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第二千四百二十話 戦場の支配者(ニ)

 至天殿の護りには、帝国近衛騎士団がついていた。

 帝国において至高の色とされる黒と、その次に高貴な金を基調とした豪奢な甲冑を身に纏ったものたちは、さすがに近衛と呼ばれるだけあって、選りすぐられた戦士たちだった。身体能力も技量も精神力においても、どれもずば抜けたものがあると見ていい。おそらく、帝都において彼らに敵うのは武装召喚師たちくらいのものだろうし、それはすなわち、東帝国における最強の軍勢であると言い換えてもいい。

 しかし、哀しいかな、セツナたちはただの人間ではなかった。

 帝国近衛騎士団がその身命を賭して至天殿を護るべく、奮起し、挑みかかってきたものの、セツナたちは、これを一蹴した。ファリアのオーロラストームによる電流広域放射によって大半の騎士を打ちのめし、残った連中をセツナたちが片付けるという極めて単純かつ、なんの事前調整もない連携によって瞬く間に撃破したのだ。無論、だれひとり殺さずにだ。

 セツナは、ハスライン撃破以降、殺さないことを徹底した。

 五千人近くもの命を奪ったという事実が重くのしかかっている。

 帝国数十万の兵数からしてみればたかが五千人かもしれないが、五千人は五千人だ。戦後、統一帝国において重要な役割を果たす人材がいたかもしれないし、そうでなくとも、それら五千人にも家族がいたはずだ。それら五千人の兵士たちの家族は、戦後、癒やしようのない哀しみを抱いて生きていかなければならないのだ。それを思えば、やはり、ほかに方法はなかったのかと考えてしまう。

 そんなことを考えながら至天殿内部へ突入したセツナだが、皇帝の居場所を求めて飛び回らなければならないという事実に直面し、足を止めた。

「皇帝陛下の居場所はどこだと思う?」

「そりゃあ、玉座とか?」

「どうかしらね。いくら皇帝とはいえ、わたしたちの奇襲に気づいているのよ。どこか別の場所に逃げ出している可能性も低くはないわ」

「それもそっか」

「……玉座の間は、三階中央にあるようでございますが」

 レムが、至天殿内部の見取り図に目を通しながら告げてきた。レムの手にしている見取り図は、ニーウェハインから手渡されたものであり、帝都全体の地図と至天殿内部の見取り図の二枚がセツナたちの手元にあった。帝都を襲撃するに先立ち、帝都内部の見取り図を用意するのは当然のことだ。帝都に飛び降りたはいいが、迷子になっては元も子もない。それは、至天殿に関しても同じ事だ。

 至天殿内部の見取り図など極秘資料であり、いくら同盟者とはいえ、平然と貸し出せるものではないはずなのだが、ニーウェハインは当然のようにセツナに手渡してくれている。彼は、いつか帝都ザイアスを攻め込んだときのための準備をしていたのだ。そしてそれを惜しげもなくセツナに預けることができるのだから、ニーウェハインのこの度の戦いにかける想いの強さがわかるというものだろう。

 だからこそ、この作戦は必ず成功させ、無益な西と東の争いに終止符を打たなければならない。

 そのためにも、一刻も早く僭称帝を見つけ出し、降伏を迫る必要があるのだが、ファリアのいうようにミズガリスがセツナたちの襲撃を知り、帝都内部のどこかに隠れたか、帝都から脱出した可能性も低くはなかった。その場合は、帝都守護の任を受けたものを退け、帝都の制圧を宣言するだけのことだが。

 帝都ザイアスの掌握が、ミズガリスの皇位継承宣言の後ろ盾となっていた。帝国の中心たる帝都を治めているという事実だけが彼の愚挙に偽りの正当性を与えていたのだ。帝都を中心として、帝国全土の混乱を鎮め、大いなる秩序を敷く――それこそ、ミズガリスが皇帝を名乗る際に掲げた大義であり、それがすべてといってよかった。それ以外には彼の皇位継承を正当化するものはなにひとつないといっても過言ではない。それ故、もし仮に皇帝が帝都を脱出していた場合、彼は皇帝としての正当性のすべてを失うということになり、彼の求心力は急激に低下するだろう。

『そうなれば、ミズガリスは勢力を維持することもできなくなる。つまり、だ。君の帝都急襲策は、たとえミズガリスの降伏を引き出せなかったとしても、ミズガリスが帝都を放棄したとなれば、西帝国大勝利の大いなる一歩となる』

 ニーウェハインの言葉がセツナの脳裏を過ぎった。帝都急襲が成功したとして、ミズガリスから降伏宣言を引き出すことができるかどうかは別問題なのだ。彼は、その場合も、西にとってなんの問題もないことをセツナに説いた。

『だれより速く帝都を抑えたが故の皇位継承宣言であり、皇帝僭称だった。その大義の後ろ盾となった帝都をみずから捨てるとなれば、彼は、みずから大義を手放すことになる。つまり、皇帝から逆賊に変わるということだ。もちろん、そうなった場合でも彼は大義の旗を掲げ続けるだろうが、それに付き従うものはたかが知れている。東帝国は瓦解し、大半が我が方につくことになるはずだ』

 ニーウェハインの見立てでは、東帝国が現状、一大勢力として存在しうるのは、帝都ザイアスを抑えた僭称帝の持つ影響力によるものであり、僭称帝が帝都を捨てた瞬間、東帝国をひとつに纏め上げていたものが瞬く間に崩れ去り、数多くの臣下、将兵がミズガリスから離反するに違いないとのことだった。

 それは、ニーウェハインひとりの見解ではなく、大総督や各総督も同じ考えのようだった。東帝国は、皇帝ミズガリスハインの持つ権力と、それに伴う軍事力によってひとつに纏まっているだけに過ぎず、ミズガリスハインに心底忠誠を誓っているものなど、東帝国の半分もいないというのだ。ミズガリスは、その矯激な性格故、忠臣を作りようがないらしい。

 自分勝手で気分屋な権力者だ。

 気分次第で部下の処遇を決めることも少なくはなく、そのためにミルズやエリクスは東帝国を去らなければならなくなった。ミナ=ザイオンがあっさりと西に鞍替えしたのも、ミズガリスよりもニーウェハインのほうが仕えやすいという理由もあったらしい。

 それほどまでに嫌われやすい人物だというのに、混乱期の東帝国領に紛れもなく新たな秩序を敷いたのは彼であり、彼の政策、実務能力に関しては、だれも疑ってはいない。ミルズやエリクスさえ、ミズガリスの人格はともかくとして、能力に関しては非の打ち所がないといっていた。

『とはいえ――ミズガリスが帝都を離れるとは考えにくいのも事実だ』

 ニーウェハインは、そうもいった。

『彼は、先帝シウェルハインの長兄にして、天智公だった。生まれながら、次期皇帝の最有力候補だった彼は、皇帝になるための努力を怠らなかったし、だれよりも貪欲に己を鍛えた。肉体だけではない。頭脳も、精神面でも、彼は研鑽や修練を怠らなかった。だから、彼は天智公に選ばれ、皇位継承争いで常に首位を走っていた。傲岸不遜が息をしているようなものでね。そんな彼だからこそ、どのような事態に陥ろうと、帝都を離れ、醜態や無様を曝すようなことはしないだろう。それこそ、彼の自尊心が許さない。だから、そういう事態にはなりえないし、君による降伏勧告が受け入れられると考えているよ』

 ニーウェハインは、ミズガリスを忌み嫌いながらも、その実力、能力に関してはしっかりと把握し、評価しているのだ。性格も把握している彼には、帝都が急襲された場合のミズガリスの行動も手に取るようにわかったのかもしれない。

「ニーウェハイン陛下曰く、皇帝陛下が帝都から脱出することはありえないってことだがな」

「そりゃあ陛下のお考えでしょう。現実には、どうかしらね。帝都から脱出して、再起を図るってことは、考えられないことじゃないでしょ?」

「まあな」

「ここで話し込んでても埒が明きませんぜ。一先ず、玉座の間に向かいましょうや」

「エスクのいうとおりだ。こうしている間にも各地で戦ってるんだろ。その戦いを早急に終わらせるためにもだな」

「……そうだな。まずは、玉座の間を目指すか」

「そうね。その点に関しては、異論はないわ」

「うんうん」

 ファリアとミリュウが首肯するのを見届けて、セツナはレムに視線を向けた。レムは、“死神”に持たせた見取り図を見ながら、前方を指し示す。至天殿に入ったばかりの広い通路の先は、暗い影に包まれている。球場内の明かりがほとんど存在しないような暗さだ。ひとひとりいない静けさと暗さが、この宮城の置かれている状況を示している。つまり、普段宮城で働いているようなひとびとは、宮城の外に出されているということだ。防衛戦力は、先の近衛騎士団がほとんどすべてだったのだろう。もはや、警備兵くらいしか残っていないのではないか。そして、その程度ではセツナたちの足止めにならないことも、敵はわかりきっている。故に転送してきもしないのだ。

 と、そのときだった。

 レムが指し示した通路の先の暗闇が歪んだかと思うと、複数の人影が現れた。すわ敵襲かと身構えたセツナたちだったが、現れたのはまったく予期せぬ人物だった。

「我を探す必要はないぞ、西帝国のものよ」

 黒と金を基調とする華麗な装束を纏った男は、鷹揚に口を開いた。

「我こそがザイオン帝国皇帝ミズガリスハイン・レイグナス=ザイオンなり」

 悠然と告げてきた男の名前を理解したときほどの驚きは、そうそうあるものではない。

 セツナは、虚を突かれて、しばし言葉を発することもできなかった。



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