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第二千三百九十九話 西ザイオン帝国大会議(三)


「聞いての通り、我々西ザイオン帝国はいま、苦境を脱し、勢いに乗っている」

 会議が始まるなり、真っ先に口を開いたのは、大総督ニーナ・アルグ=ザイオンだ。彼女は、凜然とした態度で居並ぶ重臣たちに応対する。

「北方戦線における東の躍進も、南方戦線における東の策謀も、我らが同盟者セツナ=カミヤ殿らの大いなる助力によって難なく退けることができた。それにより、我らは東を打倒する下地を得たといっていい」

 ニーナが頑なに東ザイオン帝国のことを“東”と呼んでいるのは、西ザイオン帝国が東ザイオン帝国の存在そのものを認めていないからだ。東ザイオン帝国皇帝ミズガリスハインは、皇帝を僭称しているに過ぎず、東ザイオン帝国なるものも公的には存在し得ず、認められるものではないということだ。つまり、西ザイオン帝国という呼称自体、認めがたいものであり、本来ならば西ザイオン帝国とは呼ばず、ザイオン帝国と呼ぶべきだとニーウェハインたちも主張している。西ザイオン帝国という呼称は、東に対する便宜上でしかない。

「北方、南方の各戦線において我々の勢いはいや増し、戦況は好転しつつあると聞く。いまこそ、皇帝を僭称し、帝国領土の支配者を名乗る愚か者どもに裁きの鉄槌を下す好機である、と、陛下はお考えだ。いつまでもミズガリスの暴挙を見過ごし、放置していては、正当なる皇帝とその帝国の沽券に関わる。いや、すでに陛下の名を汚しているといっても過言ではないのだ。一日も早くミズガリスを皇帝の座から引きずり下ろさねばならん」

 拳を強く握り、力説するニーナに対し、議儀の間に集った西帝国首脳陣の顔は、いずれも真剣そのものだ。だれひとりとしてこの会議の意味を理解していないものはおらず、だれもがまっすぐにニーナの言葉に耳を傾けている。無論、セツナとて同じだ。真剣に耳を傾け、会議の内容を頭に入れている。ただ、セツナとしてはいうことは特にはなく、ニーウェハインたちが決めたことを完遂することにこそ力を注ぐだけのことだった。

「閣下の仰りよう、理解はできます。しかし、兵力差は依然変わらず、戦力差も変わらぬ以上、打つ手などありましょうか。確かに北部、南部の戦況に変化は訪れたようですが、それでさえ、いつまでも勢いを維持できるという状況には想えませんが」

「マルス総督のいうとおりだな。我々の全戦力を投入したところで、相手方も全戦力で押し出してくるだけのこと。戦力が拮抗している以上、互いに消耗するだけのことではありませんか?」

「それはどうかな?」

 マルスとエリクスの疑問に対し、口を挟んだのはミルズだ。

「マルス総督も、エリクス総督も、我がほうの現状をよく理解できていないと見える」

「ミルズ総督、それはどういうことです?」

「まるでミルズ総督は理解しているような言い方ですな」

「そういっている」

 ミルズは、得意げにうなずくと、視線をセツナに向けてきた。

「あちらにおられるのが皇帝陛下の同盟者だということは存じ上げているだろうが、同盟者たるセツナ殿の有無こそが我が帝国と東の決定的な戦力差なのだ。なればこそ、陛下も、大総督閣下も、東を打倒するべきときがきたとお考えになられた」

 ミルズがセツナを見つめながらにやりとしてきた意味は、よくはわからない。しかし、彼がセツナの戦いぶりを目の当たりにしたという事実が、彼のいまの言動に表れていることは間違いないだろう。ミルズは、セツナたちがたった数名で数万の敵を撃退してしまったという事実を前に感動と興奮を隠さなかったものだ。戦慄さえした、と、戦後、セツナに語っている。その彼からすれば、セツナたちの協力があれば、東帝国を打倒するのは決して難しくない、という判断なのかもしれない。

「セツナ殿の活躍については耳にしていますとも。我が北方戦線においても、瞬く間に三都市を解放したと聞くし、ラーゼン=ウルクナクトを打ち倒したと。その実力を疑うつもりもありませんが、しかし……」

「東との拮抗した戦力に圧倒的な差をつけうるほどのものなのかどうかについては、一考の余地がありましょう?」

「それは、セツナ殿一行の実力を知らない故の意見だ。セツナ殿一行が我々に助力してくれるのだ。東に負けることなど、万にひとつもありえないと言い切ってもいい」

 ミルズは、マルスやエリクスが驚くほどの強い口調で告げると、その怜悧なまなざしをミナに向けた。

「ミナ将軍ならば、わたしの意見に賛同して頂けると思うが、どうか?」

「……ミルズ総督の考えに異論はありません。確かにセツナ殿一行が助力してくださるのであれば、我が方の勝利は約束されたも同然でしょう」

 ミナもまた、セツナたちの戦いぶりを目の当たりにしたひとりだ。セツナがたったひとりで数千の将兵を瞬く間に無力化する様を目撃したのだ。彼女にとっては、悪夢のような光景だったに違いない。多勢に無勢という状況があっという間にひっくり返されただけでなく、敗北してしまったのだ。そんな彼女が東につくことを諦めたのも、セツナが西帝国に協力しているから、というのもあるようだ。

「ふうむ……」

「ミルズ総督がそこまで仰るか……」

 マルスもエリクスも、ミナの意見以上にミルズの強情ぶりに困惑を隠せないといった様子だった。ミルズがそこまで強く信頼しているということがふたりには驚きに値するのだろう。もちろん、ふたりとて、会議の足を引っ張りたいわけでもなんでもないはずだ。

 純粋な疑問だった。

 西と東の戦力差に開きがないことは、周知の事実なのだ。だからこそ長らく拮抗し、均衡状態の維持が限界であり、そこにラーゼン=ウルクナクトが投入されただけで戦況が変動した。それほどまでに拮抗した兵力、戦力だったということだ。

 それはつまり、セツナたちの加入によって、戦力差に多大な開きが出たということでもあるのだが、それは、セツナたちの実力を知らない人間には想像しえないことでもあった。

「ミルズ総督もミナ将軍も、セツナ殿一行の戦いぶりを実際に目の当たりにしているからこその意見だ。そして、それこそ、陛下の御意志でもある。セツナ殿一行が同盟者として協力してくれる限り、我らが東に負ける道理はない。むしろ、戦線を押し上げ、東を滅ぼす好機はいましかないとさえいえる。これ以上の戦力増強は望めぬだろう」

「セツナ殿の協力こそが最上の戦術である、とでもいいたげですね」

「戦略と言い換えてもいいが」

 マルスがいうと、ニーナが静かに断言した。

 それは、西ザイオン帝国における軍事の全権を司る大総督たるニーナが長らく帝国領土を離れ、外遊船隊を率いて大海原を彷徨っていた事実を正当化するという意味もあったのかもしれない。セツナと西帝国が協力関係を結ぶことができたのは、外遊船隊があってこそであり、大総督の長期不在による戦線への悪影響は、西帝国が東を打倒するために必要不可欠な布石だった、とさえ、彼女は言いたげだった。

 実際、ニーナが外遊船隊を率いたからこそ、セツナは、西帝国に協力する運びになったのだから、そこになんの間違いもなかった。大総督たるニーナ以外のだれにも、あのとき、セツナに船を貸し出すという判断はできなかったのではないか。そうなれば、セツナが西帝国に協力する理由は生まれず、西帝国は、東と終わりなき闘争を続けることになっていたかもしれない。

 もっとも、その場合はその場合で、セツナもリョハンを救えず、最悪の事態に陥っていただろうが。

 だからこそ、セツナは、ニーナに恩返ししなければならない、と強く思うのだ。

「セツナ殿一行そのものが戦略的価値のある存在なのだ。セツナ殿一行がある限り、我らが負けることは万にひとつもあり得ない」

 ニーナはいったが、それを言い過ぎだとはセツナも思わなかったし、シーラもそう信じているのか、微動だにしなかった。

 敵は、人間の国家だ。

 数十万の将兵と数千の武装召喚師を保有するとはいえ、これまでの敵とは明らかに質の劣る連中といっていい。

 背後に神でもいない限り、負ける要素はないのではないか。


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