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第二千四百一話 マルス

 会議は、セツナの提案を元にした戦略をもって決定事項とし、お開きとなった。

 つまり、東帝国帝都ザイアス制圧と僭称帝ミズガリスの拘束を勝利条件とし、そのために西帝国の全戦力でもって東へと攻め込み、東の戦力を総動員させ、帝都の防備を手薄にし、そこへセツナたちが方舟でもって急襲するということに決まったのだ。西帝国軍首脳陣は、これにより本来の戦線に戻り、全軍の動員をかけることとなるのだが、そのためにいましばらくの時間を必要とした。

 方舟でもって総督らを元いた場所に運ぶだけでは、戦いを始めようもない。その後、総督らが各地の大戦団に指示を送り、様々な準備を整えた上で東帝国領に攻め込むことになるだろう。その準備のためだけに半月以上はかかるはずであり、セツナたちはその間、帝都に待機し続ける以外にはない。できることがあるとすれば、つぎの戦いに備え、日々、入念に鍛錬と研鑽を繰り返すくらいのことであり、それだけが重要だといえた。

 それはともかくとして、会議が終わると、セツナは思わぬ人物に話しかけられた。

「セツナ=カミヤ殿、先程は失礼した」

「はい?」

 話しかけてきたのは、東部大戦団総督マルス=ザイオンだ。彼は、会議中の非礼を詫びてきたようだが、セツナは一向に気にしていなかったため、なにを謝っているのか、すぐには理解できなかった。その上、彼が話しかけてきたこと自体に驚いている。

「あなたには感謝しかないというのにね」

「感謝? ですか」

「それはそうでしょう。あなたの協力によって、北部戦線、南部戦線は苦境を脱した。本来ならば各戦団総督こそが前線に立ち、東の連中を打ち払うべきだったのだが、戦況がそれを許さなかった。あなたには感謝するほかない」

「陛下の指示に従ったまでのことです。感謝するのであれば、陛下のご決断にこそですよ」

「それは……そうですね。もちろん、陛下にも感謝していますよ」

 マルスが少し微妙な表情をしたのは、セツナの顔にニーウェハインの面影を見たからなのかもしれない。彼がセツナを見る目というのは、どうにも、奇妙な感覚があるように想えてならなかった。

「ただ、あなたへの感謝は、この度の戦いのことだけではないんです」

「はい?」

「ザルワーン方面に取り残されたわたしの配下を攻め滅ぼさず、交渉し、協力関係を結んでくれたとか」

「……ああ、レング大佐のことですね」

「ええ。レング=フォーネフェルはわたしの優秀な部下です。彼がなぜザルワーンに取り残されたのかはわかりませんが……しかし、生きていて良かった。彼はいずれ、我が軍の柱石を担う人材。失うのはあまりにも惜しい」

「それは……よかった」

 セツナは、マルスの喜びようを見て、心底安堵した。レングたちは決して見捨てられたわけでもなんでもなく、さらにいえば、直属の上司であるマルスからは格別の信頼を得ていたらしいということがわかったのだ。彼らは、必ずや帝国領土に戻ることができるだろう。そのためにも、まずは南大陸の情勢を安定させなければならないのだが、それは、セツナたちの仕事だ。その算段もついている。

 ひとしきりレングたちに関する話をしたあと、マルスが少しばかりいいにくそうに聞いてきた。

「……ところで、レングとともにシリルという武装召喚師が行動しておりませんでしたか?」

「シリルさんがどうかされたんです? 確かにレング大佐と一緒でしたけど」

「いや……彼女が無事ならばそれでいいんですよ。そうですか、レングと一緒にいましたか」

「ええ。シリルさんには助けられました。いい武装召喚師です」

「セツナ殿ほどの方にそう言って頂けると、わたし自身、とても誇らしいですね」

 マルスは、そういってにこやかに笑うと、決戦における互いの無事を祈り、側近ともども離れていった。

 当然のことだが、総督たちには常に複数名の側近が取り巻いており、エリクス=ザイオンにも、ミルズ=ザイオンにもいたし、イリシア=ザイオンやミナ=ザイオンにも相応の数の側近、あるいは護衛がついて回っていた。彼らの身の上を考えれば当たり前の話だ。

「なんだったんだ?」

「部下思いの上司ってことだろ」

 シーラの疑問に対し、セツナはそのように答えた。レングとともにいただろう武装召喚師の心配をしていたのだ。余程彼女のことが気に入っていたのだろうが、それはシリルの武装召喚師としての技量、経験を買ってのものなのか、シリル=マクナファンという人間そのものなのかはわからない。どちらにせよ、彼がシリルの無事を心の底から喜んでいたのは、その表情の変化や声の弾み方からもわかるというものだ。

 帝国の皇子が一介の武装召喚師の無事を気にするかどうかというと、それはひとそれぞれというほかあるまい。マルスとシリルの間に特別な絆が存在していたとしても不思議ではない。ニーウェハインがランスロットやシャルロットを特別に信頼しているのと同じようなものだ。そこに疑問を持つ理由はなかった。シーラが疑問に思ったのは、わざわざ話しかけてきたことが不思議だったからだろう。

 そんな彼女の疑問も、すぐに立ち消えてしまったようだが。

 その後、ほかの皇族にも呼び止められ、何度となく立ち話をすることになった、というのもあるだろう。エリクスにはしげしげと顔を見つめられ、ニーウェハインの生き写しだといわれたり、ミルズ、ミナとはビノゾンカナンの話をし、イリシアとも談笑した。

 それから、ニーウェハインに呼ばれ、ふたりきりで話し合う時間を得た。

 皇帝の執務室には、セツナとニーウェハインのふたりだけしかいない。しかし、ニーウェハインは仮面を外さなかった。仮面を外せば、白化症に冒された部分を見せることになるからだろう。その部分がただ白く染まっているだけならばまだしも、そうではなく、さながらひとの顔のようなものができあがっている以上、セツナにも見せつけたくはないのだろう。彼は、セツナにも気を遣っているのだ。

「まさか君のほうから戦略を提案してくるとは思わなかったよ」

 彼は、椅子に腰を下ろすなり、どこかいたずらっぽく笑いかけてきた。そんな彼の気楽な様子を見て、少しばかり安堵する。ニーウェハインには、彼には、自分の前だけでも気楽にして欲しいという想いがセツナにはあった。

 元同一存在だから、だろう。

 彼の気苦労を考えれば、泣けそうになる。

「まあ、ニーナさんの戦略も別段、悪いとは思わないんだけどさ」

 それは、嘘でもなんでもない。本当のことだ。方舟の戦力を遊撃部隊として北から南まで飛び回らせながら各地の戦場を制圧していくというのは、セツナたちの負担こそ大きいものの、戦略そのものとしては間違いではないと想えた。ただ、その場合、戦いが長引くことになるのは間違いなく、それ故、大量の血が流れること請け合いだった。

「しかし、君の戦略のほうが遙かに疾く、そして効率的に戦いが終わるのは間違いない」

「ニーナさんが俺たちの運用法を思いつかなかったのは、仕方のないことだよ」

「別にニーナを責めているわけじゃない。だれだって、目先の戦いに囚われれば、方舟で帝都を急襲するなんて思いつかないさ」

「そのために前線には無理を強いることになる」

「それは、構わない」

 ニーウェハインは静かに言い切った。

「むしろ、君たちを遊撃部隊に使っていたならば、もっと多くの血が流れることになっていたんだ。流血は、少なければ少ないほど、いい。会議の席で君がいったことだが……」

「陛下のお言葉ですよ」

「……ああ、そうだな。その通りだ」

 彼は、苦笑を交え、うなずく。

「俺は、帝国臣民にはだれひとりとして死んで欲しくはないんだ」

「ミズガリスにも、ですか」

「ああ」

 ニーウェハインの即答ぶりは、彼が憎むべき相手であるはずのミズガリスさえも帝国臣民として認識し、護るべき、導くべき対象であると考えているということを示していた。

 そんなニーウェハインこそ、帝国皇帝に相応しいと想ってしまうのは、やはり、元同一存在だからなのだろうか。

 セツナは、ニーウェハインとの談笑中、そんなことを想わずにはいられなかった。



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