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第二千四百九話 帝都急襲(一)

 大陸暦五百六年七月二十八日。

 西帝国軍の総攻撃が開始されたちょうどそのころ、セツナたちを乗せたウルクナクト号は、南ザイオン大陸の遙か上空にあった。

 数日前、シウェルエンドを出発したウルクナクト号は、東ザイオン帝国軍武装召喚師の感知範囲に引っかかりようもないほどの高度を維持しながら、帝都ザイアスへと肉薄、ちょうど総攻撃が開始されたであろう頃合いに帝都上空へと至っていた。もっとも、遙か上空。眼下を見下ろしたところで、帝都の光景を目の当たりにすることなどできず、帝都の防衛網を確認することは不可能に近い。

 女神を除いて、だが。

「帝都上空に到達したはいいが、帝都そのものの様子はどうなんだ? 情報通り、護りは手薄になっているのかな?」

「……少なくとも、帝都の広さに見合うほどの防衛戦力は残されていないようだ。二万も残っているかどうか」

「二万……ね」

「普通ならこの人数でどうにかできる数じゃないけど」

 セツナがマユリ神の言葉を反芻すると、ミリュウが苦笑を交えながらいった。方舟の機関室には、非戦闘員を除く全員が揃っている。セツナ、ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、エリナ、エスク、ダルクスの八名だ。全員が全員、いつでも出撃できるように準備を済ませている。具体的にはそれぞれ軽装の防具を身につけておいた。

 それら防具には、女神マユリの祝福が施されており、通常の防具よりも遙かに高い防御性能を発揮することだろう。通常武器は無論のこと、召喚武装の攻撃にもある程度は耐えることができるはずだという。

 女神の加護は、日々、益々増大しているのだが、それもこれも、セツナたちとの結びつきが深まってきていることの現れであるということだ。それだけマユリ神の力が増大し、セツナたちへの加護も大きくなっている。おかげで、セツナたちは、帝都襲撃に際し、なんら不安を抱くこともなかった。

「俺たちならやれるさ」

「うん」

「そうね」

 ミリュウもファリアも、セツナの出した結論にはなんら疑問も抱いていないとでもいうようにうなずいた。ふたりだけではない。その場にいる全員が、勝利を確信している。女神の加護があり、皆がいる。負けるはずがないと信じることができた。勝たなければならないという想いもあるが、それ以上に敗北の可能性を感じ取れない。

「……懸念があるとすれば、武装召喚師の数ですな」

 そう指摘してきたのはエスクだ。軽装鎧の上から黒い外套を身に纏った彼は、いつになく楽しげな表情をしている。セツナとともに戦えるのが嬉しいのだろう。

 確かに彼の懸念も理解できる。帝都。つまり首都だ。首都防衛に多くの武装召喚師を割り当てるのは、道理といっていい。しかし、西帝国の総攻撃を知れば、その多くの武装召喚師さえも前線に投入しなければならないという結論に至るのも必然であり、そのため、武装召喚師が数多く帝都防衛に回されているという可能性は、決して高いものではないように想えた。

「ま、どれだけの数の武装召喚師が相手だろうと、関係ないさ」

「気楽にいってくれますな」

「セツナなら当然だろ」

「もちろん」

 当たり前のように告げるシーラにエスクが笑い返した。

 機関室内には、戦闘前の緊張感などほとんどなかった。だれもが速やかな帝都の制圧という西帝国の命運がかかった重要任務を前に落ち着き払っている。これまで、さまざまな任務を突破してきたのがセツナたちだ。この程度の任務で緊張するわけもなかった。

「武装召喚師も一般兵も、できるだけ殺さないようにはしたいが、戦いを早急に終わらせることのほうが大事だし、皆の身の安全のほうが遙かに重要だ。そのことは、陛下御自身が仰られたことでもある。皆も、それは肝に銘じてくれ」

 セツナは、一同を見回し、そう厳命した。

 ニーウェハインは、統一後の帝国の秩序、平穏のため、敵対する東帝国の将兵も殺したくないと考えていた。彼の立場に立って考えてみれば、当然のことだ。西も東も元は同じザイオン帝国なのだ。そこに生きているひとびともまた、元を辿ればザイオン帝国の人間に過ぎない。

 みずからの意思で現在の立場を定めたであろう首脳陣はともかくとして、兵や民に選択権などあろうはずもなく、彼らはいずれも、状況に流されるまま、西か東の国民となり、兵となったのだ。民は、自分たちを庇護してくれるのであれば、西も東も関係がないだろうし、兵は、自分の意思で所属を選べるわけもない。そして、所属が定まってしまった以上、上の命令に従うしかないのが兵だ。二年以上も東に属し、戦い続ければ、それなりの思い入れや価値観が生まれるかもしれないが、それも己の意思で決めたものではあるまい。

 兵や民全員が自分の意思で東への帰属を決め、東と運命をともにするというのであれば話は別だが、そんなことは、ありえない。

 東帝国の成立時、どこに住んでいたかが民の所属を決め、どこに転送されたかが兵の所属を決めた。

 ほとんど多くは、巻き込まれたに過ぎない。

 故に無為に殺したくはないというニーウェハインの想いは、感情としても、理屈としても理解できたし、支持していた。

 ただし、それは状況による。

「優先するべきは自分の命だ。敵を殺さないことを念頭に置くあまり、自分が命を落とすような、そんな馬鹿げた真似はしないでくれよ」

「それ、セツナにいいたいわよね?」

「ミリュウ様の仰る通りでございます」

「うんうん!」

「……俺をなんだと想ってるんだよ」

 セツナは、ミリュウ、レム、エリナの反応に肩を竦めると、頭を振った。セツナ自身は、自分がそんな愚かだとは想わないが、どうやらそういう認識をされているということは認めなければならないらしい。ミリュウたちの視線がそれを物語っている。小さく咳払いして、視線を室内の虚空に浮かんだ映写光幕に向ける。

 映写光幕には、帝都ザイアスを上空から見下ろした様子が映し出されていた。

 西帝国の仮初めの帝都シウェルエンドとは異なり、本来の帝都であるザイアスは、比べるべくもないほどに極めて広大な都市だった。幾重もの城壁に囲われた巨大な城塞といっていい。分厚く巨大な城壁は、堅牢極まりなく、武装召喚師による侵攻さえ、ある程度は防ぐことができるだろう。あれほどの城壁を打ち破るのは、至難の業だ。その堅牢極まる城壁の内側にいくつもの都市が抱え込まれているというのが、セツナが帝都ザイアスに抱いた印象だ。

 周囲四方を城壁に囲われたいくつもの都市の集合体とでもいうべきか。その都市のひとつひとつの規模が広大であり、それらが複合的に絡み合ってひとつの巨大な都市を形作っているようだ。上層と下層に分かたれた構造は、とても人間が作り上げたものとは想えない。まず間違いなく、帝国を作り上げた女神ナリアの力が関与しているのだろう。

 八つの下層区画と三つの上層区画があり、その上層区画の中心に荘厳な宮城が聳え立っている。

 皇帝の住居にして、皇族の住まう至天殿だろう。その荘厳さは、上空から捉えた映写光幕の映像からもはっきりとわかるほどであり、その宮城の建造にどれほどの時間と金、人や資材が投じられたのか、想像もつかない。シウェルエンドの皇厳宮とは趣のことなる壮麗さには、セツナのようなものですら目を奪われかねないほどだった。

 そこにおそらく皇帝ミズガリスハインがいるのは間違いない。

 総力戦だからといって、皇帝自ら前線に赴くわけもない。もし、そのような動きがあれば、西帝国の情報網が事前に察知し、セツナたちに皇帝の進軍路を伝えているはずだが、そんなことはなかった。

 東帝国皇帝は、基本的に帝都を動かない。総督や配下に伝えることがあったとしても帝都に呼びつけるのが普通だ。そしてそれでこそ支配者というものであり、君主というものだろう。どこの国のどこの王も同じだ。軽々しく動き回るような王など、だれが重く見よう。 

「俺たちの目的は、東帝国の皇帝にして僭称帝ミズガリスに降伏を促すことだ。ミズガリスが降伏さえしてくれれば、西と東の不毛な争いは終わる。逆をいえば、それ以外の勝利条件はない。ミズガリスが降伏しない限り、戦いは終わらないということだ」

「それはわかってるけど、降伏してくれなかったらどうするの?」

「そのときは、ミズガリスの身柄を確保するだけさ」

 セツナは、告げた。

 皇帝を僭称するような輩とはいえ、自分がなにもできない状況に追い込まれれば、降伏だって選択肢にいれるものだろう。

 余程の身の程知らずでもない限りは、だが。

 ミズガリスハインほどの身の程知らずもいない、とは、彼の皇帝僭称を非難するものたちの常套句ではあるが、それは彼が皇帝を僭称し、東帝国を立ち上げたことに対するものであり、彼の精神性そのものを示す言葉ではあるまい。

 と、セツナは信じたかった。

 無駄で無益な争いを長々と続けたくはない。



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