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第二千四百話 セツナの策

 ニーナやミルズの力説により、セツナたち一行が打倒東帝国のために必要不可欠な戦力であることが認められると、つぎに戦略面での会議となった。

 東帝国を打倒するだけの戦力があることは、一応、理解を得た。セツナ一行がその要となる。というよりは、セツナたちこそが、拮抗した戦力を凌駕し、決定的な差をつける人員だ。たった十人程度。その十人程度が数万、数十万に値する、と、ニーナたちは過剰なまでにセツナたちを持ち上げた。この会議を速やかに進行するためには、それくらいの箔をつける必要があったのは間違いない。だからこそ、マルスもエリクスも一応納得し、引き下がったのだ。

 ニーナやミルズ、ミナが一様にセツナ一行を褒め称え、光武卿ランスロット=ガーランドと剣武卿シャルロット=モルガーナまでもがその意見に賛同するものだから、マルスもエリクスも疑問を持つことそのものが恥ずかしくなったかのように意見を引っ込めている。

 そうして戦略についての話し合いになったのだが、それについては侃々諤々の議論が交わされ、正直なところ、セツナはついていけない部分が少なくなかった。まず、セツナは西ザイオン帝国の総兵力、総戦力について正確に把握していないというのがある。大まかな人数や、それらがどの程度、どの方面に投入されているのか、程度は理解しているつもりだが、それも正確かどうかといわれると疑問の残るところだ。その数字に関する話になれば、頭の中がこんがらがるのも無理のないことであり、セツナは、西帝国首脳陣の熱の入った議論を他人事のように聞いているしかなかった。

 そして、それで良かったのだろう。

 彼らの議論に関して、セツナが割って入る余地もなければ、意見を聞かれることもなかった。

 なぜならば、セツナ一行は、同盟者として、遊撃隊的な立ち位置として計算されていたからだ。

「セツナ殿一行は、方舟を用いて自在に飛び回ることができる。それは、東にも存在しない最大最高の利点といっていい。セツナ殿には、各地の戦場を飛び回り、我が方の脆弱な部分を補うなり、敵の急所を突くなどしてくれれば、それ以上望むべくもない戦果となるでしょう」

 ニーナは、セツナ一行の役回りをそのように定義した。

 そして、その役回りこそがこの度の大攻勢の要である、といった。

 大攻勢。

 議儀の間に集まった首脳陣が出した結論がそれだ。

 西帝国軍が勢いに乗るいまこそ、全戦力でもって押し出し、東の軍勢を蹴散らしながら帝都ザイアスへと進出、その勢いのまま制圧する、というのが大まかな流れとなっている。もちろん、各方面、各戦線における細々とした話し合いもされ、兵站や補給線に関しても白熱した議論が飛び交ったが、最終的には全軍で押し出すという結論に至っている。

 西帝国は、勢いを得た。

 北と南で東軍を押し返したという事実は、西帝国全軍の戦意を大きく高めたのは事実だ。そして、東軍の各地での敗戦は、東軍の士気を下げたに違いない。この状況を利用しないわけにはいかなかったし、そのためにも一刻も早く動き出さなければならなかった。高まった戦意も、下がった士気も、時を逸すれば、また元に戻るだろう。それでは、せっかくの勝機を失うことになる。

 いまなのだ。

 いまこそが、唯一無二の好機なのだ。

 セツナたちが協力し、将兵の将兵が昂揚しているいまこそ、東を打倒する好機。

 しかし、セツナは、その結論には、懸念を抱かずにはいられなかった。

 それでは、これまでと同じではないのか。

 確かに、西帝国は勢いを得た。それは事実だろう。北方戦線において、東軍を打破し、都市を取り戻しただけでなく、後続の部隊にも大打撃を与えた。南方戦線においても、同様の戦果を上げている。南北の戦線においては、間違いなく西軍が有利に戦況を運ぶことができるだろう。だが、東軍の戦力はいまだ数多く健在であり、セツナたちが飛び回るだけでは、損害を限りなく少なくするというニーウェハインが標榜する戦いは行えないのではないか。

 これでは、いたずらに死傷者を増大させるだけではないのか。

 もちろん、こうでもしなければ、東軍とまともに戦えないことはわかっている。

 北、東、南――いずれかの方面に戦力を集中させ、戦線を打破するという戦術を取れば、相手も同じようにしてくるだけのことであり、互いに食い合い、互いの喉元に刃を突きつけ合う形になりかねない。そのような博打は打てるわけがない。それならば、勢いのある今、全戦力で総攻撃を仕掛け、戦意を熱量に勝る西帝国の勝利を信じよう。

 それにセツナたちが加わっているのだ。負ける要素はない。

 それは確かにその通りなのだが。

「それで、本当にいいんですか?」

 セツナは、ついに口を開いた。首脳陣の視線が一気にセツナへと集中する。シーラさえもがセツナを驚くような目で見ていた。

「セツナ殿にはご不満と?」

「各地を飛び回る遊撃部隊では、本来の力を発揮できませんかな」

「……そういうことではなくて」

 総督たちの反応は予期したものではあったが、彼は苦笑を隠せなかった。自分たちの扱いについて不満を持つことなど、ありえない。言われたとおりのことをすればいいだけなら、これ以上楽なことはないのだ。だが、それでは納得できないこともある。

「陛下は、西も東もなく、いずれもザイオン帝国の臣民である、とお考えのはず。なればこそ、俺たちにもできる限り血を流さない戦いを望まれた。いまは敵であっても、本来は帝国の臣民である彼らを必要以上に殺すことはない、と。そのお考えは、いまも変わらないはず」

「……無論のこと。血は、流れなければ流れないほど、いい」

 ニーウェハインは、仮面の奥から静かに告げてきた。彼の意見に変化がないことはわかりきっていたが、実際に聞いて、セツナは安堵した。

「しかし、戦いを長引かせることほどの愚はないぞ、セツナ。戦いが長引けば長引くほど、血は流れ、死が満ちる。東との戦いを一刻も早く終わらせること。それ以上に被害を抑える方策はなかろう」

「陛下の仰ることはごもっとも。ならばこそ、ただ戦線を押し上げるこの度の戦略は見直すべきかと」

「……なにか、名案があるようだな?」

「まあ、この度の戦略に乗っ取ったものではあるんですが」

 セツナは、ニーウェハインに名案をいわれて、多少気恥ずかしさを覚えた。それほど大した策ではないのだ。少し視野を変えれば、だれでも思いつくようなことだった。

「皆さんには、軍議の通り、各地にて戦いを繰り広げて頂ければいい。それも派手で、大袈裟なほど、いいでしょう。それこそ、東の連中が巣を突かれた蜂の如く慌てふためき飛び出してくるほどの勢いで、一気呵成に攻め立ててくださればいい」

「それでは、此度の戦略と変わりませんな?」

「俺たちの役割が違う」

「ほう?」

 ミルズが興味津々といった表情をした。マルスとエリクスは怪訝な顔のままだ。

 セツナは、シーラをちらりと見て、彼女が予想だにしない顔をしていることを認めて、内心にやりとした。シーラにもセツナの意図がわかっていないのだ。

「俺たちは、船を使って、帝都を急襲します」

 セツナの発言は、その瞬間、議儀の間を震撼させた。

「なんと!?」

「なんだと!?」

「帝都急襲……!」

「なるほど、その手があったか……」

 だれもが驚き、瞠目する中、シーラだけは合点がいったというような表情をした。

「我々が倒すべきは、僭称帝ミズガリスのはず。ミズガリスを皇帝の座から引きずり下ろしさえすれば、彼に従ったほとんどのものは西に降るか、恭順するのではありませんか?」

「確かに。ミズガリスが皇帝を僭称しなくなれば、その瞬間、西と東で争う理由の大半は消滅するといってもいい」

「血を流す理由もなくなりましょう」

「その通りだ……!」

 ニーウェハインは、手を打つようにしてうなずいた。

「しかし、そのためには、帝都ザイアスの護りを薄くしなければなりません。でなければ、硬く厚い護りを突破するために、多大な血を流す必要がありますからね」

 戦死者を限りなく少なくするためには、相応の準備が必要だ。それが西帝国軍の大攻勢となる。

「つまり、西帝国軍の大攻勢によってザイアス防衛の戦力さえ引き出させようというのだな?」

「さすがに東の連中も、帝都までひとっ飛びに急襲されるとは想像しようもないでしょう。西帝国軍が全戦力を投入したと知れば、予備戦力も投入せざるを得なくなる」

 でなければ、各地の戦線を維持することも敵わず、西に押し負けかねないからだ。

 西と東は、戦力において拮抗している。つまり、どちらかが全力を出せば、全力でもって応じなければ、拮抗状態の維持すら不可能なのだ。西がすべての戦力を投入したという情報が伝われば、どうしたところで、東もそれに応じざるを得ない。でなければ、西に敗れるほかなくなるからだ。自然、帝都の護りは薄くなる。セツナたちが帝都を急襲する際、それは大きな助けとなるだろう。

 無駄に血を流す必要がなくなるからだ。

「そして、護りの手薄になった帝都を空から急襲し、ミズガリスを降伏させれば、我が方の勝利というわけだ」

「あのミズガリスが素直に従うとは想えませんが……」

「従わなければ、斬るしかあるまい」

 ミルズの言葉に対し、ニーウェハインは、務めて冷ややかに告げた。

「皇帝を僭称したのだ。そのくらいの覚悟は、あってのことだろう」

 彼は、遠くを見遣るような様子でいった。

 ミズガリスに対し、特別な感情など、ほとんどあるまい。

 しかしそれでも、なにかしら思うところがあるように思えたのは、セツナがニーウェのことをよく知っているからかもしれない。




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