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第二千三百六十九話 時を越えて(一)

「結局、あいつはなにを望んだんだろうな?」

 セツナが疑問を浮かべたのは、第一回大健康診断大会がレムの優勝によって幕を閉じ、マユリ神による閉会式が盛大に執り行われた後のことだ。大広間に設置された舞台や小道具の数々が撤去され、船内倉庫に片付けられた後の広間の掃除を率先して手伝ったセツナたちは、一息入れるべく、食堂に移動していた。その移動中、船内の通路を歩きながら、ふと、疑問に想ったことを口走った。

「レムのことだし、「御主人様のご健康とご多幸を!」とかなんとかいって、マユリんを困らせたんじゃないの」

「あー……それ、ありうるわね」

 ミリュウがレムの真似をするように目を輝かせて見せると、ファリアが肯定的な反応を示す。セツナと一緒に食堂に向かっているのは、ミリュウ、ファリア以外にシーラ、エリナ、ゲイン、ミレーユであり、ダルクス、エスク、ネミア、レム、マユリ神は同行していない。ダルクスは訓練室へ向かったようだが、エスクとネミアについては不明だ。自室に戻っただけかもしれない。マユリ神はおそらく機関室に戻ったのだろう。レムは、それについっていったに違いなかった。

 大健康大会の閉会式において、女神マユリから直々に優勝者に対する賞品が提示されたのだ。その賞品というのは、優勝者の希望を女神の力によって叶えるというものであり、セツナが疑問に想ったのは、そのことだ。優勝者であるレムがマユリ神に望むとすれば、いったいどのようなことなのか。もちろん、広間での片付け中に聞いてみたりしたのだが、レムにはどういうわけかはぐらかされてしまっていた。いつもなんでも包み隠さず話すレムらしくないことで、セツナが疑問を持ったのはそのためだった。

 レムが隠し事をするのは、めずらしい。

 彼女は、セツナの下僕としての己に誇りを持っていて、下僕たるもの主君にすべてを捧げるべきだ、という信条がすべての源となっているようなところがある。だいたいにおいて、セツナが問えば、間を置かずに答えてくれるのが彼女であり、だからこそセツナも彼女に全幅の信頼を寄せていたのだが、この度の優勝賞品に関する質問は、どういうわけかはぐらかされてしまった。

 どんな望みでも叶えるというのが優勝賞品だ。

 レムにもなにか想うところがあったのだろうし、それをセツナにいうのは気恥ずかしいと考えたのかもしれない。

 それこそ、ミリュウのいったようなことを願うのであれば、彼女が羞恥心のあまり、はぐらかすということはない話ではない。

「レムお姉ちゃんらしいです」

「確かになあ」

 エリナとレムも、ミリュウの意見に賛同した。

 彼女たちの反応を見れば、皆がレムをどのように捉えているのか、はっきりとわかるだろう。彼女は忠誠心の塊であり、主君たるセツナのことを第一に考える従僕の鑑のような存在として、だれもが認識し、理解しているのだ。そしてそれが間違いではないことは、セツナが一番よく知っている。レムほど、セツナのためを想い、粉骨砕身で働くものがいるだろうか。

 あるときは手となり足となり、あるときは剣となり盾となる。常に主人のことを考え、主人のためだけに活動しているといっても過言ではないのが、彼女だ。理想的な従僕であり、主従関係が築かれているのではないかと自負できるのも、すべて彼女の働きあってこそのものであり、セツナはそこに一切の疑念を持たなかった。

 レムへの信用は、なによりも厚い。

 それ故、このたび、優勝賞品に関する質問をはぐらかされたことについても、別段、想うところはなかった。レムは、隠し事をすることはないが、だからといってすべてをありのまま、曝け出すことを得意とするわけではないのだ。人並みに羞恥心を持っている。

 たとえばその願いが彼女の羞恥心を刺激するようなものであれば、たとえ主からの質問であろうともはぐらかそうとするだろう。そして、そのことに深い罪悪感や後悔を覚えるのが、彼女だ。

 後々、そのことでセツナに対する罪悪感に耐えきれなくなり、謝ってくるに違いない。

 それがわかっているということもあり、セツナは、レムがはぐらかしたことについては特になにも想っていないどころか、罪悪感など覚える必要はないとさえ考えていた。レムはいちいち考えすぎなのだ。もう少し、気楽にすればいいのに、力を入れ、考えすぎてしまう。

「まあ、そう考えると、レムで良かったけどさ」

「なにがよ?」

「優勝者よ。これがもしファリアやシーラだったりしたら、ぞっとしないわ」

「どういうことだ?」

「そうよ、意味がわからないわ」

 シーラとファリアが顔を見合わせ、疑問に満ちたまなざしをミリュウに向ける。

 ミリュウがセツナの首筋に腕を回し、勢いよく抱きつきながら、ふたりを振り返った。ミリュウの体重がセツナにのしかかるが、踏ん張るほどのことでもない。

「自分の胸に手を当てて、考えてみることね。自分が優勝者だったら、どんなことを願った?」

「わたしの願い事……?」

「そりゃあ……」

 ミリュウに見つめられて、ファリアとシーラのふたりはきょとんとした。そして、しばらくして顔を真っ赤にする。顔だけではない。首筋までも紅潮させたふたりがなにを想像したのかをなんとなく理解して、セツナは、バツの悪さを覚えた。ファリアもシーラもセツナに関するなんらかの願い事を想像したのだろう。でなければ、あそこまで顔を紅くして、茫然とすることもあるまい。

 セツナがそれだけ想われているということではあるのだし、セツナ自身、ふたりの想いや、それを理解しきっているミリュウの想いについても、嬉しいという感情しか湧かないのだが。

「エリナちゃんは、どう?」

 不意にミレーユがエリナに問うた。すると、エリナは、母親に向かって即答する。

「わたしはお兄ちゃんとの結婚、かな?」

「まあ、エリナちゃん、それは早いわよ」

 ミレーユが慌てると、エリナが頬を膨らませた。

「えー……エリナ、もう十六歳だよ?」

「早いわ……早いけど、でも、セツナ様なら幸せにしてくださるわよね?」

「うん!」

 ミレーユが瞬時に折れるのを目の当たりにして、また、エリナが元気よくうなずくのを目撃して、セツナは、なにもいえなかった。エリナがセツナと結婚したいほどの好意を持っていることについては、周知の事実ではあったし、セツナも知っていることではあった。ミレーユが時期尚早ということ以外、疑問ひとつ持たなかったところを見ると、普段から母親に対してもそのように発言しているらしいということもわかる。

 ところが、エリナをもっともよく知る人物であるはずのミリュウは、セツナの首に腕を巻き付けたまま、硬直していた。

「どうした?」

「……お、想わぬ伏兵にやられるところだったわ」

「なにがだよ」

「そうよ……そうだったわ、エリナも……だったわね」

「……そういうことかい」

 セツナは、エリナを見つめながらひとり呼吸を整えるミリュウの反応に肩を竦めるほかなかった。つまり、エリナがセツナに対し、ただならぬ好意を持っているということをすっかり忘れていたということだろう。師弟としての深い絆に結ばれた間柄だというのに、迂闊にもほどがあるだろう。

 などというやりとりをしながら食堂に辿り着いたセツナたちは、思い思いの席に座り、ゲインやミレーユに飲み物の注文をした。食堂において厨房に立つのはゲインの役割だが、ミレーユは、給仕として活躍することが少なくなかった。

「なんにせよ……皆が健康らしいってことがわかってほっとしたな」

「そうね。安心したわ」

 実感の籠もったファリアの発言が自分に向けられたものだということに気づいたのは、彼女のまなざしがまっすぐ、セツナに注がれていたからだ。ファリアだけではない。ミリュウもシーラもエリナも、飲み物を運んでいる最中のミレーユや、厨房のゲインまでもが、セツナに注目していた。

「……皆して心配しすぎだよ」

「そりゃあ心配するに決まってんでしょ」

「セツナが無理をしすぎなのは、皆知ってるからな」

「そうだよ、お兄ちゃん」

「セツナ様の体は、セツナ様おひとりのものではないのですから、どうか無理だけはなさらないで欲しいものです」

「まったくですな」

「……どういうことだか」

 皆が口をそろえて心配してくれることは嬉しいのだが、一方で心配させているのは自分の力のなさ故ではないのかという想いもあり、セツナは、憮然と視線を彷徨わせるほかなかった。

 そして、食堂の出入り口に立っている人物に気づき、目を留める。

「え……?」

 セツナが思わず疑問の声を発したのは、見たこともない美女がそこにいたからだ。


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