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第二千三百七十一話 時を越えて(三)


「御主人様」

 レムが話を切り出したのは、ようやくセツナとふたりきりになれてから数分後のことだ。

 第一回大健康診断大会が無事に終わり、優勝者の願いが成就され、その披露を済ませたことで、食堂に集まっていた皆は解散の運びとなった。それぞれがそれぞれの方法で、つぎの目的地までの暇潰し、時間潰しを行うために食堂を離れていく中で、レムだけはセツナに付き従った。セツナは自室に向かっていて、彼女は、当然のように彼の部屋に入った。下僕なのだ。主人の身の回りの世話をするのは、当たり前の話だった。

 それは、いい。

 しかし、部屋に入ってからというもの、いつもとは異なるセツナの反応にレムは戸惑いを覚えていた。セツナがなにやらまじめくさった顔で彼女を見ている時間が多かった。少しばかり気恥ずかしくなるくらいに熱の籠もった視線であり、彼女は身悶えした。

「そんなにおかしいのでございますか? わたくしのいまの姿……」

「いや……そういうわけじゃあないんだが」

 セツナは、椅子に腰掛け、レムを見つめたまま頭を振る。

「随分変わるもんだな……ってさ」

「それはそうでございます」

 レムは、彼の素直な、いまさらのような感想に苦笑した。それはそうだろう。なにせ、十数年分の時間経過による成長を再現しているのだ。エリナのようにたった数年で大きく変わる。その数倍の時間が擬似的に流れた。そのおかげで、彼女は当初、歩くことすら手間取らなければならなかったのだが。

 足の長さが違えば、身長も大きく変わり、見える景色も変わった。歩幅も違えば、体重も異なる。特に乳房の大きさは重量となって肩にのしかかり、そのときはじめて彼女は、ファリアたちの気苦労を思い知ったのだ。胸は、大きければいいというものではないらしい。

「十三歳と二十云歳では、別人も同然にございます故」

「まったく、その通りだよ」

 セツナが優しく笑う。その笑顔を思わず抱きしめたくなったものの、彼女はぐっと堪えた。下僕たるもの、安易に主に接触していいものではない。もっとも、そんな下僕としての有り様については、だいたい、状況に流され、どうとでもなってしまうのだが。いまは、違う。ふたりきり。彼女を押し流す状況などはない。

 彼から預かった上着を壁掛けにかけながら、このふたりきりの時間を満喫する。

「最初見たとき、レムだなんて想わなかったからな」

「うふふ……わたくしとマユリ様の思う壺でございますね」

 レムはほくそ笑み、マユリ神もまた、大いに笑っているだろうと想像した。当初は、セツナくらいならば気づくのではないか、と想っていたのだ。セツナとレムには特別な繋がりがある。その繋がりを感じて、レムだと認識するのではないか、と。しかし、セツナは、その繋がりを確認するよりもまず、レムの容姿に驚き過ぎていたらしく、確認を怠ったようだ。それはつまり、レムの外見がそれだけ優れたものであるという証明だろう。

「しっかし、マユリ様のお力は凄まじいものだな」

「はい……本当に」

 レムは、感嘆の声を上げるセツナに心底同意しながら、マユリ神に感謝した。鏡に映る自分の姿は、普段の少女染みた彼女の姿とはまるで異なるものなのだ。それは、彼女が夢にまでみた大人の自分だった。



 レムが女神マユリとふたりきりになったのは、第一回大健康診断大会閉会後のこと。広間を片付けてから、機関室に誘われた。優勝賞品に関する話し合いのためだ。

 機関室には、マユラ神が待ち受けていて、少年の姿をした神は、マユリ神を見るなり、ほっとしたように息を吐いた。そして、マユリ神と同化し、いつもの姿に戻ると、女神の背後で眠りについている。マユリ神は、マユラ神を強引に叩き起こし、手伝わせていたのだ。そのことをそっと謝罪する女神の姿は、バツの悪そうなものだった。二神の仲が良いのか悪いのかは、不明だ。

「わたくしが第一位というのは、本当なのでございます?」

 開口一番、レムはまず、最大の疑問を口にした。

「いっただろう。わたしの独断と偏見で決めた順位だとな」

「では、わたくしが一位というのも……?」

「皆、健康なのだ。下位の一部のものを除いては、ほぼ横並びといっていい。順位をつけるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいにな」

「そうなのでございますか……」

 レムは、少しばかりがっかりしたものの、一方では心の底から安堵してもいた。最下位のエスクについては、彼が不摂生な生活を送っていたという話を聞いている以上、当然の結果だと想わざるをえないし、常に召喚武装を身に纏うダルクスや自分の健康に気を遣わないゲインが下位なのも納得がいく理由があった。上位陣が横並びというマユリの評価には、それこそ納得できるというものでもある。皆、自分の健康に多少なりとも気を遣っているのだ。

 なぜならば、健康体でなければ戦えないからだ。

 ファリアも、ミリュウも、シーラも、エリナも、皆、セツナとともに戦うためにこの船に乗っている。この地獄のような世界で、どうせ命尽き果てるならばせめて愛しいひととともに戦いたい、命を燃やしたいという考えが皆を突き動かしている。皆を集めている。もちろん、セツナとともに生き続けるこそが最善であり、そのためにも健康を維持しようとするのは必然であり、義務とさえいえた。

 そんな彼女たちに食事を提供するゲインは、自分のことは度外視して、皆の健康のために相応しい料理を作り、献立を練っている。日々、程よい訓練と、肉と野菜、穀物の均衡の取れた食事を取っているのだ。健康体でないはずがなかった。

 そんな中で彼女が一位に選ばれるのは、不思議なことといっていい。

 レム自身はというと、自分の健康に気遣う必要はない。なぜならば、レムの肉体は、常に健康に保たれているからだ。病に冒されることもなければ、頭痛や不調に見舞われることもない。常に一定以上の健康的な肉体が維持され続けている。セツナから供給される生命力のおかげなのだろう。つまり、セツナが健康体であるという証なのではないか、と想うのだが、確信はない。

「だれが一位でも良かったのだが、今回は、おまえの意を汲んだ」

「わたくしの意……でございますか」

「こうでもしなければ、なかなか、ふたりきりで話し合う時間を持てないだろう」

「確かに……そうでございますね」

 定位置に鎮座したマユリ神を見上げながら、彼女は静かに頷いた。マユリ神の御座所とでもいうべき機関室には、常にマユリ神の話し相手としてだれかがいるというのが通例となっているのだ。それは、方舟を操縦するため、セツナたちに力を貸してくれているマユリ神に対する感謝であり、当然の対応であるとしてミリュウが始めたことだ。いつからかミリュウのみならず、エリナ、シーラ、ファリアもその一員に加わっていて、だれもいない時間帯がなかった。

 レムは、セツナの下僕ということで、セツナの身の回りの世話や、船内全体の掃除、片付け、雑務に専念しているため、マユリ神の話し相手の一員には加わっていなかった。いまから加わっても構わないのだろうが、そうすると、船内における雑務が疎かになる。さすがにミレーユひとりにすべてを任せるのは酷だ。ミレーユがレムのように無尽蔵の体力を持っているのならばともかく、そうではない以上、ミレーユだけに押しつけるのはよくないだろう。

 よって、話し相手には加わっていないのだが、そのことがこの度、裏目に出た形になる。

 故にマユリ神は、レムを一位に選ぶことで、ふたりきりで話し合う機会を造ってくれたのだ。

 マユリ神が汲んでくれたレムの意とは無論、セツナのことだ。

 この度、レムが大健康診断大会などというよくわからないものを開催したのも、すべてはセツナの健康状態を徹底的に調べ上げ、完璧に近く把握するためであり、そのためにマユリ神にも協力してもらっていた。マユリ神にそれとなく健康状態を探ってもらうよりは、こうして堂々と正面切って健康診断するほうが、セツナの心証にも悪くはないだろうと考えてのことだ。そのために全員を巻き込んだのだが、セツナを除く全員の健康状態を知っておくこと自体、悪いことではない。

 なにせ、船の仲間なのだ。

 これからどれだけ長い間、船で生活するのかわからない以上、皆のことを細部まで知っておくことは重要なことだ。

 ついでとはいえ、無意味なことではなかった。


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