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第二千三百五十話 エスクについて(一)

 帝都シウェルエンドからビノゾンカナンまでは、かなりの距離があった。

 馬を飛ばしても十数日はかかるだろうし、召喚車を運用しても数日はかかる。方舟でさえ、二日は必要な計算であり、その間、セツナは、エスクとネミアに船での生活に慣れてもらうため、いろいろと船内を案内したりして時間を潰した。

 ビノゾンカナン救援のため、船には食料を始めとする物資のほか、多くの調理人と軍医が乗り込んでいる。現地の調理人、医師だけでは手が回らない状況になっているかもしれないからだ。常に最悪の場合を装丁して行動しておくというのは、極めて合理的な判断だろう。

 ただし、戦力に追加はない。

 セツナたちは、西帝国軍の同盟者であり、西帝国軍の将兵と行動をともにすることは基本的にはない、ということのようだ。セツナたちとしても、そのほうが動きやすく、ありがたいとさえ想っていた。敵の戦力に余程のことがないかぎり、セツナたちだけで十二分に対処できるだろう。事実、北方戦線ではセツナたちだけでどうとでもなったのだ。

 もし、セツナたちだけでどうにもならないような状況が訪れるのであれば、西と東で拮抗状態が長期間に渡って維持されるのはおかしな話だ。互いに、特筆するべき戦力を有していることになる。しかし、ニーウェハインやニーナの話を聞く限り、そのような戦力を有している可能性はない。東帝国が秘密兵器的になにか脅威的な戦力を隠し持っている可能性さえ、ない。

 そんなものを持っているのなら、拮抗状態の維持に全力を注いだりはすまい。

 いや、それこそ、ラーゼン=ウルクナクトが秘密兵器だったのだ。だからこそ、東帝国は北方戦線の拮抗を打破し、勢いを得た。その勢いに乗じて、南方戦線の膠着状態を打破しようと試みたのが、このたびのビノゾンカナン攻略作戦に違いない。

 その地形を最大限に利用した攻略作戦も、セツナたちが急行することで台無しになるのだが、だからといって可哀想とは想わない。セツナは、ニーウェハインの、西ザイオン帝国の同盟者なのであり、西帝国に徒なすものを哀れむ道理など持ち合わせていないのだ。

「御大将みずから船内を案内してくださるのは光栄にして恐悦至極なのでございますがね」

 エスクは、方舟中層の通路を我が物顔で歩きながら、おどけたようにいってくる。彼が慇懃無礼なのは昔からだったし、それが忠誠心の低さに基づく態度ではないことくらい、セツナもわかりきっている。照れ屋なのだ、彼は。だからそうやって自分の本心を隠そうとする。

「既に勝手知ったる我が家な気分なのですな、これが」

「そうだろうとも」

 セツナは、エスクが彼を気遣ってくれていることを察しながらも先を歩いていた。エスクが勝手知ったるといったのは、半分は事実だろう。ニアフェロウからシウェルエンドへの移動中、エスクと“雲の門”の構成員たちが不便しないよう、ファリアたちが率先して各種設備の場所や使い方を説明しているからだ。

 未知の、人知を越えた技術の結晶であるネア・ガンディアの飛翔船は、セツナたちの女神マユリの手が加わり、さらなる変化を遂げているのだ。ある程度の説明を受けなければ混乱するばかりだろう。

 とはいえ、セツナは、彼にまだ紹介していない施設があるため、また、彼と再び主従の契りを結んだことを祝するようにして、ある場所へ向かっていた。

「大将は、ファリア殿やミリュウ殿と一緒にいてやってくださいよ」

「いつも一緒にいるさ」

「いやあ、よくもまあ恥ずかしげもなく言い切れるもんです」

「恥ずかしいことじゃあないからな。それともなにか、エスク」

 セツナは、胸を張って告げると、彼を振り返った。エスクは、一瞬、虚を突かれたような顔を見せた。

「おまえは、ネミアさんと一緒にいることが恥ずかしいのか?」

「あまり、ひとには見られたくありませんな」

「どうして?」

「そりゃあ……まあ……その……」

 急にしどろもどろになったエスクの様子に愛嬌を感じたのだが、それは、セツナにとってほとんど初めての経験に近い。基本的にエスクには愛嬌を感じることなどないのだ。

「俺にだって、いろいろあるのです……」

「ああ、そうだな」

 それ以上は突っ込んで聞くのは止めて、目的地へと足を向けた。


「ここは?」

 セツナがエスクを連れてきたのは、船内唯一の訓練室だ。

「訓練室だ。船の旅は、地上の旅と違って、道中休んでは訓練なんてわけにはいかないからな。ここで、思い切り運動して、体を鍛えてる。俺も、皆もな」

 現在、訓練室内にはセツナとエスクを除いてだれもいなかった。

「船は頑丈だ。召喚武装を用いた訓練だって問題なく行える。ま、さすがに黒き矛の最大出力なんて叩き込んだら大穴が開くだろうがな」

 試したわけではないが、マユリ神が常に船全体を保護でもしていない限り、黒き矛の全力でなくとも壁や床に大穴が開くのは間違いない。そのため、セツナは、黒き矛を用いての全力での訓練は行えなかったが、それはむしろ当然のことであり、昔からそうだった。黒き矛を用い、全力を注ぎ込んで振り回すような訓練など、行えるはずもない。周囲にだれもいない広大な空間であればまだしも、訓練が行える場所など、そうではないことのほうが多い。地形を破壊するだけならばまだしも、無関係な他人を巻き込む可能性のあるような鍛錬など行えるわけもないのだ。

 そも、鍛錬で全力を出す意味はない。

 鍛錬とは心身を鍛え上げることが目的であり、黒き矛の限界に挑戦することではない。

 もちろん、黒き矛や眷属を召喚し、その維持による肉体、精神への負荷そのものが純粋な鍛錬になるため、召喚そのものを行わないわけではない。方舟を破壊したりしないよう加減することもまた、出力の調整を体に覚えさせるための訓練にもなる。

 とはいえ、だ。限界に挑戦しないことには、黒き矛の使い手としての成長を望めるはずもない上、黒き矛の力の全容を把握することもできない。そのため、鍛錬において全力を出すことはなくとも、別の機会に全身全霊の力を込めて黒き矛の力を引き出すことに挑戦したりしている。それによって周囲に害が及ばないように細心の注意を払う必要もあれば、場所を選ぶ必要もあり、おいそれと挑戦できることではないが、黒き矛の使い手としては継続的に行わなければならないことだろう。いずれ、黒き矛の力を使いこなすことが、セツナの大目標なのだ。

 それこそ、この果てしなき戦いの勝利の鍵となる。

「広々とした空間ですな。器材もいろいろとあるようだ」

 エスクは室内を見回して、いった。方舟に元々設置されていたものだが、筋肉を鍛え上げるための様々な器材が広い訓練室の各所に配置されている。未知の技術で造られた訓練器具も少なくはない。中でも、幻影投写機構は、様々な条件を設定し、実戦的な訓練を行うことができるため、セツナを含め、戦闘要員には極めて好評だった。

 セツナは、それらを説明するのは後にして、訓練室の一角まで移動した。壁際の一角。その壁際に幻影投写機構のような機材が設置されており、その機材を操作することで、障壁を展開することができた。

「まあ、俺をここに連れてきたのは、ただ案内するためではなさそうですが」

 エスクがセツナについてきて、周囲四方に走る床の窪みを乗り越えたのを見計らって、彼は機材を操作した。瞬間、エスクの背後に薄い光の壁が出現する。背後だけではない。光の壁は、セツナたちの四方を覆い尽くした。

「なんです、これ?」

「これなら、心置きなく戦えるだろ?」

 セツナがにやりとすると、エスクは、少し間をおいて、いつも以上に狂暴な笑みを浮かべた。



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