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第二千四百七話 東西決戦(ニ)

 七月二十八日、東ザイオン帝国への総攻撃が開始されると、東部大戦団総督マルス=ザイオンは、第五方面最北の都市ディオンベスより各軍の指揮を取っていた。

 ディオンベスは、第五方面最北部における最大の都市にして、東帝国が大半を支配掌握する第一方面侵攻の一大拠点でもあった。そこに腰を据えるマルスの当面の目標は、当然、国境の突破であり、国境の先にある都市の制圧および、第一方面南西部最大の都市ロオントルンの掌握だ。ロオントルンは、第一方面南西部最大の都市であり、東帝国軍の一大拠点だった。ロオントルンを制圧するということは即ち第一方面侵攻の足がかりを作るということであり、ロオントルンを帝都侵攻の橋頭堡とすることもできるだろう。

(もっとも……)

 マルス=ザイオンは、各地から届く雑多な情報を耳に入れながら、目を細めた。東軍もまた、全戦力を前線に集中させているという情報は、とっくに入手している。それはどういうことかといえば、西帝国による総攻撃の予定、日取りが東帝国に筒抜けであり、東帝国がそれに対応したということにほかならない。が、それはむしろ、西帝国にとって思う壺であり、西の情報統制が上手くいっていないということではないのだ。東帝国への総攻撃に関する情報は、意図的に東に流されている。

 そもそも、数十万の大軍勢を各地の国境付近に集中させるという大事業にも等しい行いを東の目を盗んでやり遂げることなど不可能に等しい。それができるのであれば、秘密裏に国境を越え、各都市を急襲、圧倒的物量差によって制圧していくということさえ可能だろう。だが、現実問題として、そのようなことは不可能だ。東とて、愚者の集まりではない。常に西の動きに目を配り、耳を澄ましている。西になんらかの動きがあれば即座に反応しなければ、東の平穏は音を立てて崩れ去るのだ。

 西帝国の目的は、各戦線における大勝利ではない。大勝利の先、東帝国領への侵攻を果たし、各地各都市を掌握、西帝国領土を拡大することではないのだ。目的は、東帝国への挑発であり、扇動だ。東帝国の反応を引き出し、東帝国の全戦力を前線に投入させること。それこそが西帝国軍総攻撃の唯一無二の目的であり、それが果たせたいま、無茶な戦いを行う必要はない。

 かといって、東の連中にこちらの意図を感づかれるわけにもいかないため、しっかりと戦い、敵の注意を引きつけておく必要はある。

 そのため、支配下の各軍には、総攻撃の真の目的は伏せてあった。

 東部大戦団の各軍全将兵は、いずれも、この総攻撃によって東帝国を打倒し、西帝国こそが正当なるザイオン帝国後継者であることを知らしめる正義の戦いである、と、彼は説明していた。力説だ。マルス本人としては、ニーウェハインを皇帝として認めるのは、苦々しいことではあるが、彼の現状、そして将来を考えれば、いまはニーウェハインの帝国を肯定し、唯々諾々と従うのが一番だということは火を見るより明らかだ。

 ミズガリスは、ミルズ、エリクスを肌が合わないからと放逐した。おそらく、マルスが東についたとしても、同じような目に遭うのは簡単に想像できる。エリクスはともかくとして、ミルズほどの人材を平然と手放してのけるのがミズガリスなのだ。ミルズを重用し、重宝するニーウェハインとは、見ているもの、感じているものが違う。自分の感情を最優先にする支配者など、だれが好き好んで推戴するというのか。

 ミズガリスが唯一無二の皇帝というのであれば話は別だが、現実はそうではない。

 俄然話のわかるニーウェハインが皇帝として立っているのであれば、彼を推戴し、彼の帝国を支持するのは道理といってよかった。

 もちろん、彼とて皇位継承を争った身。

 自分こそが皇帝に相応しいと想わないわけがなかったが、いまは、その野心は隠し通すべきだろう。いまこの状況下で己が野心のままに行動したところで、西と東に攻め滅ぼされるだけのことだ。そして、それは、ニーウェハインの帝国を滅ぼすきっかけになりかねない。ミズガリスの世よりも、ニーウェハインの世のほうが遙かにましなのは、一目瞭然だ。

 自分の野心よりも、臣民の安寧のほうを大事に考えるべきだった。

 そのための戦い。

 そのための一大決戦。

 茶番にも似た総攻撃の指揮を執りながら、マルスは、脳裏に浮かんだ男の顔を憎々しげに想った。成長したニーウェハインとでもいうべき男は、名をセツナ=カミヤという。この戦略の根幹であり、西帝国の勝利の鍵を握る人物。彼と、彼の部下たちがこの戦いの勝敗を左右する。彼の帝都襲撃が成功するか否かが、この戦争のすべてだ。

 マルスたちは、敵を引き受けながら、彼らの帝都急襲が上手く行くことを願うしかない。

 そのことが憎々しく、忌々しい。

 帝国の将来を帝国人でもない、ニーウェハインと同じ顔の男に委ねなければならないのだ。

 これほど口惜しく、不愉快なこともあるまい。

(もっともだ)

 彼は、セツナ=カミヤが西帝国にもたらした情報を思い浮かべることで、荒れかけていた心に安定をもたらすことに成功していた。

 シリル=マクナファンの生存が確認されたのだ。彼女の生存は、彼に将来の勝利を約束するに違いない。

 そう想えば、いまの状況も素直に受け入れられるというものだったし、ニーウェハインやそれに似た姿の男を応援することもやぶさかではなかった。

 

 ミルズ=ザイオンは、南部大戦団総督として、戦場にあった。

 西ザイオン帝国南部最大の都市ビノゾンカナンを出発した彼の軍勢は、七月二十八日の総攻撃開始とともに東帝国国境の防衛拠点を攻め立てている。まさに火の出るような攻勢によって国境沿いの防衛拠点を制圧した彼の軍勢は、その勢いのままに東帝国領への侵攻を続けていた。

 北から南へ、縦に刻まれた国境線の各地に展開する戦線において、ミルズの軍勢ほどの大勝利を得、東帝国領への侵攻を果たせた軍勢など、ほかにはいまい。彼は、確信とともに勢いに乗っていた。

 ミルズ軍大勝利の理由は、大きく分けてふたつある。

 ひとつは、先頃、水攻めに遭いながらも、セツナ=カミヤたちによって救援されたビノゾンカナンの駐屯部隊は、セツナらが付近の東帝国軍を撃退したことにより、大きく戦意を昂揚させていたのだ。そのまま、一月以上も戦意を維持し続けていられたのは、いうまでもなく、国境の先から入ってくる東帝国軍の戦意の低さに由来する。セツナたちに負け続けた東帝国の南方部隊は、戦意を失い続ける以外にはなかったのだ。それを知れば、こちらの戦意が高まるのは当然の話だ。

 もうひとつは、ミルズみずからが指揮官として軍を率いているという最大の理由だ。ミルズは、麾下の軍勢とともに前線に出たのだ。総督という立場や皇族という出自は、彼に本陣に引きこもり、そこから各地の指揮を執ることを望んで止まなかったが、彼は、むしろ前線に出ることで配下の全軍の士気を上げることを意識した。そして、それが功を奏した。

 総督みずから打って出るということで、配下の将兵たちにしてみれば、負けられないという想いが高まり、昂揚していた戦意がさらに高まったのだろう。

 国境の戦いを圧倒的な勢いでもって勝利したミルズ軍は、その勢いのまま国境沿いの拠点を次々と攻め落としていった。

 まるで向かうところ敵無しといった連戦連勝具合には、ミルズも麾下の将兵も浮かれてしまうほどだったが、ミルズは、気を引き締め直し、配下にもそのように厳命した。調子に乗れば痛い目に遭うことは、先頃の水攻めで身をもって理解している。故に彼も、彼の麾下の軍勢も、調子づくということがなかった。

 極めて冷静に軍を動かし、一端、国境付近まで引いている。

 一端はミルズ軍の勢いに押し負け、蹴散らされる格好で散り散りになった東帝国南方軍が結集し、ミルズ軍を包囲する形勢を見せたのだ。いくら戦意が高く、勝利に次ぐ勝利に湧いているとはいえ、包囲されれば話は別だ。包囲されるということは、数の上で負けているということに他ならない。

 物量差を理解せず、勢いに乗って戦うなどという愚を犯すつもりは毛頭なく、ミルズは国境付近にて他の軍勢との合力を計った。

 勝利のあまり突出してしまっていたのだ。

 故に包囲されそうになった。

(調子に乗るなよ、ミルズ……!)

 彼は、自分自身への戒めを内心口にすると、遙か地平を埋め尽くす東帝国軍の将兵に目を細めた。

 敵もまた、総力戦に打って出ている。

 それはつまりどういうことか。

 こちらの目論見通り、状況が動いているということにほかならない。

(あとは、頼みましたぞ、セツナ殿)

 ミルズは、ニーウェハインによく似た武装召喚師に対し、強い信頼を寄せている。ビノゾンカナンをああも見事に救援されれば、信頼せざるを得まい。ひょっとすると、ニーウェハインよりも彼のほうを信頼しているのではないか。

 それも無理のない話だ。

 あれほどの力を持った一個人など、想像したこともなかった。

 おそらくは、地上最強の人間なのではないか。

 そんなことを夢想させるほどの光景を目の当たりにしたとき、彼は、セツナ=カミヤに対し、信仰にも似た感情を抱くようになっていた。

 セツナならば、帝都急襲を必ずや成功させるだろう。

 そして、ニーウェハインおよび西帝国に勝利をもたらすに違いない。

 



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