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第二百三十四話 戦火

「なんだあれは!」

「東を見ろ、燃えているぞ!」

 兵士のだれかが叫んだときには、クルードは東の闇を焼く炎を目撃していた。黒き矛の追撃部隊が罠にかかったのだろうということは即座に把握したし、炎上の規模から、なにかしら大掛かりな罠でも仕掛けられていたのは間違いない。あるいは、炎を使う武装召喚師が待ち受けていたのかもしれないし、黒き矛の能力にそういうものがあるのかもしれなかった。いずれにせよ、ミリュウは火中にいるのだろうし、無事かどうかはここからではわからない。彼女のことだ、なんとか切り抜けてくれているはずなのだが。

「罠にかかったんだ」

「ほれ見ろ、いわんこっちゃない!」

「だが、黒き矛は放置できなかっただろ!」

 部隊長や兵士たちが口々に喚くが、クルードは彼らに構っている余裕はなかった。ミリュウたちに救援の部隊を差し向けたいところだが、それも出来る状況ではない。敵軍はこちらの居場所を把握しているのだ。黒き矛による囮作戦の成功は、東の空に立ち上る炎によって全軍に知れ渡っているはずだ。敵軍が動き出したのは間違いないことであり、クルードたちは敵襲に対応しなければならなかった。

 幸い、陣形の再構築はほとんど済んでいる。クルードは最前列の中心からやや左寄りに位置し、右寄りにはザインが布陣している。離れているのは、そうすることで索敵範囲を広げようという意図があったからだ。ふたりの立ち位置が両端ではないのも、中央への攻撃も忘れてはならないからに他ならない。敵軍は、いつ、どこから攻め寄せてくるかわからないのだ。さっきのように、突如として突撃してくる可能性だって捨てきれない。

(同じ手を二度、使うか?)

 クルードは考えるのだが、答えは、ザインの部隊が動き出したことでわかった。ザインの部隊が勝手に動くということはない。ザインが敵軍の接近に反応して動いたに違いなかった。クルードはザイン配下の部隊には、ザインの動きに合わせて行動しろと言い含めてあるのだ。ザインには部隊の指揮などはできないだろう。彼の武装召喚師としての実力は申し分ないが、指揮官としての訓練を受けたわけではない。

(俺も同じだが……)

 自嘲とともに、クルードはザイン部隊の動向を見ていた。陣形を飛び出したザインに合わせて、複数の部隊が追従していっているのが彼の位置からもわかる。五百人、ザインの配下につけている。その全員が一気に動き出したため、扇型陣はわけもなく崩れ去ったが、前列だけは後方から出てきた兵士たちが埋め合わせていった。

 この時点で、扇型陣を構成するのは、千人ほどになってしまっている。黒き矛の襲撃で百人以上が死に、追撃に出るミリュウに三百人の騎馬兵をつけていた。その三百人は、黒き矛を封殺するための生贄のようなものだ。無駄にはなるまい。ともかく、これで四百人。そしていま、ザインとともに五百人が本陣を離れた。敵の数は不明だが、敵に武装召喚師がいない限りザイン部隊が勝利を得るだろう。ザインが敵兵の殆どを殺してくれるはずだ。

 クルードは、ザイン部隊が喚声を上げながら突撃していくのを見届けると、今度は自分の番かと前方に向き直った。ほぼ真正面。敵部隊が、弓の届かないほどの距離まで迫っていた。騎馬隊。突撃してくるかと思いきや、移動を始めた。戦闘を前に陣形を整えているのかもしれない。

「前方に敵軍を発見! 全軍、戦闘準備!」

 クルードが声を張り上げると、周囲で気持ちいいくらいの喚声が上がった。一気に熱が高まり、高揚感がクルードさえも包む。戦闘が始まる。いや、とっくに始まっていたはずなのだが、動的なものではなかった。受動的であり、静的な戦いだったのが、急展開を迎えたのだ。

「これより敵軍を打ち破る! 進軍せよ!」

 クルードの号令に、本陣そのものが動き出した。扇形陣は防御型の陣形ではあったが、いまさら受けに回っている場合ではなかった。既に敵軍の攻撃を受け、部隊が複数に分散されてしまっている。そこで、クルードは敵の狙いが戦力の分散だということに気づいたが、もはやどうにもならないところまで来ていることも把握していた。いまさら戦力を纏めることはかなわない。そして、戦力をまとめたからといって、状況が好転するとは限らない。逆も同じだ。分散したからといって敵が有利かというと、そうではない。なんといっても、こちらには三人の武装召喚師がおり、分散された部隊にひとりずつ配置されていた。敵武装召喚師の数はふたり以上。ふたりならば、こちらが数で上回る。黒き矛はミリュウが封殺すること間違いない。勝機はある。

 そのとき、一条の雷光が彼の視界を焼き、兵士の悲鳴がクルードの耳に突き刺さった。左前方、盾兵が吹き飛ばされていた。

「なんだ!?」

「ぶ、武装召喚師か!」

 兵士たちの慌てふためくさまに苦笑を浮かべながら、クルードは、自分の迂闊さを呪った。敵騎馬隊が弓の射程範囲外で進軍を停止した時点で気づくべきだったのだ。敵騎馬隊が停止したのは、こちらとの距離を正確に把握できる人物がそこにいたからだ。夜目が利く、というだけでは説明がつかない距離感。召喚武装による五感強化によるもの。武装召喚師。

 恐らく、黒き矛、天使に続く三人目の。

「全軍、俺に続け!」

 クルードは槍を掲げて叫ぶと、兵士の反応を待たずに駈け出した。



「おー、盛大に燃えとるのう!」

 ドルカ=フォームは、遥か東を見てつぶやいた。敵陣の西側に向かう最中であり、後方を確認したときに目撃したのだ。夜の闇に閉ざされていたはずの東方が、赤々と燃え上がっている。自然火災などではないのは明白であり、なにものかの作為によるものだ。そのなにものかというのはドルカのよく知る同僚であり、彼よりも余程女性兵に人気のあるエイン=ラジャール軍団長に相違ない。

「敵部隊の誘引に成功したようですね」

 ニナ=セントールが馬を寄せてきた。ドルカの周囲では、彼の大声によって東の火災に気づいた兵士たちが。エインの作戦成功に歓声を上げている。

 黒き矛のセツナの強襲と撤退によって敵部隊を少しでも引きつけ、指定地点まで誘い込む。指定地点を炎上させることで追跡してきた敵部隊を一網打尽にするというのが、エインの計略だった。自軍の被害をできるだけ少なく減らし、敵軍の損害をできるだけ大きく与える。そのために黒き矛を餌に使うという発想は、ドルカにはなかった。

 ドルカなら、セツナを敵陣に突っ込ませて戦わせ、他の部隊によって残敵を掃討するというのが関の山だし、そのほうが効率的だと考えていた。しかしそれは、敵軍に武装召喚師がいないという前提で成り立つ作戦だ。敵軍に武装召喚師がいた場合、セツナひとりに任せるのは危険かもしれないのだ。

「さすがはカミヤ殿。敵も放ってはおけなかったか」

「黒き矛を放置するということは、常に死の恐怖を意識しなければならないと同義ですから」

「よーく、知ってる! あれは怖い。怖いなんてもんじゃない」

 ドルカは、背筋が凍るような感覚を思い出して、頭を振った。実際、死にかけたのだ。いま生きているのが不思議なほどだ。だが、生き延び、こうして部隊の指揮官という立場につくことができたのもまた、黒き矛のセツナという人物の活躍のおかげでもあった。祖国は失われ、状況は一変したが、そう悪いものでもない。ガンディアを憎悪する必要もない。能力次第ではさらに上に行ける可能性がある。ログナー時代には考えられなかったことだ。

「敵部隊がどれくらい誘引できたのかが気になりますが」

「なに、そのうちわかる。こっちもこっちでやることをやらなきゃな」

 ドルカは前方に視線を戻した。セツナが敵をどれだけ誘引できたのかなど、気にしていても仕方がない。ドルカ隊にはドルカ隊の使命があり、それに全力で当たるだけなのだ。

 部隊の先頭にはルウファ・ゼノン=バルガザールがいるはずだ。武装召喚師たる彼は、今日一日中酷使されっぱなしだったが、文句ひとつこぼしたところを見たことがなかった。さすがは名門バルガザール家の出身というべきだろうか。気品のある容姿に礼に適った挙措動作などを見る限り、そういう評価も的はずれではない。

 しかし、彼は名門出身ということを感じさせない青年だった。武装召喚師を目指したという時点で、普通ではない。一般市民ですら武装召喚師を目指そうなどは思うまい。武装召喚師になるまでにどれほどの時間と費用、労力がかかるのか。肉体を鍛え、さらに知識も取り込んでいかなければならない。軍人になるよりも遥かに高い壁が存在しており、だからこそ、武装召喚術は流行らないのだ。武装召喚術が簡単に覚えることができ、たやすく扱えるというのなら、ドルカだって学んだだろう。しかし、そういうものではないのだ。ドルカの周囲にはウェイン・ベルセイン=テウロスという天才がいたが、彼は例外中の例外だ。だれもが彼のように武装召喚師になれるわけではない。

 ルウファは現在、第二軍団の先頭に立ち、敵軍との距離を測ってくれている。武装召喚師は夜目が利く。夜目だけではない。聴覚も、嗅覚も、常人以上のものとなり得る。それは五感の強化、感覚の肥大などと呼ばれ召喚武装の副作用だ。グラード=クライド曰く、召喚武装の力を御せなければ、感覚の肥大に酔い、自分を見失ってしまうこともあるという。

 ドルカには、それがどういったものなのか感覚としてまったくわからないのだが。

 ともかく、西進軍第二軍団・通称ドルカ隊は、敵陣側面を目指して進軍中だった。

「敵陣に動きあり! こちらに向かってくる部隊があるとのこと!」

 前列から飛び込んできた報告に、ドルカはニナと目を合わせた。

 間もなく、戦闘が始まるだろう。

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