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第二千三百八十六話 誓いの谷の戦い(六)

 ビノゾンカナンが浮かぶレキシア大渓谷の東側に構築されつつある東帝国軍本陣の規模というものは、かなりのものだった。投入された戦力規模からして当然ではあるのだが、おそらく長期戦を覚悟してもいるからだろう。水攻めによってビノゾンカナンを無傷で手に入れようというのだ。数日ではビノゾンカナンの西帝国軍が音を上げることはないと踏んでおり、実際その通りなのだから、東帝国軍指揮官の読みは、悪くない。このまま陣地を完成させ、敵が音を上げるまで待ち続ければ良いのだから、通常の戦場よりは遙かに気が楽だろう。味方の血も流れず、死ぬのは、水上で孤立したビノゾンカナンのひとびとのみだ。それもすぐにではなく、ゆっくりと時間をかけて、飢えていく。

 極めて長期的な戦術であり、そのため、西帝国軍による援軍を予想し、大量の戦力が投入されたと見ていいだろう。

 実際問題、東帝国軍の規模は、北部戦線に投入された大戦力と同程度のようであり、東帝国の総戦力の一割ほどかそれ以上が大渓谷東部の巨大な陣地に集められている。

 その陣地はというと、遠方からでもはっきりとわかるくらい、常に明かりが灯されていた。巨大な篝火は、陣地の位置を敵軍に知らせることになるが、防御策も完璧だという自負でもあるのか、まったく敵の攻撃を懸念している風ではない。もちろん、警戒し、迎撃のための戦力も十二分に手配しているのだろう。 

 とはいえ、真夜中だ。

 大軍勢の大半が寝入っている。

 戦場とは想えないほどの静寂がレキシア大渓谷東部の陸地を包み込んでいて、ミリュウたちは、その静けさに身を任せるようにして、時が来るのを待っていた。

 全員、しっかりと武装している。ミリュウはラヴァーソウルを召喚し、エリナもまた、フォースフェザーを身につけている。レムは大鎌を手にしており、シーラはハートオブビーストを握りしめ、ダルクスは常に装備中だ。エスクは、方舟に積載されていた武器群から剣を二本、槍を一本引き出し、身につけていた。ソードケインを使えないからだ。

 ダルクスとレムを除く全員、動きやすい軽装の鎧を装備していて、それらは女神マユリによって祝福が施された特別な代物だ。それら鎧は、ガンディア軍の新式装備一式であり、ザルワーン島を救ったあと、ガンディア仮政府よりもらい受けていたものだ。一般的に出回っているような鎧よりも遙かに硬く、また、軽いのが特徴的な軽装鎧を神の祝福によって強化しており、並みの攻撃では傷ひとつつかないだろう。

 準備は、万端。

「そろそろ時間でございますね」

「ファリア、もう動いてるんじゃない?」

「あの堰の破壊くらい、ファリアならなんとでもなるよな」

「もちろんよ」

 ミリュウは絶対の信頼を込めて、シーラの言葉を肯定した。レキシア大渓谷を閉ざす石壁の破壊こそがファリアの任務であり、その護衛のために西帝国の光武卿ランスロット=ガーランドがついている。ファリアとオーロラストームの実力については、いまさら疑う意味がない。彼女ならば必ず成し遂げてくれるし、そう信じているからこそ、ミリュウは本陣襲撃部隊に名乗りを上げたのだ。ファリアが無理だと判断したならば、ミリュウが石壁破壊任務を遂行しただろうが、そうではない。ファリアは自信をもって、任務に当たっている。ならば、あとは結果を信じて待つのみだ。

「石壁の破壊に成功したからといって、反応がすぐあるわけじゃないでしょうしな」

 エスクが敵陣を見遣りながら、いった。この人員の中で、もっとも遠方まで目が利くのが彼だった。彼の体を見たマユリ神の話によれば、エスクの肉体には、エアトーカー、ホーリーシンボルというふたつの召喚武装が溶け込むようにして入り込んでいて、彼の肉体の一部となっているというのだ。つまり、彼は常にふたつの召喚武装を装備しているようなものであり、その副作用、あるいは補助とでもいうべき影響を受けている。彼の五感は、召喚武装ひとつを手にしたミリュウたちよりも遙かに優れたものとなっているはずだった。

「水がある程度引かないとね」

「そして、気づいたときにはもう遅い、と」

「流れ落ちる早さで、奴らの敗北も決まるわけですな」

 彼は、剣の柄に手を置いたまま、遠方を見遣りながら告げた。

「なに格好つけてんだか」

「俺は格好良いんですよ」

「セツナのほうが一億倍はかっこいいわ」

 ミリュウがにべもなくいえば、彼は、一拍の間を置いて、こちらを見てきた。

「……差が酷すぎませんかね」

「いいや、ミリュウのいうとおりだ」

「そうでございますね」

「うんうん!」

「……あんたらは鬼か」

 シーラたちの大攻勢を前にがっくりとうなだれたエスクだったが、彼の耳がぴくりと反応とした瞬間をミリュウは見逃さなかった。エスクは即座に視線を遙か南方の敵陣に向け、そして、目だけでミリュウたちを一瞥した。頷くことで、敵陣に反応があったことを示してくる。要するに、敵本陣の兵士たちが大渓谷の水が引き始めたことに気がつき、騒ぎ始めたのだ。いまはミリュウたちにもわからない程度の騒ぎだが、いずれ、敵本陣全体を包み込み、混乱が巻き起こるだろう。大渓谷の水が引くということはつまり、大渓谷南部の石壁が壊されたということであるということであり、西帝国軍の反攻作戦が始まったということにほかならないからだ。

 ビノゾンカナンが音を上げるまで待つという長期的な戦術は、一夜どころか一瞬にして崩壊した。その事実は、敵本陣を混乱に陥れるどころか、恐慌さえ生み出すのではないか。

 そして、その状況に乗じない手はない。

「行くわよ」

 ミリュウが告げれば、一同皆首肯し、彼女に付き従った。

 いま敵本陣に向かえば、辿り着いたときには騒動は大騒動となり、混乱が巻き起ころうというちょうどその頃合いとなるだろう。そして、そんな状況の陣地にミリュウたちが急襲をしかけるのだ。混乱に拍車がかかり、恐慌は加速するに違いない。もちろん、冷静に迎撃してくるものもいるだろうが、大半が寝入っている時間帯だ。半覚醒状態の人間に冷静な判断など下せるわけもなく、だれもが騒動と混乱の中で逃げ惑うこととなる。

 真夜中。

 莫大な量の星明かりが降り注ぐ中、南へと邁進したミリュウたちは、なんの障害もなく敵本陣を眼前に捉えることに成功した。そしてそのときには、敵本陣は、大恐慌といっても遜色ない状態に陥っていた。飛び交うのは悲鳴と罵声、怒号に怨嗟、命令を求める兵士の声もあれば、怒りに満ちた指示が飛んだ。大渓谷の水が急速に減っていく事態に恐怖しているわけではない。陣地が攻撃を受けているからこその大混乱であり、大恐慌なのだ。

(ま、そうなるわよね)

 ミリュウは、ラヴァーソウルを握り締めながら、苦笑するほかなかった。

 広大な東帝国軍陣地を南側から攻撃するものがおり、その攻撃によって南側に建造中だったり建造されていた天幕や柵が徹底的に破壊され、炎上しているのだ。その炎が勢いよく北へと迫りつつある。破壊者とともにだ。

「さすが御主人様でございます」

「そりゃあそうなんだが」

「これじゃあ、俺たちの活躍の場がなくなるかもなあ」

 改めて惚れ惚れとするレムの横でシーラとエスクが苦い顔をした。セツナがだれよりも強いことは、だれもが認めるところだ。反論の余地はなく、否定する道理も必要性もない。船の仲間は、セツナとマユリ神という二本の柱によって、成り立っている。さらにいえば、セツナが中心にあるからこそ、主義主張思想価値観もばらばらなミリュウたちはひとつに纏まることができているのだ。故にセツナが最強であることは、むしろ誇らしく、また、嬉しいことでもある。

 しかしながら、戦術に組み込まれている以上、相応の働きをして見せないと彼に申し訳が立たないということもあったし、なにより。

「セツナひとりに負担をかけるわけにはいかないわ。やるわよ」

 ミリュウは全員に告げると、ラヴァーソウルを振るった。

 刃片がばらばらに散らばりながら磁力によって結びつき、長大な鞭のようにしなって虚空を薙ぎ払い、前方の柵を吹き飛ばした。




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