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第二千三百九十八話 西ザイオン帝国大会議(ニ)

 帝都シウェルエンド皇法区皇厳宮における会議室であるところの議儀の間において、西ザイオン帝国始まって以来最大の会議が開かれたのは、総督が結集した翌日である六月三十日のことだ。

 皇厳宮二階の中心に位置する議儀の間は、まるで巨大な黒曜石の中を切り抜いて作られたかのような一室であり、それが広い空間ということもあって、入室するなり度肝を抜かれたものだった。魔晶灯の光を反射する光沢を帯びた漆黒の床、壁、天井、柱のいずれもが高級感溢れる美しさに満ちている。中央に配置された円卓も、それを囲うように並ぶ椅子も、すべて部屋と同じ材質でできているようだった。

 セツナ一行を代表して会議に参加したのは、セツナとシーラだ。セツナは当然として、セツナに同行する側近的立場にシーラが選ばれたのは、彼女がセツナの家臣だからということもあるが、同じ家臣であるエスクは北部戦線において少々悪目立ちしすぎ、北部大戦団総督が出席することになっていたからだ。無論、エスク=ソーマがラーゼン=ウルクナクトであるという事実は伏せられており、なんの問題もないのだが、エスク本人が嫌がった。彼としては、わざわざ気遣ってばかりの会議に参加などしたくないとのことだ。

 よって、シーラだけがセツナの家臣として出席することになった。ファリアやミリュウが参加しても問題はないのだが、ミリュウは堅苦しい会議はシーラに任せるといい、ファリアもそういう場にはシーラのほうが相応しいといっていた。シーラは、そういわれてまんざらでもないという反応を見せており、いいように乗せられているとしか想えなかったが、なにもいわなかった。


 議儀の間に集まったセツナとシーラ以外の参加者はというと、筆頭は、もちろん、西ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンだ。厳粛な会議室の雰囲気をさらに重々しく演出するかのような重厚な装束を身に纏い、その上からいつもと同じ仮面を被った彼の姿は、いつになく重苦しい。彼のこの会議にかける意気込みが伝わってくるようだった。

 この度の会議は、西ザイオン帝国の命運を決めるものだ。彼が気合いを込めるのも無理からぬことだったし、当然といってよかった。

 セツナもシーラも、彼の意気込みに負けないくらい、気合いが入っている。ふたりとも、場の雰囲気に飲まれぬように、と、ニーウェハイン側が用意してくれた礼服に身を包んでいた。黒を基調とする豪奢な装束は、セツナにとっては着慣れぬものだが、元々王女だったシーラにとっては、別段、どうということもないらしい。もちろん、会議の席だ。彼女の肉感的な肢体を主張するような派手さは一切ない。極めて厳粛な雰囲気に沿った衣服だった。

 ニーウェハインの側近たる三武卿も全員、揃っている。

 光武卿ランスロット=ガーランドに閃武卿ミーティア・アルマァル=ラナシエラ、剣武卿シャルロット=モルガーナの三名だ。彼らはいずれも立派な格好をしていて、皇帝の側の席に腰を下ろしていた。

 ちなみに、セツナの席は、ちょうど皇帝の対面の席であり、まるで対になっているかのような、そんな印象さえ受けたのは、セツナの考えすぎだろう。もしニーウェハインが白化症に冒されておらず、異界化していなければ、まさに鏡映しといってもおかしくない状況を作ることも可能だったのだろうが。

 つぎに皇帝に近い席に座っているのは、大総督ニーナ・アルグ=ザイオンだ。大総督とは、つまり、総督の上に立つもののことであり、西帝国軍における全権を握る立場といってよかった。西帝国においては、皇帝、三武卿に次ぐ地位であるが、軍事においては、皇帝に次ぐのが大総督だということだ。三武卿は、政治軍事の両方において、それぞれ三番手のような立ち位置らしい。しかし、その三番手も、総督よりは上の立ち位置であり、総督の中には、彼らに不快感を持つものがいたとしても不思議ではない。

 それはともかくとして、ニーナは、やはりいつものように冷然とした佇まいであり、氷像のように美しい。しかし、そんな彼女も、セツナがじっと見つめていると、途端に狼狽えるものだから不思議といわざるをえない。やはり、セツナがニーウェに似すぎているのがいけないのだろうが、それにしたって、効果を発揮しすぎではないか。そして、そうなると、今度はニーウェハインの仮面の奥から殺意にも似た視線を感じるのだから、セツナとしては、困り果てるしかない。

 さて、各地から招集された総督たちの顔触れというのは、まず、南部大戦団総督ミルズ=ザイオンだ。ビノゾンカナン救援任務においてセツナと対面したこともあり、また、セツナの実力を目の当たりにしたこともあってか、彼は、セツナに対し、必要以上の礼儀を持って接してくれている。ミルズは、自尊心の塊のような人物だったが、そんな彼が一方ではニーウェハインに対して、心の底から忠誠を誓っているようでもあり、セツナにはよくわからない人物として映っていた。

 東部大戦団総督は、マルス=ザイオン。その名だけは、帝都到着前から知っていた。ザルワーン島クルセルク方面に取り残された帝国軍残党を指揮していた大佐レング=フォーネフェルは、マルス=ザイオン麾下の特務部隊を率いていたといい、帝国本土に渡ったならば、マルス皇子の無事を確認し、自分たちの無事を伝えて欲しいと頼まれていた。マルスはもはや皇子ではないものの、その無事が確認できたことをレングに伝えれば、彼はきっと喜ぶだろう。

 そのマルス=ザイオンは、ミルズ同様ニーウェハインの腹違いの兄に当たる。二十代後半だそうだが、まだ十代といっても通用しそうなほど若々しく、秀麗な容貌をしていた。セツナと並んでどちらが年上かと問題を出せば、セツナと答える人間のほうが圧倒的に多いだろう。その若々しさもザイオン皇家の人間だからなのかもしれない。ほかの皇子皇女もいずれも若く、美しい。

 北部大戦団総督エリクス=ザイオンもまた、若々しかった。マルスと同じ年に生まれたということだが、どういう理由からか折り合いが悪いらしく、議儀の間に入る前からほとんど目を合わせることがなかった。エリクスは、ミルズ同様、当初東帝国につき、ミズガリスの不興を買って放逐されたという経歴の持ち主であり、ミルズがニーウェを推戴したがため、渋々賛同したという話が伝わっている。ミルズほど積極的ではなかったというが、いまでは皇族としての立場を利用し、権力、発言力を保持しているのだから、ちゃっかりしているといえば、しているだろう。そして、エリクスがミルズ同様、東帝国のミズガリスを憎悪さえしているのは間違いなさそうだ。

 西部大戦団は、存在しない。なぜならば、この大陸における西ザイオン帝国の敵は、東ザイオン帝国のみであり、西に備えを持つ必要がないからだ。西は、大海原が広がるのみであり、海の彼方から敵勢力が押し寄せてくる可能性が極めて低い以上、そのために余計な戦力を割くのは得策ではないのだ。しかし、海の護りを軽視しているかといえばそうではなく、東帝国は、リグフォード海軍大将を中心とする海洋軍隊を有しており、常に外海に目を配らせていた。もっとも、その海洋軍隊の主力船隊を戦力確保のための手段として用いていたのだから、なんともいいようがないが。

 ほかに皇室関係者としては、イリシア=ザイオン、ミナ=ザイオンが会議に参加している。イリシアは、ニーウェの皇子時代から親しくしていたことには触れた。彼女は、シウェルハインの子供たちの中では、めずらしくニーナとニーウェに偏見を持たなかったため、ニーナもニーウェも彼女に対しては心を開いていたようだ。イリシアがニーウェと仲良くしたいと思ったのは、どうやら同い年だから、というのが大きいらしいが。

 イリシアは、軍事に関しては知識不足、経験不足ということもあり、積極的に口を挟まなかったし、意見を発することもなかった。彼女の能力は、内政にこそ発揮されているといい、イリシアの政策は、現状、西帝国の根幹を成しているという。そして、軍事に直接的にこそ口を出さないものの、内政面からの意見を発することは少なくなかったし、その場合における彼女は強情であり、普段のイリシアからは考えられないような鋭さを見せるということだ。

 そんな彼女は、やはり、セツナのことが気になるらしく、ちらちらと顔を覗き見てきた。セツナが目を向ければ、すぐさま視線を逸らすものだから、内心苦笑するほかない。イリシアには、セツナがニーウェとそっくりなのが不思議で仕方がないのかもしれない。マルス、エリクスも同様に驚いてはいたが、イリシアほど興味津々の反応を示した人間はいないかもしれない。

 ミナ=ザイオンは、先頃、ビノゾンカナンの戦いにおいて、西帝国に降った人物だ。東帝国において軍の総督、つまり、現在、議儀の間に顔を揃えている元皇子たちと同様の立場にあった彼女は、投降後、配下の五千名とともに帝都に移送されていた。

 ニーウェハインは、帝都に移送された直後のミナと対面し、ザイオン帝国臣民のため、と東帝国を打倒するべく協力するように要請、ミナは敗者に選択の余地はなし、と、ニーウェハインの要請を受諾している。ミナは、それにより、捕虜としてではなく、西帝国の新たな将として迎え入れられた。

 彼女とともに帝都に送られた五千名の東帝国軍将兵のうち、西帝国軍に鞍替えしたのは八割ほどであり、二割ほどは、東帝国皇帝ミズガリスハインへの忠誠を理由に、西帝国への鞍替えを拒絶したという。それを多いとみるか、少ないとみるかは、感じ方次第だろう。

 セツナは、案外、ミズガリスの支持者が多くいたものだと驚いたものだ。ミズガリスが皇帝を僭称しているのは、周知の事実なのだ。

 それでもなおミズガリスを皇帝として支持するということは、それだけ皇帝としての彼に惹かれるなにかがあるということにほかならない。

 その皇帝を打倒しようというのが、このたびの会議の趣旨であり、会議に顔を連ねたのは、各方面大戦団の総督のみならず、帝国の政治軍事における主立った面々だ。

 西帝国首脳陣が勢揃いしたといっても過言ではなかった。

 故に、議儀の間は、常にない緊張感に包まれていた。


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