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第二百三十九話 生を拾う

 セツナとミリュウが同時に撃ち出したのは、火球だった。

 紅蓮と燃える炎の球が、闇の森を赤く灼いた。空中で衝突し、轟音を上げながら、盛大に爆炎を撒き散らす。その熱波の中を突き破るように飛び込んできた殺気に、セツナは悪寒を覚えた。矛先から再び火球を発射する。だが、膨張する炎は、穂先から解き放たれる前に断ち切られてしまった。ミリュウの斬撃が飛んできたのだ。飛び散ったのは炎だけではない。火花もまた、視界に色を添える。

「くぅっ!」

 落下速度を加えた振り下ろしの一撃の重さに、セツナは歯を食いしばった。やはり、どうあがいても、ミリュウのほうが力も、速度もあるのだ。ミリュウの怒涛の連続攻撃をすべて受け止めつつも、押されていく。

 空中で爆ぜた炎は周囲に降り注ぎ、再び森を燃やし始めている。とはいえ、最初ほどの勢いはない。闇を退け、場を明るくするだけだ。しかも、激しく揺れる光源が生み出す陰影は、敵との距離感を掴みにくくする。もっとも、五感を駆使して把握する以上、目の錯覚だけで狂わされるということは少ないのだが。

「でも、これじゃあ期待はずれのまま。もっと力を見せて!」

 薙ぎ払うような斬撃を受け止め、セツナはミリュウを睨んだ。彼女の表情には物足りなさが浮かんでいる。失望というほどではないにせよ、似たような感情があるのだろう。拘束を振りほどいたことには喜んでいたが、それでは足りないというのだが、セツナには理解ができない。叫ぶ。

「さっきからなんなんだよ! あんたはいったいなにがいいたいんだ!」

 怒声を上げる中、ミリュウの斬撃に押し切られる。跳ね飛ばされたのだ。左へ。追撃が来る。破壊音。右の肩当てが砕かれた。肩に痛みが走るが、それよりも、自分用に作られた鎧がその初陣で破壊されたという事実に泣きたくなる。

「ログナーを制圧した武装召喚師なんでしょ! 黒き矛のセツナって!」

 さらに追い撃ちが来るが、そのころには態勢を立て直せている。地に足が減り込むほどの勢いで立ち止まり、ミリュウに向き直る。殺到してきたのは、突きの乱打。上段中段下段左右問わず撃ち込まれる突きを矛の切っ先や柄で受け流し、打ち払い、あるいは受け止める。激しく鳴り響く金属音が、夜の静寂を掻き乱すようだ。

「だったら、こんな国とっとと滅ぼして見せてよ!」

「ザルワーンを滅ぼせ? あんたはザルワーン人じゃないのか!」

「ザルワーン人だからってなに? その国に生まれたものが皆、その国を愛しているなんていうのは幻想ですらないわよ。国に愛されなかったものは、国を憎むしかないのよ」

 矛の切っ先を叩きつけ合い、互いに弾かれる。流れる矛を戦いに戻すのは、ミリュウのほうが早い。セツナは、それがわかっていたから、矛の流されるままに自身も流されていった。その場を離れ、間合いを広げる。ミリュウの矛が空を切った。しかし、そのとき生じた剣圧が、セツナの鎧の右脇腹辺りを抉った。殴りつけられたような痛みに、彼は苦悶の声を漏らした。

 矛を構え直し、対峙する。距離は、そこまで離れてはいない。一足飛びで届く範囲だ。しかも、ミリュウの場合は、剣圧で一方的に攻撃出来る距離でもある。矛の炎は、互いに無意味だということがわかってしまっている。炎をぶつけ合ったところで時間の無駄だし、吸収される可能性も大いにある。

 セツナは呼吸を整えながら、ミリュウの様子を窺った。彼女の速度に合わせようとする以上、体に負担がかかっていくのは仕方のないことだ。凄まじい速度で繰り出される攻撃の数々をなんとか凌いでこられただけでも上等というべきであり、鎧が壊される程度で済んでいるのは奇跡といっても過言ではないのではないかと思うほどだ。それくらい、黒き矛を手にしたミリュウは圧倒的だった。

 ミリュウに体調の変化は見受けられない。息が上がっている様子もなければ、疲労の兆候も見受けられない。これが武装召喚師と武装召喚師未満の人間の差なのだろう。鍛え始めたとはいえ、セツナの体力は普通の兵士よりも少ないと見ていい。武装召喚師としての修練を積んできたファリアやルウファには遠く及ばないのだ。わかりきった事実を目の当たりにしているだけなのだ。

「国を憎む……」

 セツナがふと彼女の言葉を反芻すると、ミリュウは、こちらに向けていた矛の切っ先を下にずらした。

「もしかしてあなた、ひとを憎んだことがないなんていうんじゃないでしょうね?」

「あるさ、それくらい」

 即答するセツナの脳裏に、いくつかの顔が浮かんだ。過去、憎悪を覚えたひとびとの面影。完全には思い出せないのだが、記憶から離れきってもいない。一番鮮明に思い出せるのが、ランカインの顔なのはある意味では当然だろう。直近で彼以上に憎悪した相手はいない。ランス=ビレインを名乗り、カランを焼き尽くした男。彼を許すことはありえないだろう。

「その感情が十年かけて醸成されれば、国さえも滅ぼしたくなるのよ」

「……あんたはザルワーンのために戦っているじゃないか」

 セツナが矛盾を突きつけると、ミリュウは苦しげに笑った。彼女も理解していたことなのかもしれない。言葉と行動が一致していないことに苦しむのは、当人なのだ。それだけは、セツナにもわかる。理不尽な暴力を嫌うくせに、理不尽な暴力を振るい、数多の敵を殺してきたのだ。殺したくないのに、殺さなくてはならない。

「だから、あなたに壊してもらうしかないのよ」

 ミリュウが矛を真横に薙いだ。セツナは瞬時に矛を振り回す。両者の剣圧が激突し、衝撃波が拡散した。風圧がセツナを襲うが、ミリュウは微動だにしない。力勝負で負けたのだ。

「これだけの力を手に入れても、こんなに素晴らしい力を以ってしても、あたしはあたしになれないのよ! あたしはあたしなのに!」

 ミリュウが地を蹴った。一瞬にして目の前に現れる。振り下ろされた矛を寸でのところで受け止める。いままででもっとも重い一撃だった。押し潰されそうな感覚の中で、セツナは、ミリュウの双眸がきらめいていることに気づいた。

(涙……?)

 しかし、確かめる暇はなかった。

 突然、ミリュウが絶叫したからだ。

「あたしはあああああああっ……!」。

 彼女の腕力が、加速度的に増大していくのがわかる。矛からの圧力が膨れ上がっているのだ。このままでは押し潰されるだけでは済まないだろう。矛ごと真っ二つに断ち切られるのではないかと思うほどの膂力だった。だが、黒き矛が折れることはなさそうだ。その前に、セツナの両腕の骨が折れるだろう。骨は既に悲鳴を上げている。足が地面にめり込んでいく。

 ミリュウの矛の切っ先から炎が吹き出した。あらぬ方向に放たれる炎は、木々を焼き、夜空へと突き進んでいく。もっとも、炎はすぐに尽きたようだが。しかし、力はどんどん上がっていく。このまま際限なく膨れ上がるというのなら、セツナは死を覚悟するしかなかった。絶対的な力を叩きつけられている。押し負け、殺される未来が見えた。

(ごめんな、ファリア)

 なぜ、彼女の名をつぶやいたのかはセツナにもわからない。だが、脳裏に浮かぶのはファリアの顔であり、いつもの半眼であり、怒った顔であり、笑顔なのだ。彼女に逢えて良かった。そんな清々しい気分でいられるのは、この敗北がただの実力不足からくるものだからかもしれない。理不尽ではない。力が足りなかったからだ。鍛錬が及ばなかった、それだけのことだ。セツナにせめてミリュウほどの実力があれば、対等に戦えたのだ。対等ならば、好機を見出すこともできたかもしれない。すべて、自分の実力不足に起因する。

 だから、納得できるのだ。

(死にたくない)

 だが、目の前の死を認めるしかない。

 セツナは、全身全霊で殺しにかかってきているミリュウの目を見つめながら、死とはこういう目をしているのかもしれないと思った。殺意も敵意もなく、ただ、こちらを見据えている。そこに正気はなく、狂気もない。意識すらないように思えて、彼は疑問を抱いた。ミリュウは、そこにいるのだろうか。

「あああああああああああああっ」

 絶叫が途絶えて、セツナの両腕にかかっていた負担も消えた。ミリュウが黒き矛の模造品を落とし、彼女自身もセツナに向かって倒れてくる。

「え?」

 セツナは、突然の出来事に驚きながら黒き矛を手放し、ミリュウの体を抱きとめた。が、矛を手放したことが悪かったのだろう。セツナは力を失い、ミリュウを抱いたまま後ろに倒れこんだ。背中を強打し息が詰まるが、ミリュウの攻撃に比べればなんということもない。

 前方に燃え上がる木々と、星空が見えた。

「なにが起きたんだ?」

 だれとはなしに問いかけながら、セツナはミリュウを見やった。彼女はまったく動かない。ただ、呼吸はしており、死んでいないことはわかった。意識を失ったのだろうが、なにが原因なのかはセツナにはさっぱりわからなかった。

 しかし、喜ぶべきことだろう。

「生き延びた……な」

 セツナは、生きているということの実感を抱きながら、体を起こした。ミリュウを地面に横たえたものの、変化はない。気絶しているのは間違いないようだ。おかげで助かったのだが、これは勝利といえるのかどうか。

 ひとついえることは、ミリュウには勝てなかったが、負けもしなかったということだ。

(負けなかったなら、それでいいさ)

 挽回の機会があるということなのだ。

 それに、いまから味方の加勢に向かうこともできる。

「その前に、だ」

 セツナは、地面に横たえたミリュウに視線を移した。規則正しく呼吸をしているということは、命に別条はないということなのだろうが。

 彼女をどうするか、それが問題だった。

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