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第二千三百九十三話 誓いの谷にて(一)

 ビノゾンカナン救援作戦は、東帝国軍南方軍総督ミナ=ザイオンの投降により、セツナたちの勝利に終わった。

 しかし、ビノゾンカナン攻略に投入された東帝国軍の将兵数万名が全員西に降ったわけではない。むしろ、その大半が陣地より撤退し、西帝国軍に降ったのは、気を失い、逃げることのできないまま拘束された五千名ほどに過ぎなかった。総大将であるミナが降伏を選んだにも関わらず、だ。それはつまるところ、ミナが全軍を掌握できていなかったということの現れであり、また、ミナの独断ともいうべき降伏への反発といってもいいのだろう。その反応には、さすがのミナも閉口せざるを得なかったようだが、とはいえ、セツナたちの勝利になんら変わりはなく、徹底抗戦を選択してこなかっただけましといえた。

 東帝国軍が徹底抗戦を選択すれば、死傷者が増大せざるを得ない。

 セツナとしては、ひとりでも多く生き残らせた状態で、ニーウェハインによる統一を成し遂げたく、そのためにもあまり戦いたくはなかったのだ。そのためにも、この戦闘に参加した全東帝国兵が降伏してくれたほうがありがたかったものの、そう上手くいかなかったのは致し方のないことでもある。戦場は混乱と恐慌のただ中にあった。ミナが降伏を宣言したときには、大半が陣を離れていたのだ。おそらく、戦線を立て直すべく戦場を離れたのだろうが、その間にミナが投降してしまったものだから、陣地に戻る理由もなくなってしまった。そも、戦場に戻ったところでセツナたちに一蹴されるのが落ちだ。数の上では圧倒的に上回っているとはいえ、実際の戦力差は、セツナたちのほうが遙かに凌駕していた。その現実を目の当たりにした東帝国軍将兵が、ミナの投降に憤りを感じながらも、セツナたちへの抗戦を諦め、戦場から撤退していったのは、わからぬ話ではなかった。

 ともかくも戦いは、セツナたちの勝利に終わったのだ。

 それだけでも喜ぶべきだとセツナは自分に言い聞かせながら、ミナと五千名の捕虜を見遣った。

 広大な東帝国軍陣地は、セツナたちが暴れ回ったことで壊滅状態といってよく、もはや使い物にならなくなっていた。天幕も柵もなにもかも破壊され尽くしていて、その後処理が大変だろうと想わざるを得ない状況であり、彼は、自分たちがやり過ぎたのではないかと考えざるを得なかった。とはいえ、それくらいやらなければ敵軍の混乱を深め、指揮官の命令なく撤退を判断させるようなことにはならなかっただろうし、戦後、陣地を残しておく道理もなく、解体するよりは撤去しやすくなったと想うほかない。

 空はまだ、暗いままだ。

 真夜中に始まった戦いは、真夜中のうちに終わったのだ。黎明に至るほどの時間もかかっていない。それはそうだろう。敵軍が混乱から立ち戻る時間を与えるわけにはいかなかったのだ。速攻でなにもかもを終わらせる必要があった。そのためには、全力で神速の戦いを行わなければならなかった。そして、それがなにもかも上手く行ったのだ。だからこそ、敵軍は、投降したミナと五千の兵を残して、撤退した。

 その後、気を失ったままの兵士たちを拘束し、捕虜としている。それら捕虜の処遇に関しては、ミルズに任せることになるが、悪い扱いにはならないだろう。帝国臣民をできる限り生かすようにというニーウェハインの勅命は、ミルズにも響いているはずだ。

 本陣には、セツナとミルズ、ミルズ率いる精鋭五千名、そして気を失ったまま拘束されている捕虜数千名と、ミナだけがいた。ミリュウたち別働隊が本陣に顔を見せたのは、戦いが完全に終わってからのことだ。つまり、東帝国軍将兵が陣地を去り、戦闘状態が解除されてからのことであり、それまでミリュウたちは敵軍の動向を窺い、警戒していたようだ。

 丘を登り、本陣にやってきたミリュウたちは、皆、無傷だった。

「それにしても、楽勝だったわねえ」

「はい、師匠!」

 ミリュウとエリナの師弟がにこやかに告げる横で、シーラがあくびさえ漏らしながら肯定する。

「……俺たちにかかりゃあこんなもんだな」

「まったくもってその通りでございます」

「肩慣らしにもなんねえって、まさにこのことだな」

 レムが笑顔でうなずき、エスクがつまらなそうに腕を回した。襲撃早々には乗り気だった彼も、一方的な戦いが続けばそうもなろう。ダルクスは相変わらず無口だったが、彼も同じ気持ちなのだろう。皆に歩調を遭わせている。

 セツナは、ミリュウたちを迎え入れるべく笑顔を向けた。。

「皆、よくやってくれたな」

 すると、セツナの目の前の空間が歪み、風圧が頬を撫でた。瞬間、見知った女性の後ろ姿が視界に飛び込んでくる。ファリアだ。マユリ神が転送してくれたのだろう。当然、ランスロットもいる。南部陣地の戦いを終えたふたりを方舟に乗せたマユリ神が、ここまで運んできてくれたのだ。

「相手が相手だものね」

「うわ、すっごい有り様」

 会話に入ってくるファリアと周囲の状況を目の当たりにして愕然とするランスロットの反応は、セツナたちの戦いぶりに慣れているかどうかの違いといっていい。ランスロットは、セツナたちの戦場について詳しくは知らないのだ。北方戦線においては、セツナたちはこのような暴れ方をしなかった。力を抑えていたといっていい。

 もちろん、今回も本気ではないものの、敵軍の士気を挫くべく、破壊の限りを尽くしている。その有り様たるや、破壊神の足跡の如き凄まじさであり、天災が通り抜けた後のようですらあった。半ばまで構築されていた陣地に加えられた徹底的な破壊は、情け容赦などあろうはずもなく、無慈悲で冷酷とさえいえた。しかし、死者が出ていないというのがまた、恐ろしい。それだけ敵兵が戦わずして逃げてくれたということの証明でもあるのだが、同時にセツナたちの力加減が巧妙だということでもあった。

「ファリア!」

「ファリアお姉ちゃん!」

 ミリュウとエリナがファリアに駆け寄れば、ファリアはふたりを抱擁して、微笑む。

「ミリュウ、エリナ……それに皆も、無事で良かったわ」

「それはこっちの台詞だぜ、ファリア」

「そうでございます。お二方とも、御無事で何よりでございますわ」

 シーラがにやりとすれば、レムが安堵したような顔でいった。ランスロットが苦笑しながらいってくる。

「まあ、こっちに関しちゃ、ファリア殿の独壇場でしたからね」

「ランスロット卿が敵陣を沈黙させてくださったおかげですよ」

「いやいや、俺の戦闘なんて大したことじゃあないでしょう」

 ランスロットは、ファリアの賞賛に目を細めた。

「あなたがたなら、だれでもできたことだ」

「そうでしょうか」

「俺がいうんです。間違いない」

 ランスロットは、卑下するでもなく告げて、さわやかに微笑んだ。

 そんなランスロットの反応を見ていると、彼が自分とファリアの実力差を認識しながらもその事実を冷静に受け止めているということがわかる。そして、それは致し方のないことだということも、理解しているのだろう。西帝国の立ち上げから今日に至るまで、奔走しなければならなかった彼には、修練の時間が足りなかったのだ。ただでさえ経験の差があるのに、修練の時間にまで差ができれば、武装召喚師としての実力、技量に差ができるのは当然のことだったし、道理といえた。

 ファリアは、リョハンの戦女神だった。戦女神は、リョハンの象徴であり、最強の存在でなければならなかった。そのため、政に費やす時間よりも修練に費やす時間のほうが多く割かれていたし、その事実がリョハン市民の心の拠り所となっていたという。戦女神が心身を鍛えるということは、それだけ、リョハン市民の心に安寧をもたらすということであり、それもあって彼女の修練には熱が入ったことだろう。ファリアが、以前と比べて強くなっているのは当然のことだ。

 なにより、ネア・ガンディアとの戦いは、ファリアを含め、セツナたちを大きく成長させた。

 絶大な力を持つ獅徒や神々との戦闘ほど、経験となることはない。

 もっとも、ランスロットたちがそのような経験をする必要があるかといえば、ないだろう。

 神と戦を交えるなど、本来ならば避けるべきことだし、あってはならないことだろう。

 普通、敵う相手ではない。

 セツナたちが辛くも戦えているのは、黒き矛のおかげであり、また、マユリ神の加護のおかげでしかないのだ。

 通常、神に挑むなど馬鹿げた話でしかなかった。

(その馬鹿げた話の真っ只中にいるんだからな……俺たちは)

 そして、その先にこそ、真の平穏があることは確実だ。

 ネア・ガンディアなるものたちを野放しにしておけば、この世界は蹂躙し尽くされるだけだ。それでは、座して滅びを待つよりも酷い末路が待っている。

 だからこそ、戦わなければならない。

 もっと、力を。

 セツナは、拳を握り締めて、談笑するランスロットたちを見遣った。

 彼らの笑顔を失わせないためには、もっと力をつけなければならない。

 いまのままでは、足りない。


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