第二千四百二十七話 統一へ(三)
ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンが帝都ザイアスの中枢たる至天殿に入って真っ先に行ったのがセツナとの対話だということは、セツナが東西闘争における西帝国勝利の立役者にして、ニーウェハインの同盟者であることを踏まえれば、ある意味当然といっていいことであり、同じく至天殿に入った首脳陣からは不満の声も上がらなかった。
むしろ、西帝国首脳陣はいずれも、至天殿に足を踏み入れることで西帝国の勝利を改めて確信するに至り、勝利の実感を美酒を呷るが如く味わいたいという想いのほうが強く、ニーウェハインが速やかに行動を起こさず、セツナとの話し合いに時間を割いたことを喜びさえした。そうでもなければ、勝利の実感に酔い痴れる時間も得られなかったのは明白だ。
なにせ、至天殿に入った首脳陣には、やるべき仕事が山のように待ち受けているのだ。
それは、ニーウェハインも同じだ。
東帝国に勝利したということは即ち、西帝国による東帝国の併呑を促すものであり、つまり南ザイオン大陸に統一帝国を誕生させるということなのだ。西帝国領土でさえ極めて広大であり、政務に軍事にと首脳陣に心安まる暇もなかったというのに、南ザイオン大陸全土を治めるともなれば比較のしようもない。東帝国という敵性国家が倒れた以上、軍事については比較的おとなしくなるだろうが、それでも決してなくなることはあるまい。南ザイオン大陸における皇魔の活動は極めて活発であり、さらに神人を始めとする白化症罹患者の存在もある。
さらにいえば、東帝国の中には、皇帝ミズガリスハインの降伏宣言に従わないものも現れてくるに違いないという、ミズガリス本人の警告もある。ミズガリスは、己が権力と恐怖、軍事力を背景に東帝国を掌握していたことを自認しており、ミズガリスがそういった力のすべてを手放したいま、彼に抑圧されていた感情を爆発させるものが現れるのは自明の理である、と、彼はセツナに告げた。
それに関しては、ニーウェハインら西帝国首脳陣も了解しており、速やかに行動を起こしている。
それは、旧東帝国領全土に対し、ニーウェハイン帝に臣従すると約束するものには寛大な処置を執り行うという宣言を公布するというものであり、真っ先に公布された帝都ザイアスにおいては、帝都に住むほとんどすべての人間がニーウェハインへの臣従を誓うべく至天殿に殺到した。そのような行動は、上層民下層民、階級に関わらない。前政権が倒れ、敵国が新政権を担うというのだ。上層民だからといってふんぞり返ってなどいられないことは、子供でさえ理解できよう。
帝都中から殺到した上層民、下層民のため、至天殿は一時機能不全に陥りかけたものの、女神の一喝によってなんとか騒動は収まった。一喝というよりは、神の力により市民の強迫観念を抑えつけたといったほうが正しいらしい。ともかくも、女神マユリは、帝都が静謐を取り戻すのに一役も二役も買い、西帝国首脳陣も、彼女には頭が上がらないという態度を取った。
それらはともかくとして。
もっとも重要なことは、ニーウェハインの皇帝宣下だろう。
ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンは、至天殿において、東ザイオン帝国との長きに渡る戦いの終息と、西ザイオン帝国の勝利を宣言した。そして、同じザイオン帝国の人間であるにも関わらず東西に分かれ、相争い続けてきた哀しみの歴史ももう終わりである、と、告げた。東西帝国はザイオン帝国として統一され、南ザイオン大陸に真の秩序とそれに基づく平穏と安寧の日々が訪れることを約束したのだ。そのためには東西帝国のこれまでの衝突、闘争の日々を記憶に留めながらも、しかし、そのことに囚われることのない政治、価値観が必要であり、そのひとつとして、彼はミズガリスの処分によって体現しようとした。
西帝国首脳陣のみならず、帝国臣民がもっとも注目していたのは、やはり皇帝を僭称するという帝国史上類を見ない大罪を犯したミズガリスの処分だ。西帝国首脳陣のうち、ミズガリスに対し同情的だったのは、イリシア=ザイオンほか少数だけであり、三武卿、大総督を含むほとんど全員がミズガリスを断罪するものと見ていたし、帝都市民の大多数もまた、ミズガリスが帝国法によって裁かれるものと考えていただろう。ミズガリスが犯した罪というのは、それほどのものだ。それでもなお、東帝国臣民が彼に反旗を翻さなかったのは、やはり絶大な武力を背景にしていたというのもあれば、彼が東帝国に築き上げようとした新たな秩序が機能し始め、もはやミズガリスなしでは成り立たなくなっていたからだ。
東帝国の総督だったミナ=ザイオンは、ミズガリスは処断されるべきだという自身の考えを掲げながらも、当然、ミズガリスを支持した自分を含むすべてのものたちも同様に裁かれるべきであり、東帝国首脳陣はひとり残らず断罪されるべきだと自嘲した。結局、ミズガリスの暴走にも似た行動を止められなかった結果、本来ひとつであるべき帝国が西と東のふたつに分かれ、日夜闘争を繰り広げるようになったのであり、ミズガリスの武力および権力に屈した自分たちもまた、同罪である、と彼女はいうのだ。
そんなミナ=ザイオンの意見に反論したのは、ミルズ=ザイオン、エリクス=ザイオンの二名であり、ふたりは、ミズガリスの暴走を止められなかったのは確かに罪深いことだが、しかし、だれがあの混乱真っ只中の帝国領土において、ミズガリスを止められたのか、と疑問を掲げた。だれにもできなかっただろう、と、ふたりはいう。“大破壊”直後の混乱に乗じ、帝都を掌握したのがミズガリスであり、彼は速やかに皇帝を名乗った。先帝シウェルハインの死の直後でもあり、ミルズを始め、多くの皇族が喪に服している頃合いだった。故にミズガリスの暴走はだれにも止められず、だれにも落ち度はない、とミルズたちはいう。
それはそうだろう。
ミルズたちにしてみれば、ここでかつてミズガリスに協力したものたちの罪にまで言及されるとなると、自分たちの立場も危うくなる。ミルズもエリクスもいまでこそ西帝国成立の立役者として我が物顔で君臨しているが、当初は、東ザイオン帝国成立に尽力し、東の首脳陣として辣腕を振るっていたのだ。ミズガリスの機嫌を損ない、あらゆる権限を奪い尽くされた恨みを晴らさんというのが彼らの原動力でもあったことは、だれもがよく知る話だ。その結果、西ザイオン帝国における彼らの忠勤ぶりたるや他を圧倒的に凌駕するものとなったとはいえ、元を正せば、という話でもある。
ミナの意見に賛同するもの、ミルズたちの意見を支持するもの、傍観するもの。
西帝国首脳陣の会議が大いに荒れる様を参加者唯一の部外者であるセツナは、ただ傍観するほかなかった。同盟者の代表として、西帝国大勝利の立役者として、セツナは会議への出席を求められたのだ。ニーウェハインたっての願いということもあり、参加を断ることはできなかったが、西帝国首脳陣の侃々諤々たる議論を見せつけられても、という気分もなくはなかった。
しかし、ニーウェハインが議論を戦わせる首脳陣に対し、持論を述べる様を見届けることができたのは、参加して良かったと思い直させた。
「諸君の意見はよくわかった。それぞれに想うところはあるだろうし、確かにそれら意見のひとつひとつに意味があり、価値のあるものだと想う。すべての意見を採用したいところだが、そういうわけにもいくまい。それではいたずらに混乱を招くだけのことだ」
ニーウェハインが口を開けば、至天殿の会議室・理聖の間は静まりかえった。彼は、皇帝だ。それも西帝国の皇帝ではなく、近々統一帝国の皇帝として南大陸に君臨する予定の人物なのだ。だれもが彼の言葉には謹聴せざるを得なくなる。そして、彼の意見こそがだれの意見よりも尊重されるのは、当然のことだった。
「わたしの意見は、ミナに近い」
ニーウェハインが告げると、場内は一瞬ざわめきだった。ミナはニーウェハインを見直したような、あるいは自分の意見が正しかったといわんばかりの反応を見せれば、ミルズとエリクスが色めきだつ。だが、いまにもニーウェハインに食ってかからんばかりの表情のふたりも、ニーウェハインが視線を向ければ、黙り込まざるを得ない。
「だが、それは諸刃の刃でもあるのだ」
ニーウェハインは、厳かに続けた。