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第二千四百二十六話 統一へ(ニ)

ニーウェハインは、帝都ザイアスに入ったときから緊張していた。それもそうだろう。ザイアスは、彼の故郷であると同時に帝国の中心、首都なのだ。いまのいままでこそ、西帝国の首都はシウェルエンドということだったが、それは、東に対抗するための応急処置的なものに過ぎない。本来であれば、ニーウェハイン率いる帝国は、帝都ザイアスを首都として、帝国領土を掌握していたはずなのだ。それを阻止してきたのが、東帝国だ。

 ミズガリスは、帝都を早急に掌握することで、帝国臣民に対する発言権、権勢を得た。皇帝を僭称したのも、その権勢故であり、だれも彼の暴走、愚挙を止めることはできなかった。止めようとし、処断されたものもひとりやふたりではないらしい。ミズガリスは、皇帝になるために数多くの過ちを犯している。だが、それらの過ちについて言及するものも、東にはいなかった。それはそうだろう。そんなことをすれば、自分の立場が危うい。ミズガリスを頂点とする帝国が成立し、秩序が形成されれば、その秩序の中に自分の居場所を見出したものたちは、ミズガリスに反旗を翻すこともなく、彼に従った。ミズガリスの皇帝僭称に対して意見のあるもの、気概のあるものは、ニーウェハインの挙兵後、西に流れるだけ流れたが、それも決して多いものではなかった。それはつまり、ミズガリスの治世が決して悪いものではなかったという証明だろう。

 ミズガリスは、皇帝を僭称した極悪人、重罪人であり、帝国史上最大の悪徳を為したと、西帝国は彼を糾弾したが、一方で、彼がその領土において為したことそのものを罪に問うことはほとんどなかった。ミズガリスは、東帝国領土における“大破壊”後の混乱の収束、秩序の再構築に尽力している。戦力の再配置、都市の復興、再開発、国民の安全確保のための様々な施策。ミズガリスの治世そのものには、ほとんど問題はなく、むしろ西は、彼の施策を見様見真似に真似た部分があったりもした。というのも、西の根幹を成した人材であるところのミルズ=ザイオン、エリクス=ザイオンは、東帝国の成立にも深く関わっており、東帝国政府が成立と同時にどのように動いたのかについても正確に把握しており、西帝国政府の施策にも大きな影響を与えていた。

 つまり、ミズガリス率いる東帝国政府は、ニーウェハインの西帝国の見本となったのだ。

 西帝国がその領土を急速に拡大しながらも大きな混乱もなく、新たな秩序を構築していけたのも、東帝国という前例に倣ったというのも大きかった。

「そういう事情もある」

 ニーウェハインがセツナとふたりきりのとき、そうこっそり語ったのは、ミズガリスの処遇に関しての彼なりの見解を述べたときだった。

「皆は、彼を帝国史上に残る大罪人として極刑に処するべきだと考えているし、それは当然の結論だと俺も理解しているつもりだ」

 と、ニーウェハインは、最初にいった。

 先帝の遺志を黙殺し、皇帝を僭称した極悪人など、帝国の歴史上、ミズガリスを除いてほかにはないという。故に西帝国政府は、彼を帝国史上の極悪人と断罪し、帝国の歴史に泥を塗った彼を討伐することで、帝国に正義を取り戻すのだという大義を掲げた。ミズガリスを極刑に処することは、西帝国の大義にも適うことであり、西帝国臣民のみならず、多くの帝国臣民が望むことかもしれない。東帝国の臣民も、全員が全員、ミズガリスを支持していたわけではない。ミズガリスが権力を得、軍事力を持っていたから、仕方なく従っていただけのものも少なくはないのだ。

 それ故、西帝国皇帝ニーウェハインが南大陸の統治者、統一帝国の皇帝となれば、その正義のため、極悪人ミズガリスを裁くべきだという声が高まるのも当然の話だろう。

 帝都は、ニーウェハインら西帝国首脳陣の到着以来、皇帝ニーウェハインに迎合する声が日に日に高まっている。つい先日までミズガリスを皇帝と仰いでいたものたちですら、あっさりと手のひらを返したのだ。ミズガリスが降伏し、敗北を認めた以上、ミズガリスを皇帝と仰ぎ続けることのほうが無理難題ではあるのだが、しかし、そのあまりにも潔い反応には、セツナたちもなんともいえない微妙な表情になったものだ。

「俺自身、ミズガリスが皇帝を名乗ったことについては、許せないし、断罪しなければならないと想っている。しかし、だ。彼が皇帝として為してきたことそのものは否定してはならないんだ。彼は、皇帝が帝国においてどういうものであるかを理解し、実践していた」

 ニーウェハインは至天殿に入ってからというもの、ミズガリスの処遇に関して、常に考え続けているのだ。彼をどう処断するのがこの世のためになるのか、そればかりを彼は考えている。そして、セツナに向かって吐き出すことで、気持ちの整理をつけようとしている。そういうことがわかるから、セツナは、ニーウェハインの話を聞くことに徹していた。

 ニーウェハインには、気の置けない存在が複数名存在する。実の姉にして婚約者であるニーナに、ランスロットたち三武卿がそれだ。しかし、彼女たちにもいえない本音もまた、あるのだ。ニーウェハインには、彼女たちに隠し事をしている。その後ろめたさが、本心を隠させるのかもしれない。故に、すべてを明かしたセツナには、なにもかも話すことができるのだろうし、ただ話すだけ話して、自分の気持ちに整理をつけようとしているのだ。

「天下万民の柱として、彼は、東帝国の臣民に安寧と平穏をもたらすべく尽力してきた。その事実がある以上、彼をただ極刑に処するというのは少し気が引ける」

「ニーウェ自身の本音は?」

「許せはしない。彼は、俺とニーナの最大の敵だったからな」

「……ああ」

「が、それは過去のことだ。俺は、皇帝だ。そして彼は、皇帝を僭称した大罪人。この立場は覆らない。たとえどのように寛大な処置をしたところで、彼は二度と俺やニーナを害そうとはしないだろう。そんなこと、できるわけがない。仮に彼が勢力を得たとしてだ。この南大陸の支配者となった俺をどうにかできると想うか?」

「……できないだろうな」

 セツナは、ニーウェハインの気持ちを思い遣って、彼の考えを肯定した。やりようによってはできなくはないだろうが、ミズガリスは、この度の敗北で心折られたのだ。二度と立ち上がる気力さえ失われたような、そんな状態だという話はセツナの耳に入っている。降伏宣言後、帝都をセツナたちに明け渡したミズガリスは、西帝国に対して恭順の意を示すため、みずから謹慎の身となっていた。そんな彼が、ニーウェハインに許されるようなことがあったからといって、気力を取り戻すとは考えにくい。もちろん、将来的なことはわからいにしても、いますぐどうなるものでもあるまい。

 少なくとも、統一帝国が盤石なものとなるまではどうにもならないだろうし、統一帝国が盤石名ものとなれば、ミズガリスの勢力が動いたところでどうなるものでもあるまい。

 楽観主義に過ぎるかもしれないが、大勢が決し、東帝国に属していたものたちさえも西帝国に靡きつつある現状、ミズガリスが極刑を免れたからといって、状況が覆ることなどあり得ない。

「まあ、ミズガリスに監視をつけておく必要はあると想うが」

「……それは、わかっている」

「なら、安心だ」

「……そうか。君は、俺の意見に賛同してくれるんだな」

「賛同もなにも」

 セツナは、かつての同一存在の安堵した表情に対し、笑いかけた。

「ニーウェならそうすると想っていたよ」

 自分がそうしたに違いないからこそ、だ。

 鏡写しの如き存在であるが故に考えていることは手に取るようにわかったし、それが外れることはほとんどなかった。生まれも育ちも違うのに、どうしてこうも思考が似通っているのか。それはやはり、同一存在だったからにほかなるまい。

 ニーウェハインは、セツナに向かってもう一度笑いかけ、そしてふたりきりの空間を抜け出した。

 部屋の外で待ち構えていた側近たちに何事かを話しかけた彼の背中は、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンのそれであり、セツナの半身とは纏う雰囲気そのものが違っていた。




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