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第二千四百十七話 帝都急襲(九)

 ハスライン=ユーニヴァスは、その傲岸不遜さはともかくとして、それに見合うだけの才能の持ち主であることに揺るぎはないだろう。不世出の天才イェルカイム=カーラヴィーアやラミューリンに比べれば見劣りするのは当然としても、帝国がかつて誇った二万人の武装召喚師の中でも上位に入る実力者であることに間違いはない。しかし、彼の愛用する召喚武装には大きな問題があり、それ故、ラミューリンは彼を頼ることをしてこなかった。ハスラインは優秀だが、有能とは決していえないところがある。

 無能、とは違う。

 彼の召喚武装・ウォーメイカーは強力だが、同時に重大な欠点を有していた。

 それは、対象を死ぬまで戦わせるという能力を秘めており、ハスラインは、その能力を安易に使ってしまうからだ。ラミューリンがどれほど忠告し、窘めても、彼は聞く耳を持たなかった。傲岸不遜な彼には、ラミューリンの忠告など、ただの嫉妬にしか聞こえなかったのかもしれないが、だからといって看過できる問題ではない。

 死ぬまで戦い続けさせることのできる能力というのは、用い方によっては強力だ。

 たとえどれほどの重傷を負い、意識を失おうとも、無関係に立ち直らせ、再び戦いの場へと赴かせる。戦いが終わるまで、勝利するまで、兵士たちを扱き使うことができるのだ。ハスラインを前線に投入すれば、容易く勝利を掴み取ることもできただろう。西とのどのような衝突も小競り合いでは終わらない。終わらせまい。だが、そのために彼に操られた兵士たちは、絶望的な戦いを続けることになる。どれだけ傷を負おうと、骨が折れようと、腹が割け、内臓が零れようと、命が終わるまで戦闘を続けなければならなくなるのだ。確かにその果てには勝利が待っているかもしれない。どのような手段を用いてでも東帝国の勝利を手にしたいというのであれば、彼を利用するのもやぶさかではないだろう。彼を上手く用いることができれば、東帝国はもっと速く、確実に西を倒せたことだろう。

 だが、ラミューリンはそれをしなかった。

 ウォーメイカーによる地獄のような闘争は、東帝国の戦いに相応しいものではない。

 東帝国は、皇帝ミズガリスハインの正当性を示すため、王者の戦いをしなければならないのだ。卑怯な手を使うなどもってのほかであり、いかに末端の兵といえど、その身が割け、骨が砕けるまで、命が終わるまで戦い続けさせるようなものを重用することはない。

 それに、ウォーメイカーの能力が知れ渡れば、彼が真っ先に狙われるのは間違いない。相手とて無能ではないのだ。地獄のような闘争にいつまでも付き合ってくれるわけもないだろう。ハスラインを起点とする勝利も長々と続くものではあるまい。

 もし、ウォーメイカーとハスラインを利用するようなときがあるとすれば、それは、東帝国が危機に瀕したときだろう、と、彼女は考えていた。

 それが、いまだ。

 実際、帝都急襲という重大事において、ハスラインは極めて役に立ったのではないか。少なくとも、もっとも強い光点にぶつけた武装召喚師たちが瞬く間に撃破されたという事実が、ハスラインの投入によって帳消しになったのだ。武装召喚師たちは、ウォーメイカーの能力によって、死兵と化した。骨が折れ、肉が割けようとも、死ぬまで戦い続ける駒となったのだ。

 襲撃者の中で最大の輝きを発する光点に対し、無数の味方の光点が集中している。それは、帝都中の武装召喚師を襲撃者の最高戦力にぶつけている最中だからであり、それら武装召喚師を示す強い輝きが、消えては点き、点いては消えるのを繰り返しているところを見ると、ハスラインの投入は正解だったとしか言い様がない。ハスラインがいなければ、敵は上層区画を突破し、既に至天殿に辿り着いていただろう。

 ハスラインは、ラミューリンにとっての切り札であり、切り札を切った以上は勝利しなければならなかった。でなければ、貴重な武装召喚師たちに無駄死にを強いることになる。

 が。

 見たこともないほどに強烈な輝きを放つ赤い光点は、群がる青い光点をつぎつぎと撃破していく。それまでは何度となく再起した光点だったが、あるときから、二度と発光することなく消滅したままとなった。殺されたのだ。命を失ったものを操ることは、さすがのウォーメイカーでも不可能だった。

 つまり、このままではハスラインを中心とする最終防衛戦が突破されるかもしれないということであり、ラミューリンは、仕方なく、帝都に残る全戦力を敵最高戦力に集中させた。五千の将兵を全員、ハスラインの元へと転送したのだ。その瞬間、ハスラインは五千の手駒を得たことになる。五千の死兵。これで敵最高戦力を倒せなければ、こちらの敗北は確定する。

 西との総力戦のため、東帝国もまた、ほぼすべての戦力を放出していた。そうしなければ、西の侵攻を防ぎきることなど不可能だからであり、こればかりは、どうしようもないことだった。どれだけ策を弄そうとも、圧倒的な兵力差を覆すのは困難だ。故に兵力は拮抗させる必要があり、全兵力の投入は必要不可欠だった。

 それでもラミューリンは、帝都防衛のための戦力を残した。いくら総力戦とはいえ、帝都の護りを疎かにするわけにはいかない。どのような事態にも対応できるよう、ラミューリン自身が選び抜いた精鋭中の精鋭に帝都防衛の任を与えた。東帝国の武装召喚師の中でも選りすぐりのものたち。彼らならば、たとえ一万二万の軍勢が帝都に辿り着こうとも撃退し、帝都を守り抜くだろう。

 そう、想っていた。

 その認識がどれほど甘いものだったのか、ラミューリンはいままさに目の当たりにしていた。

 五千あまりの光点もまた、ハスラインによって死兵と化し、敵最高戦力に襲いかかっているはずなのだが、その強烈な赤い光点は薄れることもなければ、消えることもなく、さらに輝きを増している始末だった。ラミューリンは、戦神盤が認識している情報に間違いがあるのではないかと一瞬疑い、頭を振った。戦神盤が戦場と認識した範囲内における情報を間違うことなど、あり得ない。戦神盤を誤魔化すことなど、なにものにもできるわけがないのだ。

 たとえば、幻像を生み出すような召喚武装の能力も、戦神盤を騙すことはできなかったりする。そうやって生み出された幻像は、力を持たないか、たとえ持っていたとしても、本体より弱いからだ。光点の有無、光量の差で判別できる。それくらい、戦神盤の情報収集能力というのは、強力かつ精確なのだ。

 つまり、現状、軍聖の間全体に展開される戦場図における情報は、なにもかも間違いではないということであり、おそらく召喚武装の能力によって七人から十二人に増えた襲撃者が、先行する襲撃者に合流し、残り二千あまりとなった兵士たちを打ち倒していく絶望的な光景も、なにもかもが正しいということだ。

 戦場図に表示されているのは、光点に過ぎない。非戦闘員の数え切れない黄色い光点が無神経にも淡く輝く中、青い光点が赤い光点に蹂躙され、つぎつぎと消滅していくという光景は、ただそれだけでは光が動いているようにしか見えないだろう。しかし、戦神盤と戦場図の光景と、現実の戦場の光景を何度となく重ね合わせるようにして実験してきたラミューリンにとっては、その光点ひとつひとつに確かな命を認めざるを得ないし、それら光点がハスラインのウォーメイカーによって死兵と化し、地獄のような闘争を繰り広げていることは容易く想像ができた。

 そして、そうなったものたちの光点が消えるということはどういうことか。

 もはや残り五百程度にまで減った青い光点を見つめながら、ラミューリンは、己の胸に手を当て、呼吸を整えた。無数の命が散った。それも無造作に、あっという間にだ。これほど短時間で数千の命が消えた経験など、世界大戦以来なかったことだ。そして、もう二度とないものと想っていた。西帝国との戦いにおいても、これほどの戦いは起きようがないのではないか。ラミューリンは、己の浅はかさを呪いたくなるような気持ちになった。動悸がする。苦痛がある。

 このままでは、将兵の死が無駄になることは明白だ。

 なぜならば、このまま赤い光点のこちらへの接近を許せば、敗北が決してしまうからだ。そうなれば、もうどうしようもなくなる。

「陛下」

 ラミューリンは、決然と顔を上げ、ミズガリスハインを振り返った。

 ミズガリスハインの神経質そうな青ざめた顔は、いつになく冷厳としていた。




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