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第二千四百十四話 帝都急襲(六)

「絶好調……ってか」

 セツナは、黒き矛を掲げたまま周囲を見回した。

 瓦礫の山の中、もはや気を失って動けなくなった武装召喚師たちの哀れな姿が散見された。いずれも、セツナの攻撃によって気絶してしまったのだ。ただ、矛を振り回しただけだ。力を込め、旋回させた。ただそれだけ。矛の旋回が嵐を起こし、周辺の建物を破壊しながら武装召喚師たちを吹き飛ばし、昏倒させたのだ。セツナは想定以上の結果に満足したというよりも、力加減の難しさに歯噛みしている。

 上層区画の建造物を巻き添えに起こった破壊は、敵武装召喚師のみならず周辺住民をも巻き込む大騒ぎになるかと思いきや、ひとびとが上げたはずの悲鳴や叫び声はセツナの耳に届いた途端に途絶え、感知範囲内に蠢いていた無数の気配ともども消えて失せた。

 なにが起こったのか、ある程度の予想はつく。

 おそらく、だが、転送されたのだ。武装召喚師や兵士を一斉に転送する能力を持つ武装召喚師によって。

 上層区画に住んでいるのは、帝国における上流階級の人間ばかりだという。皇族やそれに連なる人間だけが上層区画を我が物顔で闊歩できるのであり、一般市民はひとりとして住んでいないらしい。故にセツナたちの戦闘音や余波によって起こった破壊に気づき、逃げ惑い始めたひとびとを別の場所に転送したのだとしても、なんらおかしくはなかった。

 これが下層地区で、一般市民だったならばどうだったのかはわからないが、いずれにせよ、無関係な非戦闘員を巻き込むつもりもないセツナにとっては、ありがたいとしかいいようのない配慮だった。むしろ、敵の配慮に感謝しなければならないくらいだ。でなければ、余計な被害者を出していたかもしれない。

 いくら感知範囲が広く、それよりも狭い範囲を攻撃していたとしても、思わぬことは起こるものだ。場合によっては、住宅地に流れ弾が飛んでいくことだってありうる。

「……西帝国が陽動に決戦を起こすだけのことはある」

 不意に聞こえてきたのは、高らかな拍手の音と低い男の声だった。見れば、セツナの進行方向に男がひとり、突っ立っている。いつの間に現れたのかはわからないが、転送されたと見て間違いあるまい。三十代半ばくらいか。長い黒髪の中に白髪が目立っている。こけた頬や落ちくぼんだ両目から痩せているように見えなくもないが、鍛え上げられた肉体の持ち主ではあった。長身。痩せているのは顔だけのようだ。身につけているのは軽装の鎧であり、これまで戦ったどの武装召喚師よりも慎重そうに見えなくもない。

「強いな、貴殿」

「ああ、強いよ、俺とカオスブリンガーはな」

「ふむ……カオスブリンガー。なるほど、そうか。そういうことか」

 男は、合点がいったといわんばかりにうなった。そして、面白いものでも発見したとでもいわんばかりににやりとする。

「聞いたことがあるぞ。小国家群においてガンディア隆盛の原動力となった英雄の話」

「そうかい」

「まさか、偽皇帝ニーウェとそっくりの姿をしているとは、知らなかったがな」

「だろうよ」

 ニーウェとセツナの関係を知っているのは、西帝国の首脳陣くらいのものだ。先帝時代、ニーウェが独断で行ったセツナとの戦闘は、彼が先帝に報告した後、秘密裏に処理されたという。帝国の中枢にいたミズガリスですら、セツナのことを知らないかもしれないそうだ。当然、一介の武装召喚師如きが知っているわけもない。

 痩せ顔の男は、自分の胸に親指を立てるようにして、告げてきた。

「わたしの名は、ハスライン=ユーニヴァス。ザイオン帝国ラディウス魔導院が誇る天才中の天才とはわたしのこと。覚えておきたまえ」

「……天才、多いんだな」

「なんだと?」

 ハスライン=ユーニヴァスと名乗った男の眉間に寄った皺の深さにセツナは、内心ほくそ笑んだ。煽れば、隙を見せてくれるのではないか。

「聞いた話じゃ、ランスロット卿もラディウス魔導院において天才といわれたそうだし、ニーウェハイン皇帝陛下も神童と呼ばれていたとか。あと、ふたりの師匠のイェルカイム=カーラヴィーアは不世出の天才だって聞いたぞ」

「イェルカイムは死に、ランスロットも偽皇帝もこの戦いで死ぬ。真の天才は、わたしひとりとなる。ラミューリン? ハーロット? あれらがわたしの才能を恐れることはあっても、凌駕することはないのだ。ふふふ……いずれわたしが帝国最強の武装召喚師になるのは目に見えている」

「なかなか……」

 セツナは、ハスラインの自信に満ちた反応を見て、なんともいえない気分になった。挑発に乗せるどころか、ますますやる気を見せてしまっている。これでは、隙を作るのは難しい。だったら、と、彼は考えを改めた。

「なかなか?」

「いい性格してるよ、あんた」

「そういう貴殿こそ、な――」

 ハスラインが気を失って倒れる様を、セツナは、無言で見下ろしていた。彼がセツナの言葉を反芻するように問い返したとき、セツナは、真正面から踏み込み、ハスラインの腹に矛の柄を叩き込んだのだ。彼が身につけた軽装鎧はその防御性能をろくに発揮できないまま打ち砕かれ、黒き矛の柄は、見事ハスラインの腹を抉るように打ち据え、そのまま彼の意識を奪っていった。なんのことはない。最初からこうすれば良かっただけのことだ。

 問答など不要。

 いまさらのようにセツナは実感し、肩を竦めた。相手が話しかけてきたから答えたまでのことだが、そんなことで時間を浪費するのは、本当に意味がない。

(なにが天才なんだか……)

 ハスラインは、武装召喚術を学ぶうち、己の力量を過大に評価するようになっていったのだろう。そして、その力量ならば帝国を代表する武装召喚師にもなれると勘違いした。その結果がこのザマだが、セツナは、彼にかけてやる言葉も思いつかず、その場を去ろうとした。が、またしても気配が生じ、彼はうんざりした。

 十人以上の武装召喚師たちがセツナの周囲に転送されてきたのだ。

 それが、セツナの怒りを駆り立てるのだ。

「俺を叩き潰したいっていうならさ、最初から全戦力を俺にぶつけるくらいはしろよな」

 返り討ちに遭う度に逐次武装召喚師を転送しているのだろうが、それがセツナには解せなかった。その結果、東帝国側は貴重な戦力を消耗し続けている。

「だから、こうしているのだろう」

「は……?」

 セツナが驚いたのは、ハスラインがむくりと起き上がったことではない。

 ハスラインが転送されるまでにセツナが昏倒させたすべての武装召喚師たちが起き上がり、それぞれに召喚武装を構え始めたからだ。

 ハスラインがへこんだ腹を撫でながら告げてくる。

「ラミューリンがわたしを投入したということはつまり、そういうことだ」

「どういうことだよ」

 セツナは透かさずその場を飛び離れて、全周囲からの攻撃を回避した。

 凄まじい爆発の連鎖が巻き起こり、戦場は、一気に地獄の様相を呈した。




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