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第二千四百四話 西の動き、東の反応(一)

「なにやら、西に大きな動きがあるようです」

 ラミューリン=ヴィノセアは、東ザイオン帝国皇帝ミズガリスハイン・レイグナス=ザイオンに拝謁するなり、単刀直入に告げた。ミズガリスハインは、玉座の肘掛けに肘を突き、その先の左拳に顎を乗せるようにして、彼女を見ている。いつも通りの尊大な態度だが、不遜ではない。むしろ、皇帝たるもの常に尊大かつ鷹揚であるべきだ、と彼女は考えている。ミズガリスハインは、皇帝なのだ。この帝国の天地において、皇帝以上の存在はいない。皇帝こそが天そのものであり、大地そのものといっていい。

 天地を支える柱と言い換えてもいい。

 とにかく、帝国において皇帝とは絶対の存在であり、なにものもその神聖なる領域を冒すことはできないし、逆に皇帝は、帝国におけるすべての存在を見下して当然だった。

「北部戦線、南部戦線に続いて中央戦線が敗れた、というのではあるまいな?」

 ミズガリスハインの冷徹かつすべてを見透かすかのような超然としたまなざしもまた、ラミューリンには、嬉しくてたまらないものだ。全身が泡立ち、高揚感さえ覚える。冷静なときのミズガリスハインほど素晴らしい存在は、この世にふたつとあるまい、と、彼女は本気で想っていた。だからこそ、信仰しているといっていい。

 信仰。

 そう、忠誠ではない。

 信仰なのだ。

 帝都ザイアス中枢に聳える宮城たる至天殿、その一室である真霊の間は、皇帝に拝謁するための一室であり、その無駄に広々とした空間こそ、皇帝の威厳を示すためだけのものであることは明白だ。皇帝とは、帝国そのものといっても過言ではないのだ。その威厳、権威を示すため、皇帝を彩るあらゆるものは荘厳かつ壮麗でなければならなかった。

 いま現在、皇帝が身につけている装束もそうだ。きらびやかで、だれの目にも眩しいものでなければならず、そのためにミズガリスハインには着替えも難儀しなければならなかった。もちろん、着替えなど、従者が手伝うものだが。

「いえ。中央線戦は、依然、均衡を維持したままでございます」

「それは……喜ぶべきか、悲しむべきか、判断に困るところだな」

「東西、戦力は拮抗しております故、素直に喜ぶべきでしょう」

 ラミューリンは、そう答えたものの、内心には、別の想いがあった。なぜならば、戦力が拮抗しているという言葉そのものが虚実入り交じったものだからだ。現実には、拮抗してなどいない。拮抗していれば、東帝国側が一時的に有利になることも、その後、西に押し返されることもなかったのだ。拮抗していたのは、つい先日までの話であり、ラーゼン=ウルクナクトという予期せぬ余剰戦力を得たことで、東が西を上回ったのもいまや昔、いまは西が東を上回っているのではないか。

 各地の戦況を総合する限り、その可能性は極めて高い。

 まず、ラーゼン=ウルクナクトの投入によって、優位に立っていたはずの北部戦線の戦況が、一夜にして覆されたという事実がある。ラーゼン=ウルクナクトの戦死に始まる北部戦線の崩壊は、北部戦線から西帝国領土の切り崩しを現実的なものとして考えていたラミューリンに精神的大打撃を与えることとなった。

 さらに南部戦線において指揮を取っていたミナ=ザイオン総督が西帝国に降伏し、ビノゾンカナン攻略に投入された大戦力に大打撃を受けたという報告が届いたことは、ラミューリンに戦略を大きく変えさせるに至っている。

 そして、その後の情報から、どうやら西ザイオン帝国に外遊船隊が帰還したらしいということが判明した。つまり、西ザイオン帝国は、外遊船隊が確保した外の戦力をもって、東の戦力を上回った可能性が高いということだ。外遊船隊出発の隙をついたはずのラーゼン=ウルクナクトの北部戦線投入は、外遊船隊の帰還によって帳消しにされたのだ。いや、それどころではない。

 イオン=ザイオンの報告によれば、西帝国は空飛ぶ船を持って攻め込んできた、という。

 イオンの報告はミズガリスハインの癇癪を恐れてか自己弁護に終始しているところがあり、信憑性にかける部分も多々あるのだが、空飛ぶ船の目撃情報に関しては、ほかの報告にも上がっていることから信じてもいいのだろう。

 西帝国が飛行船という新戦力を得たことは、間違いないと見て、いい。

 それによって考えられるのは、西帝国の行動速度の迅速化であり、情報伝達能力の強化であり、戦力運搬能力の向上だ。そしてそれこそが、東帝国との決定的な戦力の差ともなりかねない。

「拮抗している……か。ならば、なにを恐れているのだ、ラミューリン」

「恐れている……?」

「そうだろう、ラミューリン。おまえがわたしを呼んだのは、その恐れを進言するためだ。違うか?」

「……違いませぬ」

 ラミューリンは、その場に傅いたまま、改めてミズガリスハイン本来の見識に目を細めた。冷静であれば、ミズガリスハインほど能力のある皇族はいまい、と、彼女は確信している。確かに気分屋で、気難しく、癇癪持ちという難点揃いだが、実務能力において彼に敵う皇族は、先帝シウェルハインを除いてほかにはいないのだ。だからこそ、ラミューリンは、ミズガリスハインを推戴している。彼こそが、皇帝に相応しいと考えている。

 神経質かつ癇癪持ちなところも、普段の彼から考えれば愛嬌と受け取れなくもない。

 そも、彼の癇癪は、有能な人材には向かないのだ。無能な愚者にのみ、ミズガリスハインの怒りの矛先は向けられる。

 ラミューリンがどのような振る舞いをしても、彼が気分を害さないのはそのためだ。ラミューリンが有能である限り、彼は極めて優しく、穏やかだ。

「いえ。おまえの懸念、そのすべてを」

「仰せのままに……」

 ラミューリンは、静かにうなずくと、彼女が捉えた西帝国の動きについて、すべてを語った。

 西帝国が北部戦線、南部戦線における遅れを取り戻したことで、なんらかの動きを示すことはわかりきっていたことだ。外遊船隊の帰還による新戦力の確保、飛行船の保有は、西帝国が南大陸における均衡の維持に留めるつもりもないことを確信させるに至っている。元より、均衡状態を維持することになんの旨味もないことは、だれの目にも明らかだ。戦力が拮抗しているのであれば、均衡を崩すこともできず、意味もないが、戦力が上回ったと確信したならば、均衡を崩すために動き出すのは、人間の心理として当然のことだ。

 西帝国がミズガリスハインを僭称帝として非難し、東帝国の正当性を批判しているのであれば、東帝国打倒の動きを見せるのは、必然だ。というより、そのためにこそ西帝国は成立したといってもいいのだ。戦力があるというのに打倒東帝国に動き出さなければ詐欺といってもいい。

 西帝国が長らく東帝国との均衡を維持することに専念してきたのは、東帝国同様、そうせざるを得なかったからだ。戦力が拮抗していた以上、互いに均衡の維持が精一杯だった。

 最初にその均衡を崩そうとしたのが、東側だ。

 ラーゼン=ウルクナクトという超人的存在を確保したことがラミューリンを突き動かした。ラーゼン=ウルクナクトは、ただひとりで武装召喚師数十人分の戦力があるといっても過言ではなかった。たったひとりで都市のひとつを制圧して見せた事実が、彼女の確信を後押しした。ラーゼン=ウルクナクトを主戦力として戦線を押し上げれば、西帝国を攻め滅ぼすことも決して不可能ではなかったはずだ。だからこそ、彼女は、ミズガリスハインに進言し、ラーゼン=ウルクナクトを登用、戦線に投入した。

 そして実際、それは上手くいったのだ。

 少なくとも、北部戦線の戦況は、ラーゼン=ウルクナクトの投入によって、東側有利に塗り変わった。

 それ故、ラーゼン=ウルクナクトが打ち破られたことで容易く塗り替えられたともいえるのだが。

 要するに、ラーゼン=ウルクナクト頼みだったがために、彼を失った瞬間、戦線は崩壊の憂き目を見た。

 そして、それは西に勢いを与えることとなったのは間違いない。その勢いに乗じて即座に攻め込んでくるようなことはなかったものの、北部戦線における東帝国軍の戦意は大幅に低下した。それは南部戦線にもいえることだ。

 西帝国側の圧倒的な勝利が東帝国軍の士気を引き下げている。

 そんな状況下、西に動きがあった。

 各地の最前線に戦力が結集しつつあるというのだ。

 後方の護りを度外視した戦力の移動は、まるで決戦を行うためのそれであり、その事実は、ラミューリンをして様々な懸念を呼び起こさせることとなった。

 東帝国に存亡の危機が訪れたのではないか。




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