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第二千三百八十五話 誓いの谷の戦い(五)

 東帝国軍本陣襲撃部隊は、二手に分かれ、待機している。

 南からの攻撃部隊は、セツナとミルズ=ザイオン率いる五千余の将兵からなる大所帯だが、北からの攻撃部隊は、ミリュウ率いる少数精鋭となっていた。

 少数だが、戦力においては南側攻撃部隊に引けを取らないという自負がミリュウたちにはあった。ひとりひとりの実力が、南側とは大きく違うのだ。南側攻撃部隊の五千余の将兵というのは、ほとんどが一般人であり、武装召喚師は数えるほどしかいない。それら武装召喚師は、西帝国軍南大戦団総督の護衛を任されるだけの実力者たちなのは認めるところだが、だからといって、ミリュウたちに及ぶものとは想いがたい。ミリュウたちとは実戦経験の差がある。潜り抜けてきた修羅場の数が違うのだ。

 さすがに一般人に毛が生えた程度とはいわないにしても、だ。

 実力には、大きな差があった。

 北側攻撃部隊は、ミリュウのほか、エリナ、レム、シーラ、ダルクに加え、エスクが入っている。エスクは、東帝国軍の希望の如く活躍したラーゼン=ウルクナクトのこともあり、得意のソードケインを封印することになってしまっている。が、ソードケインの特性を考えれば、たとえエスクことラーゼン=ウルクナクトの生存を偽る必要がなかったとしても、使うわけにはいかなかったかもしれない。ソードケインは、光の刃を発生させる召喚武装であり、切れ味の鋭さには定評があるものの、その分、手加減の難しい武器でもあったのだ。実体を持つ武器とは違って、殴り倒ず、敵を昏倒させ、制圧するといったことができないのだ。

 この南ザイオン大陸の派遣を巡る東西戦争において、西帝国軍は、敵味方の戦死者を限りなく少なくして勝利したいという大目標がある。それは、いまは敵に回っている東帝国の将兵、臣民もまた、ザイオン帝国の民であり、兵であり、戦後には帝国に組み込まれる人材だから、というあまりに正しく、当然の認識があるからだ。

 東帝国に対し、圧倒的な大勝利を飾り、南大陸を統一できたが、そのために、東帝国に属した将兵をなで切りにし、臣民を皆殺しにすればどのような結果が待っているか、ミリュウであっても想像がつく。ぞっとしない末路を辿ることになるのではないか。

 それに、そもそもが同じ帝国人であるという意識が、両帝国の臣民、将兵の中にあるのだ。いまでこそ東西に分かれ、相争っているものの、心底憎み合っているはずもない。

 聖皇によって改変、改竄された記憶を元にしているものの、数百年もの間、同国民として積み上げてきた歴史があり、紡がれてきた記憶があるのだ。再び手を取り合いたいと願うのは、至極当たり前の感情であり、その感情をこそ刺激する西帝国皇帝の政策、戦略は、西帝国軍将兵の結束を高め、士気を上げることに大きく貢献しているようだ。

 西は、東とは違う。

 東は、僭称帝ミズガリスの支配力を高めるために戦っているが、東は、正当なる皇帝ニーウェハイン陛下の号令の下、帝国臣民に真なる平穏をもたらすために戦っているのだ。

 そんな声が聞こえてくるくらいには、西帝国将兵の士気は高く、ニーウェハインの名声もまた、高かった。どうやらセツナによく似た彼は、セツナのようにひとを魅了する才能があるらしい。

 ミリュウには、ニーウェハインの魅力はまったく理解できないし、理解したいとも想わないが。

「まあ、東よりましなのは間違いないでしょうて」

「なんでそんな無責任なことがいえるのかしら」

「無責任だからだろ」

 エスクの軽口にミリュウが疑問を浮かべれば、シーラが肩を竦めるようにいう。

 レキシア大渓谷東部、ビノゾンカナンの真東に位置する東帝国軍本陣を南方に見遣る北側の平地に彼女たちは身を潜めている。

 方舟に乗って敵本陣北部の降下地点を探していたところ、潜伏場所に最適な雑木林を発見し、そこに降ろしてもらったのだ。敵本陣の遙か北だ。敵武装召喚師がどれだけ動員されようと、感知範囲外であることは間違いない。その武装召喚師がたとえば、広範囲を索敵する能力に特化した召喚武装を持っていたり、複数の召喚武装を同時併用できるというのであれば話は別だが、それならばセツナたちばビノゾンカナンに降り立った時点で察知していなければおかしく、そうではなかった以上、距離でいえばビノゾンカナンよりも遠く離れたミリュウたちの潜伏場所が察知されるわけもない。

「いやいや、俺は確かに無責任ですが」

「そこは認めるんですね」

「東の酷さは、西とは比べるべくもないんですな、これが」

 今度は、エスクが肩を竦めた。長い黒髪を後ろでひとつに束ねた美丈夫は、相も変わらぬ軽薄さでそこにいる。まるで長い間ずっと一緒に戦っていたかのような錯覚さえ感じるほどだ。ついこの間までいなかったというのに。

「俺が戦死したってんで、俺のための人質を捨て駒にするくらいですから」

 彼の声音には、多分に失望が含まれていた。彼が東帝国軍の取ったその行動に対し、なぜそこまで失望しているのかについては、よくわからない。彼が東帝国に属していたのは、“雲の門”の連中を人質に取られたからだということは知っていたし、それ故、東帝国に期待することなどなにもないと想うのだが、どうやら、人情というのはそう単純なものではないらしい。

「当初ミズガリス様を支持されていた方々が、ニーウェハイン様を担ぎ上げるほどでございます故、エスク様が仰られることもわからなくはございませぬが」

「なんたって皇帝を僭称している輩だもんね」

 とはいったものの、ミリュウにとって、帝国の事情などどうでもいいことだった。ザイオン帝国は、彼女たちの安住の地、安息の地であったガンディアを滅ぼした三大勢力の一角であり、ミリュウにとっては憎みこそすれ、助けて上げる義理などあろうはずもなかったのだ。最終戦争、“大破壊”の果て、混乱を極め、国民が混乱の中にいようが知ったことではない。帝国の兵も民もどうなろうと関係がなかった。

 帝国など滅びてしまえばいい、とさえ、心の奥底で想っている。

 ガンディアに滅びの楔を打ち付けた国のひとつだ。

 相応の罰が降って当然だ。

 だというのに、ひとのいいセツナは、そんな帝国にすら手を差し伸べようという。

 彼の理屈は、わかっている。彼の話を聞けば、ニーウェハインたちには、特にニーナには力を貸して上げてやっても良い。いや、貸して上げるべきだ、とは想うのだ。西ザイオン帝国大総督ニーナ・アルグ=ザイオンがセツナと契約を結び、船を貸し出してくれたからこそ、セツナはリョハンに辿り着き、ファリアたちをネア・ガンディア軍から守り抜くことができたと知れば、そう考えるほかない。そして、そのおかげでミリュウはセツナと再会できたといっていいのだから、その点を踏まえれば、西帝国の勝利に奔走するのは、必然だった。

 道理とさえいっていい。

 帝国はどうなろうと知ったことではないが、ニーナには、感謝を示さなければならなかった。

「ま、僭称帝だろうがなんだろうが、知ったこっちゃないけどさ」

「はい。これは、ニーナ様への恩返しにございます」

「さっすがレム。よくわかってるじゃない」

 ミリュウは、レムの発言が自分の本心そのものだったことに感動すら覚えて、彼女を軽く抱きしめた。すると、レムが面食らったような表情をする。驚いたのだろう。

 レムと再会することができたのも、皆とこうして一緒にいられるのも、すべては、ベノア島でニーナがセツナに交渉を持ちかけ、船を貸し出すという決断をしたからだ。

 そして、そのひとつの決断が、彼女の属する西ザイオン帝国に勝利を約束したのだから、ひとつの言動、決断が及ぼす影響としては、歴史上類を見ないほどのものといっていいのではないか。

「大総督閣下がどんな人物かはあまりよく知らないけどさ」

 セツナやレムから、ある程度は聞いている。ニーウェハインの実姉であり、婚約者でもあるといい、また、互いに深く愛し合っているということも知ってはいる。しかし、実際にはほとんど顔を見たこともなく、話し合ったわけでもないため、よくはわからないのだ。

 わかっていることといえば、先見の明があるということくらいだ。

 それも類い希なほどの。

「セツナに逢えたことのお礼は、西帝国の勝利でもって返さないとね」

 恨みは恨み。

 恩は恩。

 それとこれは別の話だ。



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