表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2377/3726

第二千三百七十六話 水の都(三)

 部隊編成が済めば作戦会議も終了となり、セツナは、ランスロットとともにビノゾンカナンへ降りることになった。

 方舟そのものをビノゾンカナン付近に降り立たせ、東帝国軍に衝撃を与える、という方法も考えたが、作戦上、方舟の存在を秘匿しておきたいと考えたセツナは、方舟は高空に浮かばせたままにしておくことにした。そのため、セツナとランスロットのみがマユリ神の力によってビノゾンカナンへ転送されている。

 ウルクナクト号の存在は、空から降り立つだけで多大な衝撃を与えることは間違いなく、これも、東帝国軍陣地攻撃時に大いに役立つだろう、と、セツナは、作戦に組み込むことを思い立っていた。とはいえ、方舟は、渓谷南方の堤防破壊部隊の移動手段となるため、堤防破壊後、速やかに戻ってきたとしても、戦闘開始前には間に合わないかもしれず、戦闘中、敵軍をさらに恐慌状態にさせるのに役立つだろうという認識だった。

 それはそれとして、だ。

 ビノゾンカナン市内に空間転移したセツナとランスロットは、即座に西帝国軍兵士たちに包囲された。東帝国軍が武装召喚師を差し向けてきたのだと勘違いされたからだが、その迅速な行動と包囲の構築には、セツナも感嘆の声を上げかけるほどだった。セツナとランスロットが転送されたのは、ビノゾンカナンの軍事施設敷地内であり、迅速に包囲されたのもそれ故ではあるのだが、それにしたって兵士たちの行動の素早さは、日々の訓練のたまものであることに疑いはない。

「さすがはミルズ殿麾下の将兵。異物の侵入と見るや、即座に包囲を完成させるとは畏れ入る」

「……光武卿ともあろうお方にそういって頂けるとは、光栄の至り……だな」

 慇懃無礼としかいいようのない居丈高な声が、頭上から聞こえた。

 将兵たちが一斉に構えていた武器を下ろし、警戒を解くのを見ると、声の主がなんらかの指示を下したことがわかる。見上げれば、ランスロットがいまから向かおうとしていたらしい建物の二階、窓際の出っ張った部分にその人物は立っていた。きらびやかな軍装に身を包んだ長身の男は、帝国人らしい黒髪を靡かせるようにして、悠然と佇んでいる。周囲には、武装した騎士たちが控えている。その周囲の物々しい雰囲気や当人の傲岸不遜な立ち居振る舞いからして、おそらく、彼がミルズ=ザイオンなのだろう。

 ミルズ=ザイオン。先帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンの二男にして、僭称帝ミズガリスとの闘争に敗れ、西においてニーウェ擁立に奔走し、ミズガリスの足を引っ張ることに全力を上げていると評判の人物だ。

 見るからに傲慢そうな様子は、しかし、生まれ持ってものらしいことは、彼がごく自然にこちらを見下していることからも察する。

「これはこれは南部大戦団総督閣下御自らお出ましとはなんといっていいやら」

「それはこちらの台詞だ、光武卿」

 ミルズは、ランスロットの軽口に対し、肩を竦めて見せた。過去の因縁と現在の立場が交錯し、ふたりの間には微妙な空気が流れている。末弟のニーウェに悪意をもって接したのは、なにもミズガリスだけではないのだ。大半の兄、姉がニーウェとニーナの敵だった。それがいまや第一の味方になっているとはいえ、ニーウェの筆頭家臣であったランスロットには、認めがたいものがあるに違いなかった。そしてそれは、ランスロットの下風に立たなければならないミルズにも同様のことがいえる。

 ニーウェハインを頂点とする西ザイオン帝国において、最大の権力者が皇帝ニーウェハインなのはいうまでもないことだが、そのつぎに高い地位となると全軍を司る大総督と、皇帝側近たる三武卿なのだ。かつて皇位継承者として、また、法聖公、帝国近衛騎士団長として権勢を誇り、ランスロットたちを見下していただろう彼にしてみれば、受け入れがたいものがあったとしても当然のことだ。そういった互いの想いがセツナにさえ理解できる程度には表面化していて、そのことが周囲に並々ならぬ緊張を生んでいた。

「陛下御自ら、我らが窮状を救うべく馳せ参じて頂けるなど、臣下としてこれほど光栄で恐縮することはない」

 いうが早いか、彼はその場で深々と敬礼した。無論、セツナに対して、だ。彼は、当然、ニーウェハインの健康な頃の素顔を知っていて、その成長した容貌を容易に想像することができたのだろう。そして、その成長した想像図とセツナの現在の外見が合致した。だから彼は、セツナを目の当たりにして、内心驚きを隠せなかったに違いない。であるにも関わらず、表面的には冷静さを失っていないのだから、彼の能力の高さが窺い知れるというものだ。

 セツナの格好さえ皇帝のするようなものではないにせよ、外見は二十代前半のニーウェハインといって遜色ないことは間違いなかった。そのことは、これまでの三武卿やニーナの反応からもよくわかる。ニーウェをだれよりもよく知っているはずのニーナですら、一瞬、セツナをニーウェと見間違ったくらいだ。ニーナほど知らないはずのミルズが勘違いするのも無理からぬことだったし、ランスロットを伴っていることがまた、勘違いの原因となっているのだろう。皇帝の側近を連れているニーウェそっくりの人物となれば、ニーウェハイン本人を置いてほかにはいないと想うのが普通だ。

「……なればこそ、此度の我が麾下の反応は、陛下の御尊顔を知らぬ故の無礼であり、無知蒙昧であることを満天下に知らしめる行い。立場が立場なら、首を差し出して詫びねばならぬほどの醜態としかいえぬ」

 彼は、ぎろりと眼下の将兵を見回した。セツナたちを包囲したままの将兵たちは、その途端、凄まじい威圧感と緊張感に襲われたのだろう。凍りついたかのように動かなくなった。ミルズは、配下のそんな反応が気に食わなかったのか、大きくため息を吐いた。

「……まったく、練度だけを積み上げたところで、帝国の要たる皇帝陛下さえ敵の如く認識する有り様では、先が思い遣られるというに……」

「そう想われるのでしたら、包囲を解いてもらいたいものですが」

「……その通りだな。傾聴」

 ランスロットの意見に、ミルズは酷く覚めた顔で告げた。セツナたちを包囲していた将兵たちが一斉にミルズに視線を向け、姿勢を整える。その完璧に近い反応の早さは華麗でさえあり、教育、訓練が凄まじいまでに行き届いていることを証明している。

「全軍、通常任務に戻りたまえ」

『はっ!』

 将兵一同、全霊で返事をすると、セツナとランスロットの周りからあっという間にいなくなってしまった。蜘蛛の子を散らす勢いとはよくいうが、まさにその通りだった。しかし、逃散するような醜さはない、統制の取れた、軍隊としての完璧な動きであり、乱れは一切見られなかった。ランスロットが当初感嘆したのは、本音でもあったということなのだろう。

「これで良いな? 光武卿」

「ええ。これで、ようやくお話ができるというものですよ、総督閣下」

 冷ややかに見据えるミルズとは対照的に、ランスロットはきわめてにこやかに彼を見上げていた。

 セツナは、ふたりの間に漂う敵対心にも近い感情になんともいえない気持ちになった。

 結局、西ザイオン帝国も一枚岩ではないのではないか。

 そんな気分にならざるを得ず、ニーウェハインが可哀想になったのだ。彼の心労が日々増加傾向にある理由がわからないではなかった。


「……わざわざ、皇帝陛下御自ら御出馬なさることなどありますまいに」

 セツナとランスロットを司令本部内に迎え入れるなり、ミルズは、嘆息とともに肩を竦めた。司令本部内の移動中のことだ。周囲には、皇帝を迎え入れたということで、並々ならぬ緊張感が漂っていた。それこそ、一歩間違えれば処刑されることもありえるのではないか、という意識が働いているほどの緊迫感であり、セツナはその事実に肩身が狭くなったし、緊張するひとたちの心情を想うと、同情するほかなかった。

「それほど、わたくしが信用なりませんか?」

「いや、そういうわけではなく……」

「俺は陛下じゃありませんよ、総督閣下」

「……なるほど」

 ミルズは足を止め、こちらを振り返るなり、目を大きく見開いた。そして、ゆっくりと確認するように告げてくる。

「つまりあなたは、セツナ=カミヤ殿というわけですか」

 ミルズの察しの早さにセツナは驚きを隠せなかったが、ランスロットは当然のように受け入れていた。

「陛下がよく仰っていた。セツナ殿がいれば、東の連中をのさばらせることなどなく、大陸は容易く統一できよう、と。なるほど……陛下の仰るとおり、よく似ておられる。鏡映しとはまさにこのこと」

「でしょう。大総督閣下すらも、セツナ殿を初めて見たときには大いに驚かれたものです」

「大総督閣下さえもか……道理でわたしが見間違うわけだ」

 ミルズは、まるで眩しいものでも見るように目を細め、じっとセツナの顔を見つめた。

 しばらく、時が止まったようにそうしていたのは、どういう理由なのか。

 セツナには、わからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ