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第二百四十話 禍つ龍

 ルウファは、ザインの接近を警戒していた。

 彼の一撃は重く、破壊力も抜群だった。鉄の鎧よりも硬いシルフィードフェザーを突き破ったのだ。一撃だったからこそルウファの体は護られたものの、連撃が叩きこまれれば、無事で済むという保証はない。むしろ、生きていられるかどうかさえ危ぶむべきだ。接近を許してはならない。だが、相手は間合いを詰めようとしてくるに違いない。どうやって距離を稼ぐのか。

「行くぞ!」

 掛け声とともに飛び込んでくる相手に向かって、彼は左の翼を向けた。数本の羽を発射する。シルフィードフェザーの翼を構築するのは無数の羽であり、羽は自在に飛ばすことができたし、飛ばすことで飛び道具になった。威力そのものは低いが、牽制攻撃として使う分には問題ない。

 しかし、ザインは、拳を振り回して、殺到する羽をすべて叩き落としてみせたものだからたまったものではない。ルウファは内心悲鳴を上げながら後退した。敵が迫る。羽を飛ばす。叩き落とされる。飛び退く。何度か繰り返すと、ザインもさすがに苛立ってきたのだろう。顔面に怒りを露わにしてきた。

(怒れ怒れ。激情は冷静さを失わせるからね)

 正面から殴りあって勝てる相手ではない。

 ルウファの召喚武装は、攻撃よりも防御や移動に優れた性能を発揮するものであり、戦闘そのものを得意とする類のものではないのだ。武装ではあるし、普通に戦うこともできるのだが、戦闘よりもそれ以外で活躍することのほうが多いように思うのだ。もっとも、《獅子の尾》が求められるのは戦果であり、戦いの中で敵を打ちのめしたほうが喜ばれるのは間違いない。

「逃げるだけか!」

「なにか問題でもあるのかい?」

「……ないな」

 ザインは、あっさりとルウファの言葉を認めると、なにを思ったのか足を止めた。距離が開く。ルウファも後退するのをやめた。間合いを取りすぎるのも得策ではないのだ。彼がルウファとの戦闘を諦め、自軍部隊への攻撃に向かっては、戦場から引き離した意味がない。ルウファは、ドルカ隊が敵軍を数でも質でも上回っているとみている。ザインを引き付けている間に敵部隊を壊滅させてくれるか、大打撃を与えてくれるのは間違いなかった。だからこそ、ザインの怒りを煽るというのもあった。激情に身を任せて攻撃してくる限り、ドルカ隊に攻撃するということはあるまい。

 両翼を前方に伸ばし、羽弾を乱射する。放射状に広がりながら飛翔する無数の羽は、ザインの行動範囲を狭めたかに見えたが、彼は拳の一振りで前方への進路を確保した。目の前の、障害となる羽だけを叩き落とし、再び接近を試みてくる。

 ルウファは、逃げない。ザインの注意を引きつけておくためにも、いつまでも逃げ回ってはいられなかったし、なにより、そんなことばかりしていては《獅子の尾》副長の名が泣くのだ。《獅子の尾》は、ガンディア王レオンガンドがみずから作り上げた親衛隊のひとつであり、ガンディアの最高戦力というべき部隊だ。現状、武装召喚師のみで構成され、隊長は黒き矛のセツナ、隊長補佐にはリョハンの戦女神の孫娘ファリアがいる。ルウファもまた、ガンディアの名門バルガザール家の次男であり、家名を背負っているという意味でも、情けない戦いはできなかった。

 迫り来る敵に向けて、羽弾を飛ばす。

 彼は、ザインの拳が羽を容易く叩き落とすのを目撃するよりも早く、前方上空に向かって跳躍した。ザインが羽弾を打ち砕くのを、その頭上から見届けている。ザインがこちらを仰いだ。左の拳が伸び上がってくるのと、ルウファがシルフィードフェザーの両翼で彼を包み込んだのはほぼ同時だった。ルウファは、両翼の間に飛行のための風力を圧縮したが、直後、腹部に猛烈な衝撃を受けていた。激痛が腹を突き抜け、背中へと至る。そのまま大きく吹き飛ばされた。視界が激しく流転する。空が見えた。暗闇に点在する光が妙に眩しい。召喚武装のせいだ。背中から地に叩きつけられたものの、腹部の痛みのほうが強すぎてなんとも思わなかった。

 酷い痛みだ。

(なんていう威力なんだよ)

 胸中で吐き捨てながら、腹に触れる。身につけていた鎧の腹回りの装甲が粉々に打ち砕かれ、下の服も破れている。傷口は浅いものの、血が滲んでいるのがわかった。だが、重傷ではない。激痛はまだ残っているが、動けないわけでもなかった。起き上がり、前方を見る。

(よかった……)

 ルウファは、いつもとは違う自分の装備にほっと胸を撫で下ろした。通常、彼は鎧を身につけない。なぜなら、シルフィードフェザーという攻防一体の召喚武装を愛用しているからだ。武器こそ携帯するものの、鎧の重量は、シルフィードフェザーの飛行能力を制限しかねない。それならばいっそ、防御能力もシルフィードフェザーに頼ってしまえばいい、という安易な発想が根底にあった。しかし、今回は鎧で全身を固めていた。

 軍議で《獅子の尾》隊員を三部隊に分配するという話を聞いたからだ。鎧を身につけないのは、はセツナという圧倒的攻撃力と、ファリアによる援護攻撃が期待できるということもあった。なにより、セツナの存在は大きい。彼のように目立つ存在がいるだけで、ルウファが攻撃目標にされることは少なくなるのだ。おかげで、シルフィードフェザーの防御能力でも十分に身を守ることができた。

 今回の戦闘では、そのふたりとは別行動になる。ならば、自分の身は自分で守るよりほかない。ドルカやニナの実力を疑っているのではない。ログナー兵は精強だし、彼らとともに戦えば、ガンディア兵と一緒に戦うよりも安全に敵を倒せるだろう。しかし、武装召喚師の戦いについて来られるかというと話は別だ。

 それに、敵に武装召喚師がいるという可能性も低くはなかった。敵軍に武装召喚師がいないと判明しているのなら、ルウファも鎧を身につけなかったかもしれない。

 ともかく、彼は鎧を纏っていたおかげで、致命的な一撃を叩き込まれずに済んだのだ。これで鎧を装備していなかったらと考えるだけで恐ろしい。

 前方では、ザインも同じように立ち上がっていた。間合いはそれほど離れてはいない。互いに一足飛びで届くような距離だ。しかし、彼はすぐさま仕掛けてはこない。ザインは全身から血を流している。シルフィードフェザーの風力を全身で受けたのだ。鎧の表面は傷つき、露出した皮膚には無数の裂傷が刻まれている。しかし、それだけだ。ザインはまったく問題無いとでもいいたげな表情だ。

(なんともないって?)

 ルウファは、自分の腹に触れて、憮然とした。手のひらの下で脈打つ激痛と引き換えに叩き込んだ攻撃の成果が、これなのだ。ルウファでなくとも愕然とするしかないだろう。とはいえ、百も承知だった敵の攻撃の危険性を身を以て理解できたのは、悪いことではない。二度と、無謀な接近戦を挑むつもりはない。とはいえ致命傷を与えるには接近するしかないのだが。

 ザインの攻撃を食らわないように細心の注意を払うしかない。

「中々、やるな」

 ゆらりと、ザインの上体が揺れた。と思ったのも束の間、彼の全身がルウファの視界から掻き消えた。頭上からの危険信号に、彼は即座に飛び退いた。目の前の空間を抉り取るような打撃とともに、ザインの肉体が降ってくる。彼の拳は地面に叩きつけられ、土煙が上がった。ルウファは羽弾を乱射し、弾幕を張りながら距離を取っている。土煙の中、羽弾はことごとく叩き落とされていくのが理解できる。拳だけではない。足でも、ザインは羽を撃ち落としている。

「あんたこそ!」

 叫び返しながらルウファは、ザインから注意を逸らしてはならないことを思い知っていた。一瞬にして間合いを詰めるだけではなく、頭上から落下攻撃をしてくるような相手だ。気の緩みが敗北に繋がる。そして、敗北とはすなわち、死だ。さっきだってそうだ。わずかでも反応が遅れていれば、ルウファの頭が抉り取られていたのは疑いようがなかった。


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