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第二千三百八十話 水の都(七)

「わたしの無念だと?」

「はい」

 ミルズの疑問に対し、ランスロットは、冷静に肯定してみせた。そして彼は、ミルズの説得を試みたようだった。

「閣下は、僭称帝ミズガリスにその罪を贖わせるためにこそ、野に降られ、落ち延びられた。そして、正当なる皇位継承者であらせられた当時のニーウェ皇子殿下を推戴し、西ザイオン帝国の樹立に奔走された。それもこれも、ミズガリスの悪逆非道を正し、歴史あるザイオン帝国に大いなる秩序をもたらさんがため。違いますか?」

「……卿のいうとおりだ。そして、なればこそ、わたしみずからが先陣に立ち、兵に民に大道を示さねばならん。そのためにこの命が尽き果てるのならば、それもまたよし。天命であり、運命であろう。わたしは、一度、邪知暴虐の化身たる僭称帝に敗れた。そして、ニーウェハイン陛下のお力を利用し、僭称帝を討たんとした。それもこれも、己の不明故。恥ずべき行いの積み重ねよ」

 ミルズは、恥辱に身悶えするようにして、いった。彼が吐露した心境の数々には多少の演技も含まれているかもしれないが、しかし、セツナの胸にも響くものがあり、彼が忸怩たる想いを抱えていることは確かなようだった。これまでの情報を総合する限りでは、ミズガリスとの政争に敗れたが故にニーウェを担ぎ上げただけかと想っていたのだが、どうやら、それだけではないらしいということが彼の言葉から窺える。もちろん、ニーウェは、ただそれだけの人物を重要な役職につけるような人間ではないし、ニーナやランスロットたちも、ミルズがミズガリスへの意趣返しのみで動いているわけではないことは理解していたのだろうが、それにしても、ここまで熱い想いを抱いていたとは想いも寄らなかった。

「いまさら、我が身、我が命を惜しもうなどと想うものか。たとえ我が命が燃え尽きようと、それがニーウェハイン陛下の正道を照らす灯火となるのであれば、本望」

「閣下……」

 ランスロットは、ミルズの狂気をも含んだ熱弁に押され、黙り込んだ。もはや説得も諦めたかに見える彼の横顔を見て、セツナは、ミルズに視線を移した。ミルズは、熱弁を振るった自分自身に酔っているのか、異様な目をして、中空を見ている。

 セツナは、そんな彼に打診した。

「ならばその命、俺に預けて頂けますか?」

「なんだと?」

「セツナ殿?」

 ミルズとランスロットがほぼ同時に疑問の声を上げた。

「いくらニーウェハイン陛下の御為とはいえ、総督閣下は帝国の柱石を担う人物でしょう。むざむざ命を捨てる必要はない。西であれ、東であれ、帝国の臣民なれば、限りなく命を救うべきである、とは、ほかならぬニーウェハイン陛下のお考えです。ここでミルズ閣下を見捨てるようなことがあれば、俺が陛下に弁明することもかなわなくなる」

 兵士たちの生死に関する責任までは問うまいが、さすがに大戦団総督の生死に関わることとなると、救援に向かったセツナたちの責任問題になるだろう。その場合、ニーウェハインもセツナを擁護しきれなくなるのではないか。いや、擁護できたとして、今後の国家運営に暗い影を落とす事になりかねない可能性が高く、失策はできるだけしたくはなかった。

 もちろん、ミルズのことなど無視し、セツナたちだけで作戦を遂行するという方法もある。そしてそれが一番手っ取り早いということもわかりきっている。ミルズは、ランスロットが抑えてくれていれば良い。その間にセツナたちが圧倒的な速度でビノゾンカナンを解放すればいい。

 が、その場合問題になるのが、ビノゾンカナン解放後のミルズの心情だ。彼は、死を賭してでもビノゾンカナン解放の布石を打とうとしていたのだ。それなのに、どこからともなくやってきた同盟者たちがあっという間に問題を解決し、ビノゾンカナンを解放してしまったとあらば、その熱量の持って行く場所がなくなる。行く当てのない激情は、彼の中で昇華されることもなく堂々巡りを繰り返し、ついには腐蝕していくことだってありうるかもしれない。

 そんなことを考えれば、彼の気持ちを多少なりとも汲んでやることが重要なのではないか、とセツナは想ったのだ。

「俺としては、閣下を戦場に連れて行くなど言語道断ですし、ありえないことだと想っていますが、陛下がそこまでの熱意をもってビノゾンカナンの奪還をその手で成し遂げたいというのであれば、戦場に同行することは了承しましょう」

「同行は了承する……?」

「言い方が気に食わないでしょうが、俺は、皇帝陛下と対等な立場の同盟者です。俺の考えは、陛下の考えであると認識してくださっても構いません」

 そうまで言い切ると、さすがのランスロットがわずかに冷や汗を浮かべたようだが、セツナは一切気にしなかった。セツナを帝国が主導権を持つ協力者から、皇帝と対等な関係である同盟者へと格上げしたのは、ほからなぬ皇帝自身であり、その意向に反対意見は数あれど、だれひとり、皇帝の意見を変えることはできなかった。帝国において、皇帝の権力というのは絶対なのだ。

 だからこそ、ミズガリスも皇帝を名乗ったのだろうし、北の大地にもふたつの帝国と皇帝が誕生したのだろうが。

 ザイオン帝国という天地において、もっとも偉大なる存在なのが帝国皇帝であり、皇帝は、臣民にとって神に等しい存在だった。そんな現人神と対等な立ち位置にある同盟者となれば、その権力たるやどれほどのものか、想像するまでもないことだ。

「俺の指示を受け入れ、行動をともにするか。それとも、皇帝陛下の勅命を無視し、命を無駄にするか。総督は、どちらを選びますか?」

 セツナは、務めて冷静に問うた。決して相手の神経を逆撫でにするようでもなければ、馬鹿にすることも、居丈高になることもない。ただ、淡々と、事務的に尋ねる。そうすることで、セツナの決意が極めて硬いということを示せるだろうと踏んでいた。

「陛下の同盟者……か」

 ミルズは、なにかいいたげだったが、セツナが発したその言葉を反芻し、苦い顔で己の意見や感情を飲み込んだようだった。

「わかった。ここは貴公の言に従おう。陛下の御為とはいえ、そのために陛下がお嘆き遊ばすことは避けなければな。それに、わたしとてこの命を無駄にしたくないという気持ちはある。できるならば、有益に使いたい。それがこのビノゾンカナンの戦いだと想っていたのだが……」

 彼は、渋い顔でセツナを見てきた。セツナの顔がニーウェそっくりだという事実が、どうやら彼には効果的に働いている様子だった。

「どうやら、まだそのときではないらしいな」

「無論。閣下には、大陸平定後の帝国のため、陛下の御為に死力を尽くして頂かねばなりません。このような、大勢に影響を与えることも少ない戦いで命を使われては、困ります」

「それが本音かね、光武卿」

「はは……まあ、そういうことにしておいてください」

「……よかろう。ここは卿や同盟者殿のいうとおりにしようではないか」

 彼は、ランスロットの軽い調子に眉を潜めながらも、苦笑を浮かべ、大きく頷いた。

 かくして、ミルズの説得はなり、ミルズの無謀な試みは改められることとなった。その結果、ミルズを戦場に連れて行かなければならなくなったものの、それ自体、別にたいしたことではないとセツナは考えていたし、実際その通りだろう。なにも、彼を戦場に連れて行ったからといって、彼を活躍させなければならないわけではない。

 彼を戦場に同行させることだけが、約束なのだ。

 彼に出番や役割を与えるつもりはなかった。

 そこは、ミルズが納得しようがしまいが、関係がない。

 皇帝ニーウェハインの同盟者たるセツナの意向に従ってもらうだけだ。

「いやあしかし、俺の説得には耳を傾けず、セツナ殿の言には一も二もなく従うとは、さすがに傷つきますな」

 執務室を後にして、軍施設内を移動中のこと、ランスロットは大きく嘆息するようにいってきた。

「これでも、説得交渉は得意なほうなんですがね」

「彼の覚悟は決まり切っていたんだ。だから、陛下の同盟者という切り札を出した。さすがの彼も陛下の同盟者相手には、下手に出るしかないだろうし」

「まあたしかに。よく思いつきましたね」

「俺が思いつかなくとも、ランスロットさんなら思いついたでしょう?」

「どうでしょうな」

 彼ははぐらかすように笑うと、セツナの右腕を見て、促してきた。

 方舟に連絡を取れ、というのだろう。

 交渉が終わったことを知らせ、方舟に転送してもらうためだ。



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