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第二千三百八十一話 誓いの谷の戦い(一)

 交渉の結果、ビノゾンカナン救援作戦は、セツナ一行に加え、ミルズ=ザイオンとその麾下の軍勢五千余を含めた大規模なものとなった。当初は、ミルズのみを同行させることになっていたが、さすがにそれだけでは不安があるミルズの意見によって、彼の麾下一万が加わることとなっている。

 作戦の大筋は、セツナが発案したものに皆で修正した初期案から大きく変わってはいない。部隊を三つに分け、大渓谷南部の“堰”の破壊後、大渓谷東側に築かれつつある東帝国軍陣地を北と南から挟撃、混乱のうちに撤退させるというものだ。それが成功すれば、極めて少ない流血で、ビノゾンカナンを救援することができるだろうし、失敗する可能性は低いとセツナたちは考えていた。

 ミルズ軍が加わったことで変更されたのは、部隊配置だ。

 ミルズ軍には、敵陣襲撃に加わってもらうのだが、その際、南側からの襲撃部隊をミルズ軍に務めてもらうこととした。元々、南側襲撃部隊は、セツナひとりで受け持つ予定だったのだが、そこにミルズ軍を加えたのは、北側部隊に加えると、ミリュウたちに余計な手間をかけさせることになるのが不憫で仕方がなかったからであるとともに、ミルズ軍を制御するには、セツナが行動をともにすることが大事だろうと考えてのことだ。ミルズは、セツナをこそニーウェハインの同盟者だと認めこそすれ、ミリュウたちに従う道理はないと勝手な行動を取る可能性が皆無とはいえない。彼がセツナの指示を無視するとは考えにくいにしても、東帝国軍を目の当たりにして暴走する可能性がまったくないわけではない。だれかが手綱を握っておく必要がある。それには、ミリュウたちではだめなのだ。セツナでなければ、ならない。

 ニーウェハインの同一存在だったセツナならばこそ、ミルズも自分の感情を抑えてくれるだろう。

“堰”破壊は、ファリアとランスロットの二名が担当することが決まっている。“堰”がどのような代物であれ、遠距離からの攻撃手段を持っているものでなければならないのは間違いない。その時点でシーラ、エリナには担当できないこととなり、レム、ダルクスも決して得意とするものではないため、自然、セツナ、ファリア、ミリュウ、ランスロット、エスクの五名から選ばなければならなかった。そのうち、セツナは本陣襲撃に加わるつもりだったことから、除外となり、様々に考慮した結果、ファリアとランスロットの二名が選抜されている。

“堰”の破壊だけならばファリアひとりで十分可能だったが、東帝国軍が“堰”防衛のための戦力を配置していないとも限らず、その戦力が武装召喚師である可能性は十二分に考えられた。そのため、過剰なまでの戦力を手配しておきたいという本音があり、ファリアに加え、ランスロットをつけることとした。ランスロットは、戦力としてセツナたちに同行したわけではないものの、東帝国との戦いに傍観者であり続けるわけにはいかない、と、このたびの作戦に参加することをみずから望んでくれていた。そんな彼の力を借りない手はなかった。

 つまり、セツナを除く“堰”破壊部隊以外の全員が敵陣北部襲撃部隊に配属されることになっている。ミリュウ、レム、シーラ、エリナ、ダルクス、エスクの六名だ。数万の将兵が広大な陣地を構築しつつある中にたった六名で襲撃をかけさせるのか、と普通ならば想うところだが、ミリュウたちならばなんの問題もなかったし、危惧もなかった。歴戦の勇士であり、猛者ばかりだ。唯一不安の残るエリナだが、彼女も後方支援に徹するだろうし、そんなエリナを護るためにはミリュウもレムも全力を尽くすだろう。エリナ以外の人員について、実力を疑う道理はない。

 エスクは、戦死したことになっているラーゼン=ウルクナクトが愛用していたソードケインを使うわけにはいかないものの、エアトーカーの虚空砲とホーリーシンボルさえあれば、いくらでも戦いようがあるだろう。そもそも、ふたつの召喚武装の加護を得た彼の素の身体能力は、常人を遙かに凌駕しているのだ。負ける要素そのものがない。

 エスクことラーゼン=ウルクナクトが剣神とまで謳われた由来が、そこにある。

 

 作戦開始時間は、明日午前零時。

 つまり、大陸暦五百六年六月十一日へと日付が切り替わると同時に作戦行動の開始となる。

 なぜ、そんな時間なのかといえば、敵軍への心理的影響を考えてのことだった。この作戦の目的は、なにも敵軍を壊滅させることにはない。ビノゾンカナンの窮状を救い、大渓谷東部に集合中の敵軍を追い散らすことにこそ、作戦目的がある。倒す敵は少なければ少ないほどよく、そのためには、敵軍全体に与える心理的動揺が大きければ大きいほど、よかった。

 それにはだれもが寝静まる真夜中が、よい。

 もちろん、敵軍とて夜襲を警戒し、また、ビノゾンカナンの西帝国軍が夜陰に乗じて動き出すことのないよう常に目を光らせているだろうが、それにしたって真夜中に全軍が起きているわけもない。起きているとしても、全軍の半数どころか十分の一以下と見ていい。それでさえ、多く見積もって、だ。ただでさえ、日中、広大な陣地の構築のために人員を費やしている。疲労の回復のため、睡眠を取らなければならないものは少なくない。

 東帝国軍にとっての敵は、大渓谷を挟んだ向こう側か、大河と化した大渓谷の真っ只中にしかいないのだから、多少、気が緩んでいるとしても致し方のないことだ。

 セツナたちは、その気の緩みを衝く。

 そして、夜陰に紛れて敵陣に大攻勢を仕掛け、大混乱を起こさせ、撤退させるのだ。

 無論、敵軍が撤退するには、条件がある。その条件とは、ビノゾンカナンの水攻めが失敗に終わったということを認識させるということであり、水が引き始めたことを警戒中の兵士たちが認識しなければならなかった。でなければ、そう簡単には撤退してくれないだろう。

 逆をいえば、水が引き始め、水攻めのための“堰”が破壊されたことを理解すれば、大渓谷に陣地を築き上げる利点がないことを悟り、撤退に全力を尽くしてくれるに違いない、ともいえる。

『なるほど。理に適っている』

 交渉時のミルズの反応は、それは面白いものだった。

 まさか、水攻めそのものを台無しにできるとは考えてもいなかったのだろう。いや、水攻めを打開する方策を考えこそすれ、実現できるとは想っていなかった、と見るべきか。まず、彼の手持ちの戦力では、どうしたところで東帝国軍の警戒網を縫って、“堰”を破壊することは極めて難しい。簡単にできるのならとっくに試しているだろう。それができないから困窮し、ついには自暴自棄的な突撃作戦を思い至っている。

 そんな彼にしてみれば、“堰”破壊からなるセツナの作戦は、十二分に魅力的に映ったのかもしれない。

 彼が至極協力的になったのは、セツナの作戦説明を聞いてからのことだった。

 そんなミルズと選りすぐりの麾下五千名が方舟に合流したのは、夜半のことだ。

 五千名と限定したのは、方舟に特殊な細工も必要とせず乗せられる上限に近かったからであり、マユリ神に余計な負担をかけさせないためだった。たった五千では、数万の東帝国軍相手に太刀打ちできるわけもないが、この度の作戦における主目的は、敵軍の撃破ではなく、大混乱を発生させることによる敵軍総撤退であり、ミルズの兵は少なくても問題がなかった。ミルズには不満の残るところだろうが、そこは我慢してもらうしかない。一万余を乗せた結果、船の動きが鈍り、“堰”破壊と本陣急襲の連携が取れなくなることのほうが問題だ。

“堰”を破壊し、大渓谷を満たした水が引き始めれば、敵陣の兵士たちが気づくだろう。それを長時間放置しておけばどうなるか。深い眠りについているはずの敵軍全体が目を覚まし、大混乱を起こすのも多少、困難になる。

 セツナとしては、なにがなんでも速やかに混乱を起こさせ、敵味方の損害を最小限に抑えた上で、撤退させたかった。敵味方の損害を減らすことこそがニーウェハインの望みなのだ。セツナは、彼の想いが痛いほどわかるから、できる限り、その意図を汲みたかった。 

 そのためにこそ、自分の立案した作戦を完璧に成功させなければならない。

(戦術を練るなんてガラじゃあねえが……)

 ガンディア時代においては、エインを始めとする軍師たちに任せきりであり、その作戦指示に従うだけですべてが上手く行ったものだ。それら数多の戦いの経験が、いま、まさに生きている。無数の戦場、数え切れない任務をこなしてきたからこその経験が、この度の作戦を練り上げさせた。無論、作戦と呼べるほど上等なものではないし、だれもが考えつく程度の代物でしかないのはわかっている。

 それでも、セツナは自分の成長を実感せずにはいられなかった。

 昔の自分ならば、ただ敵陣に突貫し、暴れ回って、数え切れない死体を山のように積み上げていただけではないか。

 いまは、違う。


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