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第二千三百七十七話 水の都(四)

「そのセツナ殿がここに派遣されたということは、陛下は強いお味方を得られたと考えて良いのだな?」

 司令本部内を歩きながら、ミルズが目を光らせた。

「はい。セツナ殿は、歴戦の勇士の方々とともに我が西ザイオン帝国の同盟者として、戦列に加わってくださっており、つい先日、北方戦線においてはニアフェロウ、ニアダール、ニアズーキを奪還して頂いたばかりです」

「ほう……北方戦線を」

「セツナ殿御一行は、セツナ殿ご当人もさることながら、ファリア殿やミリュウ殿といった皆様方も歴戦の猛者揃いでしてね。西帝国は、百万の味方を得たといっても過言ではありませんよ」

(それは言い過ぎじゃ……)

 とは想ったが、なにもいわなかった。それほどの活躍を期待されているということは、ニーウェハインの言動からも明らかだったし、それ相応の活躍をしなければ、恩返しにもならないということも理解しているからだ。

 セツナには、西帝国ニーナに船を借りたという大恩がある。それは、まさに彼の人生を変えかねないほどの大恩であり、あのとき、船を借りることができなければ、船を出してもらうことができなければ、運命は大きく変わっていただろうことは、想像するまでもなかった。なにせ、第二次リョハン防衛戦に間に合えなかったのだ。ファリアたちを護れなかったのは間違いなく、ミリュウたちも救えたかどうかわからない。なにもかも遅きを失し、シーラも失っていたのではないか。

 こうして、皆と無事に再会し、行動することができているのは、とにもかくにも、あのとき、ベノアで西帝国に船を出してもらえたからにほかならない。そのために西帝国に協力するという契約を結んだとはいえ、ファリアたちとの再会のための代価にしては、あまりにも安すぎるとセツナには想えてならなかった。

 ファリアたちは、セツナにとって命の源といっても過言ではない。

 その命の源を護ることができたのだ。

 大恩も大恩。

 恩返しとして、東帝国を打倒するくらい当然といって良かった。

「ふむ。北方戦線平定が真実ならば、百万の味方を得たというのも嘘ではあるまい。なればこそ、陛下はセツナ殿をこの水難の地に派遣されたというわけだ」

「まあ、そういうことです」

 ランスロットが肯定すると、ミルズは渋面を作った。

「しかし、それでは、わたしが陛下に信任されていないということではないかね」

「なにを仰られる」

「わたしがこの窮状を甘んじて受け入れているとでも想われているようだ」

 彼は、ひとしきり嘆息して、頭を振った。

「そんな馬鹿げた話があろうものか。わたしは、ビノゾンカナンが水攻めに遭ってからというもの、反攻作戦を練り続けてきたのだ。それにより、ようやく光明が見えてきた。東の連中に一泡吹かせる準備は万端整いつつあるのだよ。同盟者御一行には御足労なことだったが、この状況を打破するのには我が麾下だけで十分」

「勝算がおありで?」

「無論」

 ミルズの断言には、ランスロットも興味を持ったようだ。セツナも、このような絶体絶命の窮地を打開する策には好奇心をそそられてならない。

「どのような作戦なのでしょう?」

「詳細はここでは話せぬ。場所を移そう」

 そういって、ミルズは、セツナとランスロットを司令本部の三階にある一室へと招き入れた。



「状況はどうなってるんだ?」

 エスクは、機関室に入るなり、女神に問うた。

 セツナがランスロット=ガーランドとともにビノゾンカナンに降りたって、既に二時間以上が経過していた。にも関わらず、なんの音沙汰もない。本来であれば、地上から連絡があり、その連絡に従って方舟を動かす手筈になっていた。

 エスクは、そのための準備にネミアともども動いていたのだが、二時間あまり経過してもなんの反応もなければ、気にもなるというものだ。無論、セツナの安否が気になっているわけではない。あのセツナのことだ。たとえビノゾンカナンにて、西帝国の連中の裏切りに遭うようなことがあったところで、なんとでも切り抜けられるだろう。それに、転送されたふたりには、女神の加護がついている。並大抵の攻撃で傷を負うことはなく、心配する必要は一切なかった。

「セツナのやつ、なにやら話し込んでいるようだ。ここからは地上の声は聞こえぬが……つい先程、セツナから通信が入った」

「どんな?」

 球体を取り込んだような物体の上に鎮座する女神を見上げれば、エスクは、その神々しさに目を逸らしたくなった。眩しく輝く女神の姿は、エスクの目にはひたすらに痛いのだ。エスクは、神の如き存在と正面切って対峙できるほど、まっとうな人生を歩んできたわけではない。マユリ神はそういったことを気にするわけもないのだが、エスクが気にした。自分の心根の腐りきった部分が映し出されるようで、女神を前にするのは億劫にならざるを得ない。

 それでも、セツナのためならば、と、彼はひとり機関室に踏み込んだのだ。ネミアは、彼の代わりに出撃準備を手伝ってくれている。ほかの女連中が頼りにならないいま、ネミアとミレーユくらいしか役に立たないのだ。

「ミルズ=ザイオンの説得に時間がかかっているそうだ」

「説得? なんでまた」

「なにやらミルズ=ザイオンは、ビノゾンカナンの戦力だけで状況を打破しようと考えていたようでな、我々の協力を拒んでいるらしい」

「そりゃあまた馬鹿馬鹿しい話だな」

 とはいえ、ミルズ=ザイオンとやらの気持ちもわからないではなかった。ミルズ=ザイオンがどういった人物なのかについては、東帝国についていたエスクは、多少、聞き及んでいる。帝都ザイアスを制したことで帝国の支配者としての正当性を主張し、皇位継承を宣言したミズガリスに付き従った皇子のひとりが、彼だ。しかし、気性の激しいミズガリスにはついていけず、ついには激突し、東帝国におけるすべての権限を剥奪されたミルズは、ミズガリスを見限り、西へ落ち延びた。そうしてニーウェ擁立運動の中心人物になったというのだから、彼のミズガリスを憎む気持ちはだれよりも強い。

 ミルズが掲げるのはおそらく、打倒東帝国というよりは打倒ミズガリスであり、そのためにも西帝国の先陣を切って東帝国と戦いたいと考えているのではないか。だからこそ、最前線たるビノゾンカナンに赴いたところ、思わぬ水攻めに遭った。だが、そこで窮迫しているようでは、ミズガリスを打倒することなどできるわけもなく、ミルズは自分たちだけで窮状を打破するべく策を練っていたのだ。

 そんな折、現地の状況をなにも知らない帝都から救援がやってきた。それも、西帝国の人間ではなく、まったく無関係の同盟者が、だ。

 ミルズが機嫌をこじらせるのも無理からぬことではないか。

 もちろん、ミルズの策とやらよりも、セツナ考案の策のほうが遙かに安全かつ、合理的だろうことは想像するまでもない。

「となると、もうしばらく時間がかかりそうだ」

「人間とは難儀よな」

「神様のようにわかりやすくありたいものだよ」

 彼は肩を竦めた。女神マユリは、小難しい存在ではない。極めてわかりやすく、ありがたい存在だ。故に、女神の前ではだれもが素直になってしまうらしい。女神が少しばかり呆れたようにいってくる。

「おまえはまだしもわかりやすいではないか」

「そうかな」

「おまえの希望は、己が認めた人間とともに戦場に立ち、そのもののために死ぬこと。それ以外のすべては些事であるおまえの思考法は、極めて明快だ」

 それは、エスクにとって図星以外のなにものでもなかったが。

 故に彼は目を細めた。

「……あんまり、ひとの心をのぞき見しないほうがいいぜ」

「……済まぬ」

「いや……いいさ。俺も悪かったよ」

「なにが悪い?」

「ううん……あなたには、感謝しなきゃならんって話」

「なにを感謝することがある」

「あなたが大将を連れてきてくれた。それだけで、俺にはなにもいうことはないんだ」

 手を振って、マユリ神に背を向けた。

「俺の死に場所はあのひとの側だからな」

 エスクは、女神に告げて、微笑んだ。

 彼はかつて、ふたりの男に剣を捧げた。ひとりは、ラングリード=シドニア。シドニア傭兵団の団長だったその男は、彼にとって光そのものだった。光を見たものは、その光のために命のすべてを捧げるという。彼にとって、ラングリードがまさにそれだった。しかし、ラングリードは、彼に生きろといった。最愛の妹を託されれば、エスクも生き続けるよりほかはなかった。光を見失えば、その魂は亡者になるしかない。亡霊のように、死に場所を求め、彷徨するしかなくなる。

 そんな日々の果て、もうひとつの光に出逢った。

 それは、ラングリードとは似て非なる光であり、だからこそ、彼は惹かれたのだろう。

 セツナ=カミヤ。

 再び彼のために戦えることほど、彼のために剣を振るえることほど、魂が喜ぶことはあるまい。




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