第二千三百六十八話 結果発表
「それでは、第一回大健康診断大会の結果発表を行わせて頂きますが、皆様、覚悟のほどはよろしいですね?」
健康診断を終え、舞台上に戻ったレムがいつもの調子で進行を続ける様を目の当たりにして、セツナは、まず一安心した。健康診断を受けることに拒絶感を隠せなかった彼女だ。強引に受けさせたはいいが、その結果、彼女が気分を悪くしたりしないか、多少なりとも不安を覚えずにはいられなかった。
だが、だからといって、レムだけ健康診断を受けさせないわけにはいかない。この大健康診断大会は、方舟での長旅とこれからの戦いのために必要不可欠なものであり、定期的に行っていく予定ということなのだ。皆の健康状態を把握することは、確かに大事だったし、旅を続ける上でも、戦いを行う上でも重要だった。そうである以上、レムだけ特別扱いをするわけにはいかないのだ。
故に、たとえレムの機嫌が悪くなろうが、受けさせる必要があった。
もっとも、健康診断を終えたレムは、むしろさっきよりも元気になっている様子であり、セツナは杞憂に終わったことに安堵したものだ。
「覚悟ってなんだよ」
「そもそも結果発表ってなに?」
「そうね、それは気になるわ」
「これより発表させて頂くのは、マユリ様の独断と偏見に基づく健康力の順位にございます!」
レムが舞台の後方を指し示すと、虚空に映写光幕が展開した。空中に浮かぶ光の幕の中には、第一回大健康診断大会という意味の文字が映し出されており、そこに一位から十一位までの順位表が並んでいる。名前は伏せられており、司会進行役のレムの発表に合わせて表示するように仕組まれているのだろう。無論、レムがマユリ神と打ち合わせして作り出した仕組みなのだろうが。
「健康力……?」
「また新しい言葉を造って……」
シーラとミリュウが呆れる傍ら、セツナも憮然とした。
「独断と偏見っておい」
「まあ、いいじゃない。マユリ様が全員を診たんだもの。間違いはないと想うわ」
「そりゃあそうだろうが……」
セツナは、ファリアに諭されて、渋々肯定した。確かに彼女のいうとおりではあるだろう。独断と偏見とはいうものの、女神マユリの判断が間違っているとは考えにくい。
「そうそう、ここはお祭り気分で楽しみましょうぜ、大将」
「おまえ、性格変わってないか?」
「どこがですか」
「なんか、随分と楽観的になったような……」
「気のせいですよ、大将」
「そうかねえ」
セツナは、エスクの気楽な返事に目を細めた。彼の性格が変わったように思えるのは、彼が人前でもネミアを大切にしている様子がわかるからかもしれない。そして、ネミアがそんな彼にべた惚れだということを隠そうともしない様子もまた、エスク=ソーマという人間への評価を変えざるを得ない事情なのではないか。レミルも、エスクへの好意や愛情を隠さなかったものの、ネミアほど熱烈なものではなかった。レミルには、奥ゆかしさがあったのだ。エスクも、そんなレミルへの愛情を隠しこそしなかったが、おおっぴらにはしなかった。つまり、相手に合わせていると考えるべきなのかもしれない。
「最下位となる第十一位から発表させて頂きます! 第十一位は、こちら!」
映写光幕上の順位表がきらきらと輝き出したかと想うと、十一位の欄に名前が表示された。
「エスク=ソーマ様でございます!」
「俺かよ!?」
「ははは、残念だったな、我が下僕よ」
「なに勝ち誇ってんですか」
「楽しめといったのはどこのどいつだ?」
「いやいや……」
エスクが十一位に選ばれた理由は、女神にいわせれば不摂生の極みだからだということであり、その場にいるだれもがうなずいたものだ。ネミアですら、エスクへのそんな評価にはうなずかざるを得なかったらしく、エスクは、だれひとり味方のいない空間に絶望的な顔をしたのだった。
その後、なにげに意気消沈するエスクをネミアが宥める様は、長年寄り添った夫婦のような睦まじさではあった。
そこから、立て続けに順位が発表されていった。第十位はダルクス。彼の場合、常に召喚武装を纏っていることが不健康の原因だった。かといってその鎧をセツナたちの前で脱ぐつもりはないらしい。脱がなくとも問題がないというのであれば、なにもいうことはない。
第九位にゲイン=リジュールが選ばれた理由は、彼が、自分の仕事に熱心なあまり、休むことなく働き続けているから、ということだった。ゲインの仕事は、食事を作ることだけではない。食料の管理や、船内農場での農業、馬の世話までもが彼の役割となっている。馬の世話に関してはミレーユも手伝っているし、手の空いたものが手伝うこともあるのだが、大半は、ゲインが単独で行っている。それくらい、仕事熱心なのだ。
彼は健康診断の際、セツナ同様、女神に疲労を癒やしてもらったらしいが、しっかりと休養を取るようにと忠告されてもいるようだ。
第八位にはネミア=ウィーズの名前が表示された。エスクの不摂生に付き合った結果らしいが、ネミアは別になんとも想っていないようだった。むしろ、エスクのことばかり心配しているようだ。当然といえば当然かもしれないが。
「第七位は、セツナ=カミヤ様でございます!」
レムの発表とともに順位表に表示された自分の名前を見て、セツナは、腕組みをした。
「ははは、第七位とはなんともいいようのない順位でございますな」
「黙れ最下位。不健康野郎」
「ひでえ」
「まあ、七位でも、最下位よりはましでしょ」
「そうねえ……あれだけ無茶をしてこの順位なら、なんの文句もないでしょう」
「本当にな……」
セツナは、ミリュウとファリアの気遣われている事実にこそ憮然となりながらも、ファリアのいうとおりだとも想った。マユリ神にあれだけのことをいわれながら、この順位というのは、少しばかり信じられなかった。
第六位はシーラだ。十一人中のちょうど真ん中ということもあり、彼女は満足げだった。実際問題、六位ともなれば健康的にはなんの問題もないということであり、女神からも健康優良児のお墨付きが出ていた。確かに彼女は健康そのものだったし、常に元気だった。
第五位にファリア、第四位にミリュウがそれぞれ入った。どちらも健康そのものらしく、普段から健康に気を遣っていることが順位になって顕れているとのことだ。
「残すところは上位三名となりましたが、皆様、これまでの結果はいかがでございましたか? ご自分の順位を把握し、今後の健康管理にお役立てくださいますよう、お願い致します」
レムが告げると、席上の皆は口々に自分の順位に関する感想を述べた。やれ、納得できない、だの、やれ、順当、だの、なんだの、と、それぞれ言いたい放題だった。そういった喧噪が収まれば、ようやく、レムが順位発表を進行する。
「それでは、上位三名を同時に発表させて頂きます! どうぞ!」
レムが映写光幕を指し示せば、映写光幕内の順位表が燦然と輝き、三位、二位、一位の欄につぎつぎと名前が表示されていった。第三位にはミレーユ=カローヌの名前が表示されると、第二位にはエリナ=カローヌが、そして第一位にはレムの名が輝いた。
「第一位はなんと、司会進行役を務めさせて頂いておりますわたくし、レムでございました!」
「ただの茶番じゃねえか!」
セツナの叫び声は、しかし、満面の笑みを浮かべるレムにはまったく効果がなかった。
閃光とともに空砲が鳴り響き、紙吹雪が舞い踊る。
レムの健康力第一位を祝福する光と紙吹雪の乱舞は、その場にいるだれもがしらけるまで続いた。