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第二千四百二十五話 統一へ(一)

 ニーウェハインら西帝国首脳陣がいち早く帝都に入ることができたのは、無論、方舟ウルクナクト号の存在が大きい。

 東帝国皇帝ミズガリスハイン・レイグナス=ザイオンの降伏宣言後、帝都は武装を解除した。西帝国に対し、全面的に降伏するためであり、誤解を生まないためだ。帝都全体が騒然となったものの、そういった騒ぎに対し、武器を用いるような場面はない。暴動が起きたわけではないのだ。東帝国臣民にとっては寝耳に水の話ではあったが、一方では、西帝国への降伏とはつまり、統一帝国の誕生を示すものであり、東西の争いがなくなるということでもある。帝国臣民にとってそれは喜ばしいこと以外のなにものでもなく、その事実が知れ渡ると、帝都の騒ぎは急速に収まっていったという。

 ミズガリスハインは、降伏宣言を西帝国に通達するとともに、東帝国領土全域にも通達した。そのために帝都ザイアスより無数の召喚車が発進し、数日、数十日をかけて東帝国領土全体に敗戦の報せが伝播していくこととなるだろう。情報の伝達というのは、領土が広ければ広いほど時間がかかるものだ。電話もなければ電報もない世界であり、時代なのだ。将来的にはそういった情報連絡手段が発明されることもあるだろうが。

 ともかく、情報が伝達しきるのを待っている暇などあろうはずもなく、セツナは、マユリ神に頼み、方舟でもって最前線に向かってもらった。帝都がセツナたちの手によって制圧され、ミズガリス率いる東帝国が全面降伏したという情報を前線に伝えることで、無益な戦いを終わらせる必要があった。もちろん、西帝国側からの情報だ。東帝国軍が信じるかどうかはわからないにせよ、西帝国軍には勝報として伝わるだろうし、それだけで十分といえた。西帝国軍が積極的な戦闘行動を行わなくなれば、それだけで無意味な戦闘はなくなる。

 マユリ神は、ウルクナクト号でもって大陸北端から南端に至るまであらゆる戦場を駆け抜け、各戦場に帝都制圧とミズガリスハインの降伏宣言を知らしめていった。その道中でニーウェハインら西帝国首脳陣を拾い、各戦場への情報伝達が終わった後、帝都に舞い戻ってきたのだ。

 そうしてニーウェハインら西帝国首脳陣は、各戦場に展開した東帝国軍よりも早く帝都に入ることができたというわけだ。

 無論、首脳陣だけではない。精鋭五千名ほどが方舟に同乗しており、それらはニーウェハインの帝都入りを盛大に飾り立てた。

 その五千に加え、東帝国軍の帝都防衛戦力一万余名がそのままニーウェハインの配下に入ったが、その際、なんのお咎めもなかったのは、ニーウェハインとしては当然の処置だった。東帝国において処断するべきは首脳陣のみであり、将兵の処遇に関しては、階級こそ吟味する必要があるとはいえ、ほぼそのまま受け入れる予定だった。それはそうだろう。将も兵も、上の命令に従うことが正義であり、逆らうことなど、基本的にはありえない。東帝国領土から西のニーウェの元へ駆けつけたというリグフォードのほうが異様といっていい。

 もっとも、リグフォードは海軍における重鎮であったがために自由に動けたというのもあるだろう。リグフォードがただの海兵ならば、みずからの意思でもってニーウェの元に駆けつけるといった行動を取ることはできなかったに違いない。一般の兵や将に選択肢など存在しないのだ。上官の命令が絶対であり、それに従うことが正義だ。故に軍上層部を掌握することさえできれば、軍そのものを動かすことも容易いということであり、ミズガリスが帝都を速やかに掌握したのは、軍を支配するためにも必要な行動だったということだ。それによって得た軍事力を背景に、ミズガリスは、皇帝としての立場を絶対的なものとしていった。

 そうである以上、一般の将兵にまで罪を問うのは酷だと考えるのは正常なことだろう。ニーウェハインら西帝国首脳陣は、東帝国の打倒後、それら将兵の処遇をどうするかについては既に話し合っており、故に大きな混乱もなく、彼らを受け入れることができたのだ。とはいえ、つい先日まで敵だったものたちを素直に受け入れ、平然と使うことができるのは、ニーウェハインの度量の大きさもあるだろう。普通ならば多少なりとも警戒するはずだし、兵士たちの意思が確認できるまでは使おうとはしまい。しかし、ニーウェハインは、同じ帝国の人間である、ということを念頭に掲げることで意思統一を図り、それによって西と東の垣根をなくそうとした。

 そう、ミズガリスが全面降伏し、東帝国領土のすべてが西帝国のものとなったいま、東西を隔てる壁は崩れ去ったのだ。つい先頃まで東に与していただの、西に所属していただのということで啀み合ったり、疑り合ったりしていては、統一帝国の成立など夢のまた夢だ。

 そういう考えがニーウェハインにはあったのだろう。

 そして、そういったニーウェハインの行動は、東帝国の将兵たちを感動させるに至った。

 皇帝を僭称した大罪人ミズガリスに従った自分たちの処遇について、東帝国将兵たちはそれぞれに想うところがあったに違いない。皇帝を僭称するなどというのは、大罪も大罪だ。西帝国においては、それこそ帝国史上最大最悪の罪だといわれていた。それほどの罪を犯したミズガリスに付き従っていたのだ。それ以外の選択肢がなかったとはいえ、付き従うほかなかったものたちにしてみれば、そこに罪の意識を覚えていたとしても不思議ではなく、ミズガリスの降伏宣言以来、気が気ではなかったのも当然だろう。

 そこに、ニーウェハインが無罪放免の如き寛容な態度を示したのだ。

 皇帝を神の如く敬う帝国臣民、将兵にとって、ニーウェハインのその言動ほど感動的なものはなかったに違いなかった。

 帝都臣民がニーウェハインを歓迎するようになった第一の理由は、そこにあるようだ。ニーウェハインが東帝国の臣民将兵に対し、寛容な態度を取ったからこそ、彼らもまた、ニーウェハインを歓迎したのだ。もし、ニーウェハインが東帝国臣民や将兵に排他的な言動を取っていたならば、そうはなるまい。つまり、ニーウェハインの判断は、正しく、間違いがなかったということだ。

 ともかく、鳴り物入りで帝都に入ったニーウェは、速やかに至天殿に至ると、そこでようやくセツナたちと再会した。数日ぶりとはいえ、もう何ヶ月も合っていないような感覚が両者にあったのは、おそらく、一大決戦の緊張がふたりの中にあったからだろう。

「ありがとう、セツナ。感謝の言葉もないよ」

 ニーウェハインは、セツナとの再会の喜びを抱擁でもって示した。

「帝都を無血で制圧し、ミズガリスの降伏によって、長い長い東西の戦争を終わらせたのは、まさに君と君の仲間たちの力だ。君たちがいなければ、と想うとぞっとするよ。本当にありがとう。それしかいえない……」

 彼は、何度も何度も感謝の言葉を口にした。そこに込められた様々な感情には、ここに至るまでの長い闘争の日々があるに違いない。彼は、早急に戦いを終わらせ、南大陸に平穏な日々をもたらすことを夢見ていた。それだけが彼を突き動かしていたといっていい。彼には時間がないというのもあった。彼が自分でいられる間に南大陸をひとつにすることができるという状況まで来られたのだ。感情が昂ぶるのも当然といえたし、彼の感動も理解できた。

 セツナはというと、自分自身に抱きしめられる奇妙な感覚になんともいえない表情になるのを止められなかったし、止めようとも想わなかった。皇帝は皇帝だが、同時に唯一無二の半身という意識が互いの中に生まれている。ふたりの間に遠慮はなかったし、ふたりきりになれば罵詈雑言も飛び交い放題だ。無論、人前では皇帝とその同盟者という仮面を被らなければならず、そのことが窮屈に感じるくらい、セツナはニーウェハインに対し、心を許していた。

 許す許さないの次元ではないのだ。

 異世界における自分自身だった男が、ニーウェハインだ。

 生まれや立場がニーウェハインという、セツナとは似ても似つかぬ人格を形成し、彼の人生を彩る環境、状況も大きく異なっているものの、本質は同じといっても良かった。それ故だろう。セツナはニーウェハインに気を許していたし、ニーウェハインもまた、セツナに対しては平然と毒づいてくるくらいに心を開いていている。そんな相手だ。抱擁に対し微妙な表情を浮かべたとして、なんの問題があろうか。

 もっとも、その後、ほかのだれもいなくなったところで毒づかれるのもわかりきっていたし、だからこそ、というのもあった。セツナは、ニーウェハインの緊張を解くには、自分が道化になるのが一番だということを知っていたのだ。 



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