自身の手足をもげと申すか!?」
「そうはいっていない。それに、あなたがたは、陛下の手足などではあるまい。陛下の手足とは、三武卿のお三方を除いてはおられぬ。そして、三武卿は、最初から陛下のお味方をされている。あなたがたとは違う」
「なにを……」
「陛下。ミルズ総督、エリクス総督はああいっておられますが、気になさることはありません。ミズガリスともども、帝国において許されざる罪を犯した我々をどうか処断していただきたい。でなければ、帝国に真の秩序は訪れ得ませぬ」
ミナはミルズやエリクスの反論に対し、極めて冷酷な反応を見せた。彼女は、自分もまた、ミズガリスに並ぶ大罪人として裁かれることを望み、ミルズやエリクスも同罪であると考えているようなのだ。そんな彼女がからしてみれば、ミズガリス帝国の成立に深く関わりながら、いまや西帝国の重鎮のような顔をしているミルズやエリクスたちが許せないのかもしれない。
ミルズやエリクスが積極的にミズガリスを持ち上げなければ、少なくとも、東帝国の成立にはもう少し時間がかかっただろうことは、だれの目にも明らかだ。ミナがそこに言及しないのは、周知の事実ということもある。
一方、ニーウェハインは、ミナの熱の籠もった発言に対し、冷ややかな態度を覗かせた。
「その結果、統一帝国が深刻な人材不足になるのも見越した上での発言か?」
「……は」
怪訝な表情をするミナだったが、ニーウェハインは、その反応こそ待ち望んでいたとでもいうように畳みかけた。
「つまり貴公は、統一帝国がどうなろうと知ったことではない、と、いうのだな。自分が断罪されれば、自分の罪を贖うことさえできればあとのことはどうでもいい、と」
「そこまでは申し上げておりませぬ……」
「貴公のいうことは、そういうことだ」
ニーウェハインは、断言する。
「ミズガリスに与したものすべてを断罪するということは、今後、統一帝国の根幹を成すであろう東帝国の貴重な人材もすべて手放すことと同義。それでは、西帝国の、現在の人材だけでこの広大な南大陸の統治を勧めなければならなくなる。いや、事態はより深刻だ。なにせ、いまや西帝国の柱石となったミルズらをも失うのだからな」
「それでは国は立ち行かなくなるでしょうねえ」
ランスロットが口を開けば、シャルロットがきっと彼を睨んだ。ミーティアはそんなふたりをにやにやと眺めている。三武卿の感情としては、ミズガリスの存在は許せないが、立場としてはニーウェハインを支持している、という彼らの有り様が明確に伝わってくる反応だった。
「光武卿のいうとおりだ。ただでさえ、帝国の領土は広大だというのに、人材不足に陥ればどうなると想う? 帝国の秩序は崩壊し、大崩壊直後の混乱に逆戻りになること想像に難くない。帝国の中枢を担うことのできる人材など、そういるものでもないし、いまから育てるにしても時間がかかる。その間に秩序の崩壊は加速するだろう。間に合わないのだ」
「だから、ミズガリスを許すと仰るのですか」
ミナは、食い下がった。彼女は、強いまなざしで皇帝を見据えている。
「それは、論点のすり替えではありませんか? 陛下」
「違うな」
ニーウェハインは、厳かに、まさにこの天地を統べる支配者の如く鷹揚に振る舞う。それこそ、ザイオン帝国皇帝に求められる言動だろう。
「これが秩序というものだ」
それはまるで、皇帝こそが帝国の秩序そのものだといわんばかりに想えて、セツナは、危うさを感じた。行き過ぎれば独裁になりかねない。帝国が皇帝の独裁政治だった時代はあるものの、それは遙か過去のものであり、いま現在、皇帝ひとりがすべてを決定するという政治形態を取ってはいないのだ。無論、皇帝の意見がなによりも優先されるとはいえ、時と場合によっては、皇帝の意見が覆されることは、シウェルハインの時代ですら多々あったという。
しかし、ニーウェハインがみずからを秩序と称するのであれば、どうか。
秩序の根本に皇帝を置くということはつまり、そういうことではないか。
もっとも、セツナは、ニーウェハインが独裁に走ることはないだろうとも想っていた。いま、この場を納めるための方便であろう、と、楽観視する。
「ミズガリスを断罪するということは、彼に従った多くのものをも裁かねばならなくなる。当然のことだ。すべての罪を彼ひとりに背負わせることなど、できない。彼ひとりを悪とし、断罪することこそ、帝国の秩序にあるまじきこと。それは貴公もわかっているだろう。故に貴公は己を含め、すべての協力者も断罪せよ、という。しかし、そうなれば帝国は人材不足に陥り、大陸の統一もままならぬまま、秩序を失っていくだろうこと請け合いだ」
彼は、極めて理性的に話を進める。
「ではどうすればよいか。簡単なことだ。ミズガリスを赦し、彼に与したすべてのものも同様に赦せばよい」
「罪に問わない……と、仰るのですか」
「陛下、さすがにそれは……」
「皇帝僭称ほどの大罪を赦せば、それこそ秩序に響くのではないかと」
ニーウェハインは、そういった彼の意見を諫める反応こそ、待ち望んでいたようであり、彼は鷹揚にうなずいた。
「うむ。故にミズガリスには、罪を贖ってもらう必要がある。ミズガリスだけではない。彼に与したすべてのものに罪を贖ってもらうつもりだ」
その贖罪方法とはなんなのか。
理聖の間に集った西帝国首脳陣のだれもが固唾を呑んで見守る中、ニーウェハインが提示したのは、極めて単純なことだった。
「我に忠誠を誓い、統一帝国のため、帝国臣民のため、命尽きるまで働いてもらおうではないか」