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第二千四百二十三話 戦場の支配者(五)

「降伏……?」

「本当……なの?」

「だったらなんで時を戻したりなんてしたんだ?」

 ファリアやミリュウたちが疑問に想うのも当然のことだ。降伏するというのであれば、わざわざ時間を戻す必要などはなく、あの場で速やかに降伏してもなにも変わらないだろう、と考えるのは至極当たり前のことだろう。しかしセツナは、ミズガリスの話を聞いて、彼がなにゆえ時間を戻したのかを理解していた。彼が時間を戻した理由。それはおそらく。

「……降伏するため、だろう」

「へ?」

 セツナは、敗者ではなく、むしろ勝者のように佇む男を半ば敬服するような気持ちで声をかけた。

「あなたは、降伏するために……あの戦いで死んだものたちの命を戻すためだけに時を戻したんだな?」

「そうだ。我は、無駄死にを許さぬ。無益な戦い、無為な命の浪費を認めぬ。救える命はすべて救わねばならぬ。それこそがザイオン帝国皇帝たるものの務め。そうだろう。降伏するのだ。ならば、そのために失った命はどうなる。そのままではすべて無駄となるだけだ。この帝都の戦いに意味などあったか? あるまい。それは貴様らが一番よくわかっているはずだ」

 ミズガリスに同意を求められて、セツナは、静かに頷いた。彼の言には完全に同意せざるを得ない。この帝都における戦いに意味などなかった。結果は、最初からわかりきっていた。帝都に残されたおよそ一万の兵力では、セツナたちを多少足止めするのが精一杯で、撃破することなど不可能だったのだ。その一万がすべて武装召喚師ならば話は別だっただろうが、そんなことは、万にひとつもありえない。なぜならば、それだけの武装召喚師が東帝国にいたならば、西帝国との均衡など端から存在せず、東帝国の圧倒的勝利の連続によって、西帝国は存続すらできなかったからだ。

 しかし、現実にはどうか。西帝国は存続し続け、東帝国との間に均衡を構築できていた。それはつまるところ、兵力も戦力も大差なく、拮抗していたからだ。その総力戦が始まった。となれば、帝都に残された防衛戦力など、たかが知れている。唯一、セツナたちに誤算があったとすればハスラインの強制戦闘参加能力だが、その能力によって殺さざるを得なかったものたちも、時が戻されたことで死ななかったことになったに違いない。でなければ、時を戻す意味もない。

 戦いは、起きなかった。

 帝都はセツナたちが降り立っただけで、それ以外の変化は一切起きなかったのだ。

「ああ。まったくその通りだな。そうだろう?」

 セツナが皆に同意を求めると、しばしの沈黙ののち、まずファリアがうなずいた。

「……まあ、そうね。意味なんてなかったわ」

「雑兵相手じゃ準備運動にもならないしね」

「俺は加減の仕方ってもんを覚えたけどな!」

「ようやくかよ」

 シーラが毒づくと、エスクが憮然としたが、そんなふたりのやり取りを受けてレムとエリナが顔を見合わせて笑い合う。そんな光景さえ、時が戻り、すべての犠牲がなかったことにされたからこそのものといえる。あのまま皇帝を降伏させることができたとしても、多少なりとも後味の悪いものが残ったに違いない。無論、あれは仕方のないことだったし、それはだれもが理解しているのだが、回避できるのであれば回避したかったできごとだ。東西帝国軍の損害を最大限に抑えること。それこそ、セツナたちに課せられた目標のひとつだったのだ。東西帝国の総兵力から見ればたかが五千程度。とはいえ、五千人は五千人だ。救えるに越したことはなく、ミズガリスもそれ故、時を戻させたに違いなかった。

 そして、セツナがミズガリスを見直したのは、彼がたかが五千の将兵の命のためだけに時間を戻す判断をし、なおかつ、そこで再戦といかなかったところだ。普通ならば、時が戻り、戦力が戻ったというのであれば、戦術を組み替え、再挑戦しようとするものだろう。敗北など、そう簡単に認められるものではない。特に彼には立場がある。東帝国の皇帝として、“大破壊”から二年半近くもの長きに渡り、南大陸の東半分を治め、西と対立してきたのだ。西に勝利するため、手を尽くしてきたのだ。それをこの一戦の敗北で手放すことになるのだから、それを認めることなど、生半可なことではできまい。

 もちろん、冷静に考えれば考えるほど、ミズガリス側に勝ち目がないのは明らかだ。帝都に残された全戦力を結集しても、どうしようもないだろうことは想像がつくはずだ。もし、セツナたちに勝とうというのであれば、東帝国の全戦力を一点に集中させる以外にはなく、そしてそれは不可能だった。最前線に投入した全戦力を一瞬にして呼び戻すことなど、物理的に無理だ。

 帝都中の戦力を自在に転送することのできた召喚武装の能力を極限に引き出せばそれも可能だったのかもしれないが、少なくとも、人間の精神力では限りなく無理に近いのではないか。時間を戻す能力による消耗を考えれば、なおさら不可能だと想像できる。そしてそもそも、それが可能ならば、戦力の一極集中によって、東帝国軍は何度となく勝利を収めてきたはずであり、それがなかった以上、当該召喚武装の効果範囲は帝都全体程度か、それより少し広い程度だと考えられる。

 即ち、帝都の戦力をあれ以上追加することはできなかったということであり、再戦を挑み、勝利を掴み取れる可能性は皆無に等しかったということだ。

 ハスラインの召喚武装の能力を最初から投入していたとしても、同じことだ。むしろ、ハスライン撃破を最優先に狙うことになるのだから、セツナたちにとってはより有利な条件となり得た。

 そういうことまで考えた上での降伏であろうことは、自信に満ちたミズガリスの表情を見ればわかるだろう。彼は、この降伏宣言に微塵の疑問も持っていない。完全無欠の降伏。故にこそ、彼は敗者というよりは勝者の如き傲然たる振る舞いをするのだろう。

 敗者ならば敗者らしく振る舞えばいいのに、などと、セツナは想わなかった。むしろ、その堂々たる姿こそ、皇帝と名乗ったものの最後の役割に相応しいのではないか。

「とはいえ、いまこの瞬間、わたしは皇帝ではなく、皇帝を僭称した逆賊と成り果てたが……致し方あるまい。これも、敗者のさだめよな」

 そうはいいながらも、彼は、傲岸不遜そのものの態度でそこにあり、セツナは、なんだか自分たちのほうが敗者のような気分になりかけて頭を振った。

 勝ったのは、間違いなく自分たちだ。

 皇帝は東帝国の敗北を認め、降伏を宣言したのだ。それは紛れもない事実であり、セツナたちの勝利を明確にするものだった。喜ぶべきことだった。それも、素直に喜べるのは、兵士たちを殺していなかったことになったという事実があるからだ。帝都では、戦闘が起きなかった。無血開城に近い形で、帝都は西帝国の手に落ちたのだ。

 皇帝の降伏宣言は、じきに南大陸全土に響き渡り、東西帝国臣民に衝撃を与えるだろう。東帝国臣民の多くは反発するかもしれないし、中には安堵するものも少なくはあるまい。東帝国の国民だからといって、必ずしもミズガリスを心の底から支持しているものばかりではないという話は、セツナたちもよく知っている。ミズガリスがいち早く帝都を抑え、皇帝を名乗り、秩序の再構築に乗り出したため、その勢力下に入ったがため、東帝国の国民となっただけに過ぎず、西帝国が勃興すると、西帝国に流れ込んだひとびとも多くいたということだ。なぜならば、西帝国皇帝ニーウェハインは、先帝シウェルハインによって名指しで後継者に指名されており、その事実は、帝国全土に広く知れ渡っていたからだ。

 皇帝を僭称するミズガリスよりも、正当なる後継者として皇帝を名乗ったニーウェハインこそ支配者に相応しいと考えるものが国民の中にも数多くいるというのは、当然といえば当然のことだ。そして、そういった一般市民が力を持たず、故に、東帝国の国民としての生活を享受するというのも、道理だった。そんなひとびとがこの東西帝国の戦いに終止符を打つであろうミズガリスの降伏宣言を歓喜をもって迎え入れるだろうことは、想像に難くない。

 南ザイオン大陸は、西帝国によって統一される日も近いだろうし、多くの東帝国臣民はそれを受け入れるだろう。

 帝都を巡る戦いは、セツナたちの勝利でもって終わったのだ。

 総力戦真っ只中の各地最前線にこの報せが届けば、西帝国軍は勝利の歓声を上げ、東帝国軍はそれぞれに降伏するに違いない。

 そうして、西帝国の勝利は絶対的なものとなっていくのだ。

 




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