第二千四百十五話 帝都急襲(七)
「ラミューリンほどわたしの才能に嫉妬するものもいないのだよ。わたしに手柄を立てさせたくないから、わたしを極力使おうとしない。わたしほど優秀で有能な武装召喚師もいないというのにだ」
ハスラインは、勝ち誇るように告げてくるのだが、その間も敵武装召喚師たちの攻撃は止んでいるわけではなかった。全周囲、ありとあらゆる方向から連続的に飛来する様々な攻撃をかわし、捌き、翅で受け止めて対処しながら、セツナは思考する。
(なんで意識がある? 気絶したはずだろ)
ほかの連中もそうだが、特にハスラインが起き上がったのは疑問だった。少なくとも、常人が意識を保っていられるほどの衝撃ではなかったはずだ。武装召喚師であろうと、いくつかの骨が折れただろう一撃の前には気を失って当然だ。実際、ハスラインは激痛の中で苦悶の声を上げ、気を失っている。だが、即座に立ち上がった。それまでセツナが撃破した武装召喚師たちとともにだ。
考えるまでもない。
まず間違いなく、ハスラインの召喚武装の能力だ。
それがどういった能力なのかをセツナは考えているのだ。気絶から立ち直るだけが能力とは考えにくい。それ以外にもなにかしら付随した能力があるはずだ。
(たとえば……)
飛来した跳弾する弾丸を翅で薙ぎ払い、大斧でもって襲いかかってきた女武装召喚師を矛で殴り飛ばす。遠慮はしない。戦闘を仕掛けてきた相手に気を遣う必要はないのだ。とはいえ、最低限殺さないように配慮してはいるものの、しかし、いまの一撃を食らってただで済むはずもない。しばらくは後遺症に悩まされること請け合いだ。
吹き飛び、瓦礫の上に叩きつけられた女を見届ける暇はなかった。他方、二刀の剣を振りかぶった男が襲来する。出力の絞った“破壊光線”を撃ち放ち、二刀使いの反応を引き出す。つまり、二刀でもって“破壊光線”を防がせたのだ。最低出力の“破壊光線”は、召喚武装を破壊することすらできず、弾け飛ぶ。が、同時に受け止めた男も吹き飛ばしている。そこへ、セツナの追撃が入る。二刀使いの上空へと一瞬にして移動したセツナは、その隙だらけの背中に回し蹴りを叩き込んだのだ。二刀使いは、苦悶の声を上げながら地面に激突した。息も吐かせぬまま、跳弾が飛んでくる。翅を広げて受け止め、別方向からの雷撃と火炎をも翅の防壁で受け流す。
(別に強くなっているわけじゃあないな)
セツナは、大斧使いと二刀使いの反応速度が以前となにひとつ変わっていないことから、ハスラインの召喚武装の能力によって彼らの身体能力が底上げされているわけではないという確信を得た。だが、ほかになんらかの能力があり、作用していると考えておくべきだということに変わりはない。召喚武装の能力は千差万別。どのような能力を持っているのかなど、想像しようもないのだ。ただ身体能力を向上する、破壊力を高めるといった単純な能力から、血を媒介にしての空間転移や、特定条件下でのみ発動する能力など、様々なものがある。故にこそ、武装召喚師との戦いは、どんな武装召喚師が相手でも気を抜いてはいけない。
ハスライン本人は、彼が口にするほどの才能を感じるわけではないが、しかし、本人が気絶から立ち直っただけでなく、周囲の人間までも立ち直らせるという召喚武装の能力は、厄介という以外にはなかった。無論、それは現状、セツナが極力殺さないようにしているからであり、そうでなければとっくに終わっていることだろう。
戦後の帝国の状況を少しでも良くしたいという想いが、現在、セツナの足かせとなっている。だが、致し方のないことだ。
「どうしたね? それで、わたしの舞踏団を倒し切れると、本気で考えているのかね」
ハスラインの挑発をセツナは黙殺した。炎を雷撃の渦を強行突破し、雷撃を撃ち出していた槍の使い手に襲いかかる。電光石火の早業で繰り出してきた突きを翅で押し退けるようにして、男の顔面を踏みつけ、加速する。後頭部から地面に埋め込み、左からの殺気に矛で反応する。強烈な斬撃を受け止めたという感覚。見れば、先程、意識を失うほどの打撃を叩き込んだはずの大斧使いの女だった。
(これは……)
セツナは透かさず大斧を切り飛ばすと、唖然とした女の側頭部を殴りつけた。そのまま昏倒するのを見届け、ハスラインを見遣る。痩せ顔の男は、悠然とした態度で佇み、指揮棒のようなものを振り回していた。それが彼の召喚武装だろう。そして、地に倒れ伏したはずの女が平然と立ち上がり、斧の柄だけを振りかぶって、殴りかかってくる。セツナは、メイルオブドーターの翅で女を吹き飛ばすと、目標をハスラインに定めた。地を蹴り、飛ぶ。瞬間、無数の弾丸が全周囲から飛来した。一方向からだけではない。前後左右、ありとあらゆる方向からだ。
跳弾。
弾丸の跳ね返る方向は、目標と定めた対象。ならば、全周囲にばら撒けば、時間差こそあるものの、包囲攻撃が可能となる。
舌打ちとともに立ち止まり、跳弾を捌く。翅を展開し、受け止めたのだ。幸い、弾丸ひとつひとつの威力は低い。翅を貫くことはできないまま跳ね返り、あらぬ方向に飛んでいった。対象に向かって跳弾するのは、対象方向に向かって飛んでいない場合のみのようなのだ。でなければ、翅で受け止めたとしても跳ね返らず、セツナに向かって飛び続けることになるだろう。跳弾から解放されれば、二刀使いが懐に飛び込んできている。思わずその顔面を拳で殴りつけた直後、セツナは一思案した。一瞬の思索。その考えは、つぎの瞬間には、行動に移している。つまり、黒き矛を振り抜き、二刀使いの両腕を叩き折ったのだ。二刀使いは激痛の中で剣を手放し、昏倒した。骨が折れれば、さすがに戦えまい。その体を飛び越えれば、視線の先にあったはずのハスラインの姿が消えている。
代わりに立っているのは、紅蓮の翼を翻す女だ。炎の如き翼を広げた女がしなやかな指先をこちらに向けて掲げた。直後、大気が歪んで見えた。瞬間的に膨張した熱気が大気をねじ曲げたのだろう。爆発的な炎の奔流がセツナに押し寄せる。飛び退き、上空に逃げれば、別の武装召喚師が待ち受けていた。背に負った機構から伸びた巨大な腕がその武装召喚師の腕の動きに合わせて動いている。見たこともない種類の召喚武装だが、召喚武装はなんでもありなのだからそこは問題ではない。機構の腕による攻撃は、電撃を帯びた打撃に過ぎず、セツナを捉えられる速度もなかった。しかも、決して強固ではない。矛を叩きつければ簡単に切り裂け、男が愕然とする瞬間を垣間見た。その愕然とした男の腹に矛の柄頭を埋め込むように叩きつけ、顔を苦痛に歪ませた直後、脳天にも一撃を加える。そうして地面に落下する男を見届けることなく、別の武装召喚師を対処する。跳弾使いに殺到し、杖を叩き壊せば、すかさず殴りつけて昏倒させる。
殺さない戦いは、セツナに普段の何倍もの苦労を強いていた。が、ときにはこういう戦いもありだろう、と、彼は考えていた。
殺すのは、簡単だ。
黒き矛と眷属の力を解き放てば、その瞬間、人間の敵はいなくなる。少なくとも、ただの人間である以上、完全武装状態のセツナに敵うわけがないのだ。召喚武装を無数に併用すればその限りではないが、そんなことのできる人間が果たして存在するかどうか。セツナが眷属を併用できるのは、眷属だからにほかならない。眷属は、黒き矛の一部なのだ。ほかの召喚武装では、ない。そのため、ほかの召喚武装を併用するよりは軽い負担で済んでいる。これがもし、ほかの召喚武装ならば、セツナもこうも上手くは使えなかっただろう。
なんにせよ、本来であればとっくに終わっている戦闘だが、手を抜いているが故に長引いてしまっている。
(いや……)
それだけではない。
セツナは、つぎつぎと立ち上がってくる武装召喚師たちの姿を見て、目を細めた。
斧使いの女も、二刀使いの男も、ほかの武装召喚師たちも、セツナから凄まじい痛撃を食らい、もはや立ってなどいられないはずだというのに平然と立ち上がり、こちらを睨んでいる。特に二刀使いなどは、両腕の骨を折ったというのに、だ。だれもかれも、痛みを感じていないかのように立っていた。
それこそ、ハスラインの召喚武装の能力なのだろうが。
(死ぬまで起き上がってくるのか?)
セツナは、黒き矛の柄を強く握り締めながら、眼下のハスラインを睨み付けた。
ハスラインは、この状況を心底楽しんでいるようにほくそ笑んでいる。それがどうにも忌々しく、憎々しい。