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第二千三百五十一話 エスクについて(二)


「なんだ、俺とやり合いたいってんなら、最初からそういってくださいよ、大将」

 彼は、腰に帯びた柄に手を触れると、その獰猛なまでの笑みでセツナを見つめてきた。かつて“剣魔”と謳われた凄腕の剣士は、ただ剣の柄に手を触れさせるだけで凄まじい闘気を発していた。実際に、目で見えるわけではない。肌で感じるのだ。全身総毛立つ。それほどまでの気配。セツナが思わず後退り仕掛けるほどの闘気は、彼がいまこの瞬間、本気でセツナと戦いたがっていることの証明だ。

 訓練室内、光の障壁で仕切られた空間の中。光の障壁は、強力な防御障壁であり、低出力の“破壊光線”ならば打ち抜くこともできないくらいには頑丈だった。衝撃や熱、冷気などを吸収し、その力を変換、船の動力に回すという機能も持つ。ただし、その変換した力だけで船を飛ばせられるほど甘くはない。飽くまで、船の動力の一部に加えられる程度に過ぎないのだという。

「俺だって、あのとき、あなたに負けた借りを返したくて仕方がないんですから」

「そうかい」

 セツナは、エスクが本心からそういっていることを知りながら、頭を振った。

「けどまあ、俺の目的は、おまえとの再戦じゃあないよ、エスク」

「えええ?」

 途端にエスクは残念そうな顔になる。彼の気持ちは痛いほどわかるが、セツナがエスクと全力で戦う意味がないのもまた、事実だ。鍛錬になるという意味はあっても、殺し合うほど本気になってぶつかる意義は薄い。そんなことをして、彼に怪我をさせるわけにはいかないのだ。

 いくら回復手段があるとはいえ、だ。

「おまえがどれだけ戦えるのか、知っておきたいんだ」

「……それ、あのときのじゃあ、物足りないんです?」

「ああ。あのときは、おまえの持ちうるすべてを見れなかったからな」

「全力でしたよ、俺」

「そういう意味じゃないよ」

 セツナは、あのときのエスクが全身全霊で彼に戦いを挑み、殺意さえ全開だったことは百も承知だ。危うく殺されかけてさえいる。虚空砲の威力次第では、死んでいたかもしれないのだ。メイルオブドーターの翅を貫通する衝撃波の直撃を食らって、生きていたことは幸運でしかない。

「おまえのソードケイン以外の攻撃手段について知りたいのさ」

「これ以外の攻撃手段ですか」

 彼は残念そうにいいながら、ソードケインを手に取った。短杖そのものであるそれは、以前、どこかの戦いでエスクが戦利品として手に入れた召喚武装だ。先端から発生させた光の刃を自由自在に伸長させるだけでなく、変形させることもできるため、彼はソードケインを手に入れたことで、以前にもまして悪魔の如き剣技の冴えを見せるようになった。

 実際、ソードケインを手にしたエスクを敵に回せば、厄介なことこの上ないのは事実だ。ニアフェロウの戦いでは、戦う相手がセツナひとりだったから良かったものの、もし、セツナ以外の味方がいたならば、どこまでも高速で伸び続ける光の刃によって、多数の犠牲者が出ていた可能性が高い。そういう意味でも、セツナが真っ先に飛び込んでいったのは正解だったのだ。

 エスクは、セツナの危険性を理解している。彼ならば、セツナに攻撃を集中するということはわかりきっていた。エスクの注意さえ引いておけば、あとは、シャルロットたちがどうとでもするだろう。セツナの思惑は当たった。実際、その通りになったのだ。

「虚空砲だったか」

 セツナが告げると、彼は左腕を掲げるなり、おもむろに力を込めた。すると、セツナの頭上を突風が駆け抜けていき、強烈な激突音が響いた。エスクが発射した衝撃波が、後方上部の光壁に直撃したのだろう。瞬間的な出来事にセツナは目を細めた。不意打ちだ。セツナすら反応できないほどの速度。相手が戦闘態勢でなければ、それだけで撃破できるのではないか。

「かっこいいでしょ。俺が自分で名付けたんです」

「名前はどうでもいいが」

「どうでもよくはないっしょ!? 大将だって、カオスブリンガーだとかなんとか名前つけてるじゃないっすか!」

「で、そのかっこいい虚空砲ってのは、いったいなんなんだ?」

 セツナが本題に踏み込むと、彼は左手をぶらぶらさせながら小首を傾げて見せてきた。

「さあ?」

「さあ……っておい」

「あるとき、突然、無意識に使ったものでしてね。それから試行錯誤した結果、こう……」

 エスクが、掲げたままの左腕を左に向かってゆっくりと旋回させるようにしながら、衝撃波をつぎつぎと発射していく。見えざる力の波動は、大気を貫くことで唸りを上げ、光壁に激突した際の轟音でその威力と範囲を示す。威力も範囲もある上、かなりの連発が可能ということがわかる。

「威力も範囲もある程度制御できるようになったわけでしてね」

「どう考えても人間の力じゃあないぞ」

「そりゃその通りなんですが、俺は、人間ですよ?」

 彼は、不服だといわんばかりに主張してきたが、セツナとしてはそんなことをできるものを人間とは数えたくなかった。いや、彼の気持ちはわかるし、人間だということも理解している。しかし、だ。召喚武装もなく、召喚武装の能力の如く衝撃波を発射するなど、普通ありえる話ではない。

 戦竜呼法と呼ばれる技術、技能がある。それは、竜属特有の呼吸法を再現した技術なのだが、それによって得られるのは、身体能力、動体視力、反射神経などの強化であり、あくまで人間の範疇に収まっている。もちろん、それができるかできないかで大きく異なるとはいえ、だ。たやすく衝撃波を発生させるわけではないのだ。

 ましてや、エスクは、戦竜呼法を使えるわけではない。

 使えたからといって、手を翳して衝撃波を発生させることなどできるわけもないのだが。

「わかってる。んなもん」

「でも、まあ、生きてるのが不思議なくらいですからね、俺」

「ん……?」

 彼が適当に光刃を発生させたソードケインを振り回す様を見つめながら、セツナは怪訝な顔になった。エスクの口調が極めて

「最終戦争のこと、覚えてます?」

「……忘れるもんかよ」

「俺、あのとき、死にかけてたんですよ。厳密に言えばあのときじゃなくて、あのあと、なんですがね」

 彼は、どこか遠くを見るようなまなざしで苦笑した。彼がなにを思い出して苦い顔をしたのかは、すぐに判明する。彼が手を止め、話してくれたからだ。

「あのまま海の藻屑となって死んでいてもおかしくなかった。だって、俺の左腕はちぎれて、下半身もなくなっていたんですからね」

「それ、本当なのか?」

 彼の想わぬ発言に、さすがのセツナも驚いた。

「俺の記憶違いじゃなけりゃあ、ね」

 エスクは、ソードケインを帯の間に突っ込むと、右手で左腕を摩るようにしながら、下半身を見下ろした。苦痛に歪む顔面は、そのときの痛みを思い出しているからなのか、どうか。

「そして、あの痛みは忘れようがない。よって、記憶違いなんかじゃあないんです。生きているのがおかしい。死んでいなきゃ、おかしいんすよ、俺」

「……エスク」

「レミルもドーリンも逝ったってのに、なんで俺だけ……ずっと、そう想って生きてきた……」

 彼は、痛恨の気持ちを隠さず、いった。常に彼に寄り添っていたレミル=フォークレイだけでなく、悪態をつき合う間柄だったドーリン=ノーグもまた、彼にとっては心の支えだったのだろう。そのふたりや、それ以外の数多くの部下を失ったことが彼にとってどれだけ苦痛だったのか、想像に余りある。

 彼の立場になって考えても見よ。その瞬間、セツナは絶望の余り、未来を見ることさえ止めてしまうかもしれない。

 エスクのように、目の前で愛しいひとや仲間を失うことは、身を切られる以上に辛いことだ。自分自身を斬られるのはまだいい。肉体的な苦痛に耐えればいいだけのことだ。しかし、愛するひとたちを失うということは、耐え難い。

 想像するだけで、セツナは気が狂いそうになる。

「でも、生きてきて良かった。こうしてあなたに逢えたのだから」

「……そういってくれると、嬉しいよ」

「本心ですぜ、大将」

 彼は、はにかんでいった。そこには他意も邪気もない。屈託のない、心の底からの本音。だからこそ、彼には照れくさいのだ。普段、悪態ばかりをついているような彼には、素直になるということが極めて恥ずかしいことに違いなかった。

 そんなエスクだからこそ、シーラだって受け入れるのだろう。


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