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第二千三百七十三話 時を越えて(五)

「どうだ? これが本来のいまのおまえの姿だ」

 レムは、映写光幕に映し出された自分の姿を目の当たりにして、声もなく立ち尽くしていた。レムに似た部分を持つ別人が映し出されているとしか想えないくらいだった。それくらいの変化があった。なにもかもが変わっている。身の丈から体の肉付き、手足の長さに加え、顔つきも随分と大人びていた。それはそうだろう。十数年分の時間を加算したのだ。年を取った。年を経、成長するとはそういうことなのだ。子供同然の少女から完全な大人の女性へと変わり果てた自分の姿は、まるで夢でも見るかのような、幻想的なものですらあり、彼女は信じられないという気持ちでいっぱいだった。

 映写光幕から視線を移し、自分の手を見下ろせば、映写光幕に映し出された通りに変化した長くしなやかな指先が目に入る。闇色の衣から伸びた足も、映写光幕そのままに大人の色香を纏うそれへと変わっていた。顔を上げれば、目線の高さが変わっていることに気づく。身長が一気に高くなったのだから当然だが、違和感が強烈だった。

「これが本来の……」

「というのは、少し語弊のある言い方だがな」

「といいますと?」

「おまえが十数年前、死神にならなかったとしても、そのように成長できた保証はないということだ」

 マユリ神を仰ぎ見る高さも、普段とは大きく違っている。いつもより数段近く女神の姿を見ている気がしたが、気のせいではあるまい。

「人間にせよ他の動物にせよ、その肉体の成長には、環境が大きく影響する。たとえば、おまえが生まれ育った環境で成長し、いまの年齢に到達したとして、その姿になれるはずもなかっただろう。体を育てるのは様々な栄養であり、鍛錬だ。栄養がなければ鍛えても意味はなく、鍛えなければいくら栄養があっても意味はない。その両方が高次で融合した結果、いまのおまえの姿がある。いわば、理想としてのいまのおまえの姿といっていいだろうが……それも、おまえが日々、鍛錬を忘れず行っているからにほかならぬ」

 女神の慈しみに満ちたまなざしと言葉がレムの胸に入り込み、溶けていく。レムは自分の胸に手を当て、いつにない弾力に衝撃を受けつつ、女神の慈愛に感じ入った。

「わたしは希望の女神だが、希望を求めるものにはそれ相応の価値を求める。希望を叶えるに値するか否か。おまえがもし、日々不摂生に過ごし、自身の不滅性にかまけて鍛錬を怠るようであれば、それ相応の姿にしただろう」

「……マユリ様」

「わたしがセツナに協力するのも、それだけの価値があると判断したからに過ぎないのだよ。セツナならば、この世を救う希望になれる、とな」

「わたくしも……そう想います」

「ふふ。ならばその想い人に早くその姿を見せてやることだ。その姿を維持できるのは明日の朝までなのだからな」

「はい……!」

 レムは、女神の微笑に笑い返すようにうなずくと、深々とお辞儀をして、機関室を後にした。

 変身していられる時間が限られているのは、レムの特性にある。レムがその肉体を維持できているのは、マスクオブディスペアの加護によるものだ。そこにマユリ神が強引に介入して、肉体を変容させている。あまり長時間介入し続けると、マスクオブディスペアの加護を打ち消すことになりかねないというのだ。そうなれば、どうなるか。簡単なことだ。レムとセツナの繋がりが解け、レムの命は失われる。

 今度こそ、永遠に。

 そうならないためにも、制限時間が設けられている。

 もっとも、その制限時間も想像よりは遙かに長く、レムが望みを叶えるには十分過ぎるほどだった。

 彼女の望みとは無論、この姿になった自分を主人に見せ、驚かせるということだ。

 そして、その望みは完璧に近いくらいのセツナの反応によって、大いに叶えられた。


 レムは、大いなる満足感の中にいた。

 想わぬ報酬によって変化した肉体は、いつもとは勝手が違うものの、そのおかげでセツナや皆を驚かせることができた上、レムの可能性を示すことができたのだ。それによって、特に女性陣の危機感を煽ることができたのは、彼女なりに溜飲の下がるものでもあった。やはり、彼女も、普段から想うところがあったのだ。セツナに好意、恋情を寄せているのは、なにもファリアたちだけではない。

 レムだって、セツナを愛しているし、添い遂げたいとさえ、想っているのだ。

 しかし、本来のレムは、子供だ。実年齢はともかく、その姿は十三歳の小娘に過ぎない。ファリアやミリュウにとっては、恋敵にさえ数えられないような、そんな小さな存在なのだ。そして、それを甘んじて受け入れていた。なぜならば、レムはセツナを主人、主君と仰ぐ下僕であり、下僕であることにこそ誇りを持っているからだ。

 下僕が主に懸想するなど、あるべきではない――と、想わないではないし、それもまた、ひとつの真理ではあるだろう。

 が、一方で、セツナへの想いを消し去ることはできないと認めもする。

 だからこそ、こうしてセツナとある意味対等に話し合える姿になれたことが嬉しく、彼が普段とは違って、しっかりと甘えてくれることに歓喜すら覚えていた。

 寝台の縁に腰を下ろしたレムの太ももの上、彼女の主人の横顔がある。膝枕という奴だ。普段のレムならば体が小さすぎて中々できないことも、いまの体ならば余裕でできるのだ。セツナも、遠慮しなくて済む。それがなにより素晴らしい。

 セツナに膝枕をしながら耳かきをする。その幸福感たるや、いままでに味わえなかったものであり、彼女は、心の中でマユリ神に何度も何度も感謝した。感謝しながら、セツナが大人のレムに少しばかり緊張している様子を見せてあげたいとも想った。きっと、マユリ神は、そんな様子のセツナを見れば、大いに喜ぶに違いない。マユリ神も、セツナのことが好きなのだ。もちろん、人間でいう恋愛や親愛とは異なる感情なのだろうが、それにしたって、セツナが女神の価値観の中では好意に値する人物なのは間違いなかった。

 レムは、耳かきで優しく主の耳垢を取り終えると、緊張したままの彼の横顔を見下ろし、うっとりした。彼がなぜ緊張しているのか、わかりきっている。彼女が普段と大いに異なる姿をしているからであり、それが彼にとって緊張に値する美女だからだろう。

 セツナは、美女に弱い。その事実はだれもがよく知ることだ。普段の彼が、ファリアやミリュウ、シーラといった美女に囲まれながら平然としていられるのは、単純に慣れの問題なのだ。ファリアとシーラはともかくとして、ミリュウは隙あらばセツナに触ろうとし、実際に接触しまくっている。レムが羨むほどの日々の接触は、彼にミリュウたちへの耐性を持たせることになったのは想像に難くない。

 そんな耐性を持つセツナだが、レムの変化は、想像をし得なかったのだろうし、予期せぬ方向からの攻撃でもあったのだろう。だから、緊張しまくっている。それがひどく愛おしい。

「こちらの掃除は終わりましたので、逆を向いてくださいまし」

「お、おう……」

 彼は、強張った反応をしながら体ごとこちらに向き直り、瞬間、慌てふためいた。

「お、おい!?」

「なんでございます?」

「目のやり場に困るだろうが!」

「あら、御主人様ったら……」

 レムは、主人が方向転換した瞬間なにを目の当たりにしたのかを察して、口に手を当てて笑った。衣服の裾の隙間から下着が覗いたのだろう。彼女がいま身に纏っているのは、普段の女給服ではない。変化した体型に合わせてマユリ神が急遽用意した闇色の衣は、裾の辺りが非常に短く、太ももを枕にするセツナの目線からは下着がはっきりと見えてしまうのだ。そのことを悟り、多少恥じらいを覚えたものの、それ以上にセツナが自分を女として意識してくれているという事実のほうが嬉しく、彼女は歓喜に打ち震えていた。

 セツナがレムのことを下僕としてではなく、女性として扱ってくれていることそのものは、以前から変わりはない。しかし、いつも以上の反応だと想わざるを得ないのもまた事実だ。それは、大人びた色気が漂っているからに違いない。

「あら、じゃねえ!」

 太ももから頭を持ち上げようとするセツナだったが、レムは片手でその頭部を抑えつけた。

「耳かきが終わるまで、辛抱くださいまし」

「辛抱っておい……」

 セツナは、そういいながらも抵抗を諦めてくれた。力の差を考えれば、レムの腕力など容易く撥ねのけられるだろうに、だ。レムの我が儘を聞き入れてくれたのだ。

「わーったよ、目を瞑ってりゃいいんだ」

「まあ……じっと見ていてくださっても、構いませんのに」

「だれがそんな破廉恥なことをするもんか」

「うふふ……だれにもいいませんのに」

「だから……!」

 目を閉じながら抗議をしてくる様がおかしくて、レムは笑いを隠せなかった。

 いつも以上に幸福な時間が流れていた。

 それは、これから先、激しくなる一方であろう戦いを前にした一時の休息にしても、この上なく素晴らしいものであり、素敵な時間だった。

 耳かきを終えたあとも、制限時間が尽きるまで、彼女はセツナに尽くし続けた。


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