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第二千四百十三話 帝都急襲(五)

 およそ二千人あまりの東帝国兵と複数名の武装召喚師による包囲網は、敵武装召喚師たちが姿を消したあと、然程時間を要することもなく崩壊が始まった。武装召喚師たちは、セツナが単騎、包囲網を突破し、戦域から離脱した直後、ファリアたちとの戦闘中にも関わらず姿を消したのだ。それがなにを意味するのか、ファリアは、敵兵をオーロラストームの雷で打ち据えながら察した。

 おそらく、この二千人あまりを転送した武装召喚師が、セツナひとりさえ至天殿に辿り着かせまいとして、武装召喚師たちだけを転送したのだろう。

 それはつまり、転送役の武装召喚師には、この状況が手に取るようにわかっているということでもある。完全に把握できているのかは不明だが、少なくとも、セツナが包囲網を突破し、至天殿に向かって飛んでいったことはわかったようだ。でなければ、武装召喚師のみを戦域から転送する、などということをするはずがない。それは、包囲網の純粋な戦力の低下を意味する。

 武装召喚師には武装召喚師をぶつけるべきだ、というファリアたちにとって当たり前の戦術を帝国の人間が理解していないとは考えにくい。

 かつてザイオン帝国には、二万人に及ぶ武装召喚師が存在した。武装召喚術の歴史を考えれば驚異的な人数というほかない。リョハンが武装召喚術を広めるために組織した《大陸召喚師協会》に所属する武装召喚師の数さえ凌駕しているのだから、帝国における武装召喚術の普及度の凄まじさが理解できるというものだろう。もちろん、帝国が武装召喚術の有用性に目をつけ、すぐさま体制を整え、育成機関を作り上げてしまったというのが大きいに違いない。大陸三大勢力の一角であったザイオン帝国だからこそできたことであり、他の勢力以上の戦力を欲していたからこそ、速やかに育成体制を整えるという手を打つことができたともいえる。

 その点、《協会》は、小国家群にて武装召喚術を普及するため、様々な問題を越える必要があった。国境を越えることひとつとっても、多大な時間を要する場合があり、武装召喚術の有用性を伝えるのも一苦労だった。支局を作ることができても、多くの国は、武装召喚術の有用性を理解しなかったものだ。武装召喚術が大きく取り上げられるようになったのは、本当にごく最近の話だった。ここ数年。小国家群が滅亡するまでのわずかな期間でしかない。それくらい、武装召喚術という未知の技術に対しての疑問や疑念は尽きなかった。

 そういう意味でも、帝国というのは素直というか、利口だったのだろう。武装召喚術の有用性を認識すると、すぐさま全力で取り入れるよう動いた。

 その結果、数十年で二万人もの武装召喚師を育成することに成功し、帝国の戦力を大いに引き上げることとなった。

 最終戦争時、その二万人の武装召喚師がいなければ、帝国はヴァシュタリアやディールとまともにたたかうこともできなかったのではないか。神の加護を全面に押し出したヴァシュタリアに、魔晶人形を始めとする魔晶兵器群を潤沢に用意したディール。それらを相手に戦うには、やはり二万人の武装召喚師は必要不可欠だっただろう。

 そして、それら二万人に及ぶ武装召喚師の育成の中で、武装召喚師を用いた戦術の研究も盛んに行われたはずであり、武装召喚師に一般兵をぶつけるのは愚行であるということくらい、理解していなければおかしかった。

 もちろん、武装召喚師も、人間だ。武装召喚術の行使には精神力を消耗し、召喚武装の能力を駆使するのも無制限ではない。消耗し、疲弊し、いずれ力尽きるものだ。それを見越して数をぶつけるのはありえない話ではないが、そのために何十何百の兵を犠牲にするのは、賢いやり方ではあるまい。武装召喚師には、同じく召喚武装の使い手をぶつけるのが正しい戦い方なのだ。その武装召喚師を主軸にした戦術、策というのなら話は別だが。

 残念ながら、この二千人あまりの包囲網の主軸だったはずの武装召喚師たちは、全員、姿を消してしまっている。間違いなく、セツナに当てたのだ。

 もしかすると、転送担当の武装召喚師には、セツナが飛び抜けて強いことがわかっているのかもしれない。でなければ、武装召喚師全員をひとりに当てるなどという行動にはでないはずだ。それは、状況によっては愚策になりかねない。

 ファリアは、オーロラストームから威力の低く、しかし範囲の広い電光を放出させながら周囲の状況を確認した。荒れ狂う紫電の渦が盾を構えて突撃してくる敵兵たちを打ち据える中、さながら地中から沸き上がるかのように出現した光の奔流に飲まれ、吹き飛んでいく。ミリュウの擬似魔法だ。

「手加減してるわよね?」

「当たり前でしょ」

 ミリュウが苦笑交じりに告げてくる。彼女の背後には無数の刃片が浮かび、複雑な文字列を形成していた。擬似魔法を使うために必要な儀式であるそれは、彼女が受け継いだ記憶の中から浮かび上がった呪文であるらしい。刃片による術式の構築こそ、ラヴァーソウルの真骨頂といえるのだろうが、しかし、そのような使い方が思いつき、実行できるのはミリュウ以外にはいないだろう。

 そのすぐ後ろにはエリナがいて、彼女は、腕輪型召喚武装フォースフェザーの制御に精神を集中させていた。フォースフェザーの四つの羽が展開し、ファリアたちに大きな力を与えているのだ。神の加護とフォースフェザーによる支援があればこそ、大きく手加減してもなんの問題もなく敵を打ち倒すことができるといえる。

「無闇に人殺しをしたくないってのは、前々からセツナがいっていたことだけどさ。まさかここにきて実践することになるなんて想わなかったわ」

「そうでございますね」

 ミリュウの素直な感想を肯定したのはレムだ。彼女は、五体の“死神”でもって敵兵を翻弄し、打ちのめしている。レムの視線の先には気を失った敵兵が山のように積み上がっていて、それが遮蔽物としても機能していた。さすがに味方に当たるかもしれない矢を放てるわけもなく、敵弓兵は、射線を通すべく移動し、その移動先を攻撃されて沈黙するのだ。

「まったく、大将の慈悲深さには涙がちょちょきれるぜ」

「思ってもいないことを」

「あん? んなこたあねえぜ、姫さんよ」

「俺はもう姫じゃねえって」

「まあ、あだ名みたいなもんだと思ってくれりゃあいい」

「よくねえっての」

 シーラとエスクは、そのように言い合いながら敵陣真っ只中で戦っていた。互いの死角を庇い合うように、輪舞を踊るように。気こそ合っていないものの、息はぴったりだ。さすがはセツナを主と仰ぐふたりだけはあるのかもしれない。もっとも、そんなことをふたりに向かっていえば、ふたりは全力で否定してくるだろうし、その瞬間、合っていた呼吸も崩れ始めるのは目に見えているが。

 シーラはハートオブビーストの能力によって“半獣化”とでもいうべき状態になっている。シーラの体に猫の耳としっぽが生えたような状態は、キャッツアイと呼称する能力だったはずだ。目も猫の目のようになっているのだろう。ハートオブビーストは、血を媒介として使用者の肉体を変容させる。その変容によって身体能力が変化するといい、最大能力であるナインテイルもまた、変容の一種だ。

 この戦いにおいて、ファリアたちは死者は極力出さないようにしているものの、必ずしも皆無ではなかった。打ち所、当たり所が悪ければ、どれだけ手加減していても殺してしまうものだし、そればかりは致し方がない。敵として向かってくる以上、相手もそれくらいは覚悟してのことだろう。でなければ、戦場に立つべきではない、とファリアは考えている。

 そういった死者や気絶者の流した血がハートオブビーストの能力を発動させたに違いない。キャッツアイによって俊敏になったシーラの動きは、彼女が獣姫と呼ばれていたことを思い起こさせるものだった。

 エスクはエスクで、虚空砲で敵兵集団を吹き飛ばしたり、体術で圧倒したりしながら、ときには敵兵の武器を奪って、それでもって大いに立ち回って見せた。彼の身体能力は、常人のそれではない。彼がただの人間ではないという話こそ聞いているものの、それが具体的にどういう意味なのかは、ファリアは理解していなかった。ともかく、召喚武装も持たずに虚空砲のような攻撃手段を持っているのだから、なにかしら異様だということはわかる。

 ダルクスはといえば、黙々と、粛々と、敵兵の集団を制圧していっている。広範囲に及ぶ重力地帯の形成は、敵兵の接近を阻むだけでなく、範囲内の兵士を地に叩きつけ、そのまま気絶させていっていた。ダルクスの召喚武装は、彼が常に身に纏っている鎧だ。名称は不明。能力は、重力を操作することらしい、ということしかわかっていないが、問題はない。

 ファリアは、仲間たちの活躍ぶりを把握しながら、自身もまた敵兵を叩き潰す作業に戻った。作業。もはや作業としか言い様がない。敵は、一般人。雑兵ばかりといっていい。雑魚とはいわないが、どれだけ訓練を受けていようと、どれだけの数が押し寄せてこようと、いまのファリアたちの敵にはなりえないのだ。

(数十万なら話は別だけれど……)

 それはつまり、東帝国軍の全兵力が一カ所に集まればという話だ。

「って、またあ!?」

 ミリュウがめずらしく悲鳴を上げたのは、ファリアたちを広範囲に渡って包囲するようにして、敵軍の増援が出現したからだ。

 その数、およそ五千。


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