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第二百三十六話 天使と魔獣

 先発隊が敵陣に攻撃を加え、離脱した後、状況を見計らって敵陣の西方から側面を衝くというのが、西進軍第二軍団の役割だった。状況とは、第一軍団ことアスタル隊が敵陣正面から攻撃を加えるのと時を同じくして、という程度の意味だろう。だが、この距離では、同時に攻撃するのは難しい。敵軍にこちらの意図が知れ渡ってもいいのなら、音を鳴らし、声を上げることで、ほとんど同時に進撃を開始することもできるだろうが。

 などと、ルウファが考えていたのは、彼が第三軍団ことドルカ隊の先頭集団に在ったからだ。彼はシルフィードフェザーを纏い、敵軍の位置を察知し、距離を測るという役目を負っていた。それだけではない。敵武装召喚師が向かってくれば、相手をしなければならない。召喚武装の能力によっては、一般兵など簡単に蹴散らされるからだ。

 どのような召喚武装が相手でも戦い抜く自身はある。が、勝てるかどうかは別の話だ。召喚武装の相性もある。召喚師の実力も、大いに関係することではあるが。

 そして、敵陣に変化があった。いくつかの部隊が動き出したのだ。こちらの接近に気づいての行動。敵武装召喚師の感知範囲に入ってしまったようだった。ルウファは即刻ドルカに伝令を飛ばすと、周囲の歩兵たちとともに進軍速度を上げた。

 敵部隊とドルカ隊の距離は瞬く間に縮まっていく。その中で、ルウファは敵部隊の先頭を突出するものがいることに気づいた。夜闇の中を疾駆するその人物の無謀さは、召喚武装の力に酔った人間のそれを思わせた。力に頼りすぎている。召喚武装という凶悪な兵器を手にしたが故の暴走。ルウファはそう判断した。

「敵武装召喚師を感知、これより迎撃に当たる!」

 ルウファは周囲に叫ぶと、シルフィードフェザーを展開した。前方に向かって飛び出しながら、マントを翼に変化させる。背後からの応援の声に笑みを浮かべながら、翼で大気を叩いた。一気に加速する。前方、視界には草原が横たわり、頭上の星明かりが十分な照明として機能していた。敵が見えた。相手もこちらの接近を認知している。殺気があった。その後方から敵部隊が迫ってきている。ルウファの背後からはドルカ隊が進んできており、このまま彼が敵武装召喚師とぶつかり合えば、ふたりの戦闘が互いの部隊に影響を及ぼすことは必至だった。だが、ルウファに戦場を選ぶ権利はない。敵武装召喚師が地面を蹴った。急加速し、つぎの瞬間には、ルウファの目の前に敵の姿があった。男は、右腕を大きく振りかぶっている。その動作で、敵の召喚武装が格闘武器だということがわかった。

「やはり天使は敵だったか!」

「天使ってがらじゃないんだけど」

 ルウファは即座に言い返しながら翼で視界を覆った。慣性によって敵に突っ込んでいくが、強烈な衝撃がそれを押し留めた。いや、それどころではない。彼は、翼の防壁を展開したまま、後方へと吹き飛ばされるのを認識していた。中空で翼を広げ、慣性を殺して滞空する。敵武装召喚師は、ルウファを殴りつけた場所に留まっている。会心の手応えが防がれて、納得できていないような態度だった。

 ルウファはその敵を見遣りながらも、男の後に続く敵部隊にも注意を向けていた。何百人かは不明だが、数は、こちらのほうが多いように思える。つまり、敵の武装召喚師が、目の前の男だけならばドルカ隊に勝ち目があるということだ。

 そのためにはまず、あの男をこの場から移動させる必要がある。

 ルウファは地面に降下すると、翼を広げ、拳を構えてみせた。男がこちらに反応する。跳んできた。ルウファは流れるように左へ飛翔し、敵の拳が空振るさまを見届ける。やはり、彼の両手には手甲のようなものが装着されている。黒い手甲。ただの手甲に見えるのだが、だからこそ侮ってはならない。

 召喚武装は単純なものほど、火力が高いという迷信染みた考え方がある。ルウファのシルフィードフェザーのような複雑な機構を有した召喚武装は、能力こそ多様だが、性能はそこまで強くないというのだ。実際、彼のシルフィードフェザーは多機能だし、使い勝手もいいのだが、単純火力で比べればファリアのオーロラストームに遠く及ばないだろう。

 単純といえば、黒き矛カオスブリンガーもそうだった。禍々しく毒々しい形状ではあるが、いうなれば、ただの漆黒の矛なのだ。だが、その攻撃力はシルフィードフェザーの比ではない。もっとも、黒き矛は高性能かつ多機能という、規格外もいいところの召喚武装であり、比べるまでもないのだが。

 そして、彼の打撃を受け止めたシルフィードフェザーの左翼に穴が開けられていたのだ。鉄剣で殴られてもなんともない翼が傷つけられるだけでなく、破壊されたのだ。その威力は推して知るべきであり、まともに喰らっていればルウファは間違いなく即死していただろう。

 翼に穴が空けられたことで、シルフィードフェザーが受ける影響というのは、実に小さなものだ。この状態でも自在に飛ぶことができるし、攻防にも使える。さらに、マントに戻し、再び翼形態に変化させると、翼に空いた穴は塞がっているのだ。攻撃力自体は低いシルフィードフェザーだったが、性能は良好であり、だからこそルウファは愛用しているといってもいい。

「なかなか速いな、おまえ」

 敵武装召喚師がルウファを見て、口の端を歪めた。笑っているのかもしれない。確かに、彼の声色は笑っていた。しかし、表情はいびつなもので、笑顔には到底見えなかった。彼の育った環境がそうさせるのだろう。ザルワーンの武装召喚師は、魔龍窟という劣悪な環境によってのみ育成されるという。

 ルウファは、これほど自分がガンディアで武装召喚術を学んでよかったと思ったことはなかった。が、表情には出さない。翼を一度マントに戻し、手招きする。

「こっちに来なよ、相手になってやる」

「望むところだ!」

 男は、怒声を上げて地面を蹴った。彼の後方からは、ドルカ隊の歩兵が迫ってきている。つまり、ルウファの背後にはザルワーンの兵士たちがいるのだろう。このままでは巻き込まれる。ルウファだけならばいい。敵陣で暴れるだけだ。だが、敵武装召喚を自陣で暴れさせるわけにはいかないのだ。多数の被害が出るに決まっているからだ。

 ルウファは、戦場から離れるように右へと飛翔する。マントを翼へと変え、速度を上げ、敵武装召喚師の猛追をかわしながら流れていく。兵士たちの喚声が聞こえた。両軍が衝突したようだ。盾兵同士がぶつかり合い。弓兵による曲射が飛び交う。まごうことなき戦場を尻目に、ルウファは敵武装召喚師とともに自分たちの戦場へと突き進む。

(よし)

 敵が挑発に乗ってきたことに対して、ルウファは胸中で歓声を上げていた。追いかけてくれなければ困ったところだった。

 移動速度は、ルウファのほうが早い。シルフィードフェザーが空を飛べるからだ。敵武装召喚師は地を駆けるしかない。脚力に任せて跳躍しても、追いつけないくらいの速度は余裕で保つことができた。そして、戦場を大きく離れた地点に到達すると、敵に向き直り、大袈裟に着地してみせる。敵は、なにごとかと警戒し、跳びかかっては来なかった。

「俺はガンディア王立親衛隊《獅子の尾》副長ルウファ・ゼノン=バルガザール。このシルフィードフェザーとともに、あんたの相手を務めよう」

 ルウファは、翼を広げ、無手で構えながら告げた。遠方で敵と味方がぶつかり合っている。激しい戦いだ。できるならこの戦闘を早く終わらせ、援護に向かいたいところだが、そう簡単にはいかないだろう。

「長い名前だな。俺はザイン=ヴリディア。魔龍窟の武装召喚師だ。これは魔竜公まりゅうこう。おまえを殺す武器の名だ」

 名乗ると、彼は構えた手甲を見せつけるようにして、飛びかかってきた。

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