第二千四百二話 総攻撃目前(一)
「結局、あたしたち頼みってわけね」
ミリュウが勝ち誇ったようにいったのは、皇法区内に用意されたセツナたちの宿所に戻ってからのことだ。セツナは宿所で待っていたミリュウたちに会議で決まったことをを伝え、彼女たちの反応を窺ったのだが、その結果が、ミリュウの反応だ。彼女は、西帝国の対東帝国戦略を聞くなり、満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりそうよね。そうなるわよね」
宿所の一室には、セツナの仲間のうち、全員が集まっている。非戦闘員のミレーユとゲイン、ネミアもだ。マユリ神だけはいないが、女神は基本的には方舟から離れないため、仕方のないことだ。それに女神には、これから総督たちを各任地に運んでいくという重要な役割がある。マユリ神は、大忙しだが、女神はむしろ、そうやってセツナたちに頼られることを喜んでいる節があり、それそのものは、問題でも何でもなさそうだった。特にここのところ船の調子が良く、飛行速度も最盛期に戻りつつあるということで、その点でも機嫌が良さそうだった。
「提案したのはセツナでしょ」
ファリアが呆れるようにしてミリュウを見遣った。ミリュウは、いつものようにセツナにくっついているのではなく、エリナを膝の上に乗せて、抱きしめるようにしている。その様子を微笑ましそうに眺めているのがミレーユであり、エリナもまた、恍惚とした表情で師匠に身を委ねている。師弟ふたりの仲の良さは、いまに始まったことではない。
「でもでも、決定したのは、帝国のお偉いさんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「結局、あたしたちがいないとなにもできないってことでしょ。いい気味ね」
ミリュウがほくそ笑むと、ファリアが嘆息した。
「あなたって、とことん帝国のこと、嫌ってるのね」
「好きになれる要素なんてどこにあるのよ」
「皇帝陛下も大総督閣下も、皆、いいひとだぞ」
つい、セツナが口を出した。ニーウェハインにせよ、ニーナにせよ、三武卿にしてもそうだが、セツナが関わってきた人物というのは、大抵、悪人ではなかった。善人ばかりといっていい。皆、帝国臣民のことばかりを考え、自分のことが疎かになっているような人物だった。
「……それとこれとは別の話じゃない」
「……そうだな」
「あたしだって、嫌いたくて嫌ってるわけじゃないのよ。帝国もヴァシュタリアもディールも、あんなことさえなかったらどうでもいい存在だったわ」
ミリュウが遠い目をしていったあんなこととは、無論、最終戦争のことだろう。三大勢力がほぼ同時期にガンディオンを目指して軍を動かした最終戦争は、ミリュウの心にいまも深い傷を残している。ミリュウだけではない。この場にいるほとんど全員が、最終戦争の被害者だ。最終戦争によって、すべてを奪われ尽くした。その大戦の一角を担った帝国を嫌っても、ある意味当然といえる。むしろ、そんな帝国に力を貸すほうがお人好しにもほどがあったし、狂っているといってもいいのではないか。
もちろん、セツナがいまこうして帝国に力を貸しているのは、大きな貸りがあるからであり、それがなければ、いくらニーウェの頼みとはいえ、聞き入れたかどうか。帝国は、やはり、ガンディアを滅ぼした勢力のひとつなのだ。そのことは、いまもセツナの心の奥底に疼いている。それでも、借りは返さなければならない。それも、とても大きな借りなのだ。
「それに、こうして帝国に協力することそのものには反対していないわよ。だって、帝国のおかげなんでしょ?」
「大総督閣下のな」
セツナは、言い換えるようにして、告げた。帝国そのもののおかげというよりは、ニーナ個人の裁量によるところが大きい。ニーナがあのとき大総督として、あらゆる権限を有していたからこそ、セツナに船を貸し出すことができたのであり、だからこそ、セツナはファリアたちとの再会を果たせたのだ。それはなんども想うことだが、そのたびに、ニーナには感謝の言葉もない。
「だから俺は、大総督閣下に借りを返すつもりで、彼女に感謝を示すつもりで、帝国に協力しているんだよ」
「うん。だからあたしもそのことについては文句はないわ。ただ、あたしたちに頼るしかない帝国に関しては、さ」
「そういう気持ちも否定はしないさ」
「セツナ……」
ミリュウがぎゅっとエリナを抱きしめれば、エリナもその手をミリュウの手に添えるようにして応える。エリナにも、ミリュウが帝国を嫌悪する気持ちはわかるのだろう。彼女にとってガンディアは故郷だった。故郷を滅ぼした勢力の一角が帝国なのだ。嫌いにならないはずがない。それでも文句ひとついわないのは、我慢しているからなのか、考えないようにしているからなのか。いずれにせよ、無理をさせているのは街がないだろう。
エリナだけではない。
ガンディアに思い入れの深い皆には、無理をさせて、このような戦いに参加させている。
そのことを想うと、胸が痛んだ。
「だからこそ、さっさとけりをつけて、戦いを終わらせるべきだ。そうすれば、この地ともおさらばできるんだからな」
「うん……」
「そうね。それが第一よね」
「わたくしたちの目的は、帝国問題の解決だけではありませんし……」
「まったくだ」
レムの囁きにシーラが強くうなずけば、エスクがうろ覚えに口を開いた。
「ネア・ガンディア……でしたっけ?」
「ああ。奴らの打倒が最大の目標だ。ただ、それが簡単なことじゃないってことは、わかっておいてくれよ」
ネア・ガンディアの打倒。口に出すのは簡単だが、実際に現実のものとするのは極めて困難だろうことは、想像に難くない。
「大将が苦戦を強いられるような相手だって聞きゃあ、それくらいは想像もつきますよ。だからこそ、気になるんですよね」
「ん?」
「どうやって、戦うつもりなんです? 現状、ネア・ガンディアに勝てる見込みはあるんですか?」
「ないな」
当然の疑問を突きつけられて、セツナは、あっさりと告げた。実際問題、現状の戦力ではネア・ガンディアの戦力の一部を削り取るので精一杯だろう。獅徒も神々も強力無比といっていい。そんな戦力を多数抱えているのがネア・ガンディアなのだ。現有戦力では、それらすべてを相手取って戦えるわけもない。
エスクが呆然とした。
「ないって、あーた」
「ないから、探すんだろ」
「探す……ねえ」
「ネア・ガンディアの打倒が最終目標だが、そのためには、戦力の拡充が必要不可欠だ。少なくともいまの戦力じゃあ、太刀打ちできるわけがねえ。食い下がれるかどうかも怪しいところだな」
そもそもの話、ネア・ガンディアの戦力規模がわかっていないのだ。少なくともリョハンやザルワーンに差し向けられたのは、ネア・ガンディアの戦力のごく一部だろうと考えられるが、全貌はいまだわかっていない。わかっていないからこそ、こうして希望が持てるのかもしれないし、知らない方がいいこともあるのかもしれないが。
「そもそもの疑問なんですがね」
「なんだ?」
「そんな凶悪な相手と戦う必要、あるんですか?」
「ないわけないだろ」
セツナは、半ば憤りながらいった。
「奴らは、ガンディアの名を穢しただけじゃない。レオンガンド陛下の名を騙ってさえいるんだ。いや、そんなことは関係ないな……放っておけば、奴らがこの世界中を支配しかねないから、斃さなきゃならないんだ」
「なるほどねえ……」
エスクは顎に手を当て、考え込むようにした。そんな彼の横顔をじっと見つめるのがネミアだが、彼女は、いまの話についていけているのかどうか。彼女だけが帝国人であり、ミリュウやセツナたちの感情を知り、バツの悪そうな様子だった。彼女自身には関係のないことなのだが。
「どのみち、大将の敵になっていたってわけか」
「そういうこった」
セツナは、エスクの認識の正しさに大いに満足した。
そのとおりだ。
たとえネア・ガンディアがネア・ガンディアと名乗らず、レオンガンドの名を持ち出してこずとも、彼らの目的が世界の支配ならば、いずれどこかで衝突していたのは間違いなかった。そして、そのための戦力拡充に迫られたに違いない。
こうなる運命だった、というほかないのだ。