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第二千四百六話 東西決戦(一)

 大陸暦五百六年七月二十八日。

 西ザイオン帝国は、予定通り、全軍でもって東帝国領に対する総攻撃を開始した。

 北端から南端に至るまで、ありとあらゆる戦線において、西帝国軍のほうから攻撃をしかけたのだ。それも、普段の小競り合いではないということが一目でわかるほどの戦力の充実ぶりであり、北から南に向かって縦に伸びた国境沿いの各地において、無数の戦端が開かれるに至った。

 しかし、多大な戦力の一斉投入によって西側が圧倒的勝利を収めるかといえば、そういうわけには至らなかった。

 なぜならば、西の動きを察知した東もまた、凄まじい反応速度によって各地に戦力を配備しており、西帝国軍の総攻撃に対応したからだ。

 総攻撃には総攻撃でもって、応じる。

 それは、すなわち、東西帝国の一大決戦の開始ということだ。

 東西両軍いずれも全戦力を最前線において展開し、北端から南端に至る国境沿いのありとあらゆる箇所において、無数の戦場が生まれ、苛烈なまでの激突を繰り返した。両軍それぞれ数十万の将兵が国境沿いに展開し、開戦と同時に国境付近で激突する。互いの主戦力はやはり武装召喚師だが、武装召喚師は武装召喚師同士の戦いに終始することが多く、勝敗を決定づけるものにはなりがたい。なにより、投入される兵数が膨大だ。武装召喚師のひとりふたりでは戦況が変わるほどではないのだ。

 無論、互いに二千名以上かそれに近い数の武装召喚師が各地の戦場に分散手配されているのだが、それでも、それを遙かに上回る数の将兵が動いている。

 両軍合わせれば百万に近い将兵が、北から南の国境沿いを埋め尽くしていた。



 西ザイオン帝国領北部最大の都市ディヴノアより出発した北部大戦団総督エリクス=ザイオンは、最前線後方にあって、指揮を執っていた。

 総督たるもの本陣に腰を据えて采配を振るうべきだ、というのが彼の周りのものの意見であり、彼ももっともだと想っている。実際、北部戦線の総大将とでもいうべき彼が前線に出るのは、あまりよくないことだ。総大将が討たれれば、その瞬間、その戦場における大勢が決することは古今無数にある話だというのだ。実戦経験こそ少ないエリクスではあったが、小国家群における古今の戦史については、多少なりとも知識があり、そこから数多のことを学んでいる。故に総大将足るもの後方にふんぞり返っているべきだという周囲の意見にも耳を貸した。

 しかしながら、この度の戦いは、そういうわけにはいかないということも彼はよく知っていた。

 この度の戦いは、西ザイオン帝国の存亡を賭けた最終決戦とでもいうべきものであり、北から南に至る国境沿いに構築されたありとあらゆる戦場のいずれかが敗れ、そこから東軍が雪崩れ込んでくるようなことがあれば、西帝国の敗北もありうるのだ。

 西帝国は、全戦力をこの戦いに投じていた。護りを度外視し、すべての戦力を攻撃にのみ集中させている。それはつまりどういうことか。攻撃の布陣が破られ、抜けられれば、その途端弱点を曝け出すこととなる。帝都まで攻め込まれる可能性があるということだ。そして帝都が落ちれば、こちらの負けだ。帝都には、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンがいる。彼は、武装召喚師だ。生半可なことでは死なないだろうが、しかし、多勢に無勢。敵戦力が多数押し寄せれば、討ち死にしうる。

 故にこそ、どの戦場においても東軍に抜かれるわけにはいかないのだ。

 では、北部総大将たるものどうするべきか。

 答えはひとつだ。

 前線に赴き、最前線で戦う将兵たちの奮起を促すことが、彼のような立場の人間にできる唯一のことだった。

 さすがに総督みずから最前線に出て、敵兵と打ち合うようなことはしない。そんなことをすれば、途端、敵の武装召喚師に狙われ、命を落としかねない。それこそ、失態もいいところだ。

(あのときのような失態は繰り返すまい)

 エリクスは、北部戦線におけるニアサイアン等四都市の東軍制圧の責任を感じていた。本来、彼の責任が及ぶ出来事ではないにせよ、北部戦線の総督たる彼には痛恨の想いがあるのだ。もし、あのとき、セツナ一行が西帝国に与するようなことがなければ、ラーゼン=ウルクナクト擁する東軍によって北部戦線に巨大な風穴が開けられたのは間違いなく、そのまま東軍に押し巻けていた可能性がある。そこに責任を感じないエリクスではないのだ。

 それもあり、彼は、奮起しなければならなかった。

 失態を取り返すには、成果を上げる以外にはない。

 そして、この戦いにおける成果とは、戦線の維持以外のなにものでもなかった。

 勝利は二の次だ。

 敗北さえしなければいい。

 敗北せず、戦線を維持し続けさえすれば、勝利は転がり込んでくる。そういう戦略だ。そして彼はそれを信じている。信じるしかない、と、いったほうが正しい。

 なにより、この二年近くに渡る東軍との小競り合いばかりの戦いに倦んでもいた。

 彼だけではない。

 だれもが、東軍との変わることのない、均衡を維持するためだけの小競り合いに飽いていた。

 西ザイオン帝国も東ザイオン帝国も、互いに兵力、戦力ともに拮抗し、決定打を見いだせないまま、まるで飽きることなく戦いを続けているが、最前線の将兵たちにしてみれば、終わることのない輪舞曲を躍っているようなもので、肉体的な疲労よりも、精神的な消耗のほうで参りつつあった。最前線の兵士たちに関しては定期的に交代させることで精神的な負担を少なくさせているものの、それでも限度というものがある。

 二年近くもの間、代わり映えもなく、戦い続けているのだ。

 それも結果の変わらない小競り合いをだ。

 互いに全力を出すことが禁じられ、勝利することも敗北することもできない、じゃれ合いのような、馴れ合いのような戦いばかりを繰り返してきていた。

 倦むのも当然だ。

 それが北方戦線の大敗や、南方戦線の失態に繋がったのはいうまでもなく、それ故、一日も早くこの終わることのない輪舞に終止符を打たなければならないのだ。

 でなければ、またいずれ、先頃のような失態を犯すことになりかねない。

「戦況はどうなっている?」

 ディヴノアより遙か東部、小都市ノアランより東に位置する国境付近に展開した戦場を彼方に見遣りながら、エリクスは左右のものに問うた。

 先にもいったが、彼は、最前線には至っていない。前線の、後方に留まっている。これでも出過ぎなくらいだ。場合によっては、敵武装召喚師に目をつけられかねないほどの位置であり、側近衆は、いつか攻撃を受けるのではないかと常にひやひやしていた。実際、彼も内心では戦々恐々としていたが、しかし、最前線で戦うものたちを想えば、これくらいの恐怖はなんとでもなった。

 ザイオン皇家の人間としての誇りが、彼を奮い立たせている。

「現状、我が方が押している模様。やはり、総督閣下が前線に出てこられたことが、将兵の奮起に繋がっているようですな」

「御機嫌取りはいい。優勢なのは、将兵の奮戦故だろう」

 エリクスは、にべもなく告げながらも、その報告に安堵した。

 自分が前線に出てきたことは、必ずしも無意味ではあるまい。

 戦況を動かす物事というのは、いくつかある。

 ひとつは、兵数。兵力差、物量差は、戦況を大きく動かす要素のひとつだ。

 ひとつは、戦力。兵力差を覆すような戦力の存在もまた、戦況に変化を与える。

 ひとつは、士気。兵士たちの精神状態は、戦況そのものに多大な影響をもたらすという。

 たとえば、士気が低ければ、どれだけ兵数で上回っていても敗戦することは歴史上、多々あることであり、逆もまた然りだ。

 つまり、戦力が拮抗しているのであればなおさら、士気が高いほうが勝つということであり、士気を上げることこそ、指揮官たるものの務めなのだ。

 ではどうすれば、士気を上げることができるのか。

 その方法はいくつもあるだろうが、帝国において最大の手法は、皇族みずからが戦地に赴くことだろう。

 ザイオン帝国において皇帝の一族とは、神の一族といってもよかった。

 そんな立場のものがみずから戦場に出て、采配を振るえば、将も兵も奮い立ち、死力を尽くすに違いない。

 古今の戦史から学んだことが、ここに生きている。

 エリクス=ザイオンは、そんな確信の中、最北の戦線における優勢に興奮していた。

 戦いはまだ始まったばかり。

 油断しては、ならない。



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