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第二千四百十八話 帝都急襲(十)


「状況は……おわかりいただけますね?」

「……見ればわかる」

 ミズガリスハインは、すべてを理解しているかのように、しかし鷹揚に告げた。常に傲岸で、常に不遜な態度を崩さないのが彼であり、だからこそ、王者の風格というものが備わっているというべきだろう。どのような状況があろうと狼狽えず、取り乱すことなど滅多にない。ニーウェが立ったときも、彼は冷静だったし、帝都急襲に際しても、そうだ。己を見失うようなことはなかった。戦況が悪化の一途を辿る最中、彼はラミューリンを詰ることなく、ただ、戦場図を眺めていた。そういう冷静さが、ラミューリンが彼を主と仰ぐ所以のひとつといっていい。

 神経質で気難しく、気分屋であるため、仕えにくいことこの上ない主ではあるが、皇子皇女の中でもっとも皇帝に近いのが彼だったのは、ラミューリンの贔屓目ではあるまい。二男のミルズや長女マリアンも皇帝に近い実力と精神性の持ち主ではあったが、ミズガリスハインには遠く及ばなかった。少なくとも、ラミューリンはそう見ているし、同じ考えを持つものが、ミズガリスハインの暴挙を支持した。東帝国が成立し、今日まで続いてきたのは、ミズガリスハインの暴挙に目を瞑ってでても、彼が皇帝に相応しいと考えるものが数多くいたからだ。

 正当なる皇位継承者たるニーウェよりも、皇位継承争いに敗れたミズガリスハインを強く支持するのには、それだけの理由があるということだ。ミズガリスハインには、皇子時代の実績があり、ミズガリスハインならば、間違いなく帝国をより良く導いてくれるに違いないという認識は、正しいとしかいいようがなかった。

 だが、そんな東と同じだけ、ニーウェを支持するひとびともいて、だからこそ南大陸は真っ二つに分かれてしまった。そして、拮抗する戦力が膠着状態を作り上げ、二年近くの月日が流れた。

 ラミューリンは、東の、ミズガリスハインの勝利を信じていたし、そのためにあらゆる手を尽くそうとした。戦力の増強、将兵の教育、情報収集は当然のことながら、西への調略も行った。ありとあらゆる手段を用いてでも、ミズガリスハインの帝国を作り上げようとした。だが、どうやらそれもここまでのようだ。

「打つ手なしか」

「はい」

 ラミューリンは、静かに肯定した。戦神盤が生み出す戦場図において、青い光点はもはやまばらとなっていた。頼みの綱のハスラインも戦死したようだ。赤い光点の群れは、雑兵を黙殺するようにこちらに向かっている。至天殿に到達するのは時間の問題であり、その前に決断しなければならない。

「この度は、西が一枚も二枚も上手だった、ということだな」

「はい」

 認めがたいことだが、肯定するよりほかはない。西の総力戦が陽動だとは、ラミューリンも想定しなかったことだ。全戦力を動員しての陽動と、飛行船を利用しての帝都急襲。極めて単純明快な策だが、故に想定しようがなかったともいえる。飛行船に乗せられる人数がどれほどのものであれ、それだけで帝都を急襲しようなどと、だれが想像できるものか。少なくとも、ラミューリンにとっては想定の範囲外の出来事だった。

 帝都が攻撃を受ける可能性があるとすれば、北方戦線が西の勝利によって戦線が押し上げられた末の出来事であり、開戦早々、帝都が戦場と化すなど、だれが想像できるだろうか。

「降伏しろ、というのだな」

「……でなければ、彼らは陛下の首を西に持って帰るでしょう」

「元より覚悟の上だ」

 ミズガリスハインは、平然と告げてきた。親衛の騎士たちが狼狽えるほどに決然とした態度には、ラミューリンは心が洗われる想いだった。

「父上の遺志を踏みにじり、皇帝を名乗ったのだ。それくらいのこと、当然、覚悟している。わたしを逆賊と責め、滅ぼさんとするものが現れるのもな。もちろん、それを力で踏みにじり、我が皇位継承の正当性を示すつもりではあったが……こうなれば、致し方あるまい」

「陛下……」

 ラミューリンは、それ以上言葉を発することはできなかった。

 打つ手なし、とはまさにその通りであり、それが彼女には口惜しくてたまらなかった。ミズガリスハインは、皇帝の器を持っている。彼ならば、帝国をより良い国に変えていく力がある。この混迷を極める時代において、彼は大いなる希望の光となりうるのだ。だからこそ、ラミューリンは己の無力さを嘆き、呪うほかなかった。自分にもっと力があれば。自分に、相手の知略の先を行く思考力があれば、と想わざるを得ない。

 少なくとも、ミズガリスハインに苦杯を飲ませることにはならなかったはずだ。

 だが、現状、ラミューリンの手ではどうすることもできなかった。

 およそ一万の将兵を打ち破り、数十の武装召喚師を撃滅した強力無比な襲撃者は、いまや至天殿を目前に迫っている。

 戦神盤の能力でもってミズガリスハインを戦場限界まで転送することはできる。しかし、それは、時間稼ぎにしかならないだろう。そして、その時間稼ぎになんの意味があるのかというと、なんの意味もないといわざるをえない。敵の目的は、ミズガリスハインだ。彼を戦場内を転々とさせることで、敵を翻弄することはできるかもしれない。が、そんなことをしても、状況はなにひとつ改善しないだろう。ただ、無意味に自分と敵を消耗させるだけのことだ。

 ミズガリスハインを戦域ぎりぎりまで転送させ、そこから逃亡させるという手もなくはないが、結局見つかり、捕まるだけのことではないか。そしてそれほど惨めなことはなく、そのような無様をミズガリスハインが望むわけもない。

 皇帝として、堂々としていたい、という彼の想いは、ラミューリンには痛いほどわかっている。

 それに、だ。

 そのような方法を取れば、敵はまず間違いなく、ラミューリンを殺そうとするだろう。あるいは、戦神盤を破壊してくるに違いない。それは、最悪の結末となる。戦神盤による戦場の支配こそ、この状況を改善する唯一の希望だ。

(改善……か)

 ラミューリンは、戦場図を見上げた。もはや、いまも動いている青い光点はわずかばかりしか残っていない。最初の戦闘地点に集中させた総計五千は、大半が気を失っている様子だが、ハスラインに支配された五千は、ほとんどが死んでいる。ハスラインの戦死後、ウォーメイカーから解放された兵士たちだけが生き残っているのだろう。それがなにを意味するかといえば、襲撃者にとって、ウォーメイカーに支配された将兵以外は、障害にすらならないということだ。

 殺す必要どころか、気絶させる必要もない。故に黙殺し、放置した。

 それほどの力の持ち主たち。

 現有戦力では、勝ち目などあろうはずもない。

「……西の現状は、決して悪いものではないのだろう? ニーウェは……あの子は、皇帝として上手くやっているというではないか」

「ニーナ様や皆様の補佐が上手く機能しているのでしょう」

「それもニーウェの人徳あってのもの。わたしとは、違う」

 ミズガリスハインの思わぬ発言にラミューリンは目を細めた。

「なんだ? わたしが、己の評価について知らぬと想っていたか?」

「……はい」

「ははは。さすがは歯に衣着せぬラミューリンだ。皇帝を前によくいう」

 彼は闊達に笑う。その笑顔の奥底でなにを考えているのか、ラミューリンにはわからない。

「わたしほど己の分際を知るものはいないと、自負しているよ。しかし、性分ばかりはどうしようもないのだ。わたしは、無能が嫌いだ。能力がありながら、それを生かそうとしないものはもっと嫌いだ。だからこそだ」

 ミズガリスハインの独白は、ラミューリンに新鮮な驚きをもたらしていた。ミズガリスハインの性格は、彼女がだれよりも知っていると想っていたが、どうやら、それは間違いであるらしかった。

「だからこそ、わたしが立たなければならなかった。わたしでなければ、帝国の惨状を纏め上げることなど不可能だと想っていた。実際、そうだっただろう? その一点については、だれにも否定はさせんよ」

「陛下の仰るとおりです」

 ラミューリンは、偉大なる主君に心の底から敬服し、告げた。

「陛下なればこそ、この地は秩序を取り戻し、かつての平穏を取り戻しました」

「完全とはいえぬがな」

 彼は苦笑をもらしたが、ラミューリンは笑わなかった。

 それは、西が立ったからであり、ミズガリスハインの落ち度ではない。ミルズが西帝国成立のきっかけというのであれば、確かにそうかもしれないが、必ずしもミルズひとりの力ではないのだ。たとえミルズが東に居続けようとも、いずれ、西にニーウェは立っただろう。

 そうなる運命だったのだ。



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