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第二千三百四十七話 大馬鹿者

 セツナたちがようやく北方都市群を離れることとなったのは、大陸暦五百六年六月五日のことだった。

 北方都市群の安全が確保されたことにより、剣武卿シャルロット=モルガーナより帝都シウェルエンドに戻るように指示を受けたのだ。その際、シャルロットから皇帝への報告書を手渡されている。その報告書には、このたびの北方戦線における戦果が克明に記されているということであり、セツナたちの活躍に関しても徹底的に触れているとの話だった。

『あなたがたの活躍あってこその大勝利であり、安全の確保です。陛下には、皆様に多大な恩賞を賜りますようお願い申し上げておきましたよ』

 などと冗談めかしていってきたシャルロットの笑顔は、いつになく素敵だった。北方戦線の安全の確保は、彼女にとって最大の懸案事項だったようだ。東帝国軍の援軍を潰し、再侵攻作戦を台無しにしたことは、彼女の不安を吹き飛ばすことだったのだ。

『セツナ殿や皆様方の協力があれば、東帝国を打倒するのも時間の問題だと確信しました』

 とも、彼女はいった。それは、彼女による最大の賛辞といっていいのではないか。

 セツナは、しばらく北方に残るというシャルロットと握手を交わし、健闘を願い合った。

 その間、ミリュウたちがセツナをじっと見つめてきたのはいうまでもない。

 

 ニアフェロウを発進した船は、まず、ニアズーキを目指した。

 光武卿ランスロット=ガーランドを拾うためだ。ランスロットは、このたび、セツナたちの監視役としてついてきたのであり、北方都市群における任務が無事に完了した以上、セツナたちとともに帝都に戻る必要があった。ニアズーキでの彼は、特にやることもなく、手持ちぶさたにしていて、セツナたちを待ちわびていた。

「置いて行かれたのではないかと心配しましたが、来てくれて良かった」

 彼はいつものように軽い口調でセツナを迎え、船に乗った。

「おやまあ、これは随分と大所帯になりましたな」

 方舟に乗ったランスロットは、まず乗船人数が大幅に増えていることに驚いていた。

「いろいろあったんだよ」

「いやまあそりゃあそうでしょうけど……信用できる相手なんです?」

「まあ、エスクが信用してるんだ。俺も信じるだけのことさ」

「……西帝国に不利益をもたらさないのなら、なんでも構いませんが」

 ランスロットは、不承不承といった様子で、“雲の門”の連中を受け入れることにしたようだ。

 そうなのだ。方舟ウルクナクト号には、エスクに加え、“雲の門”の頭領ネミア=ウィードを始めとする百名ほどが乗船することになり、船は、一気に大所帯になっていた。方舟は、広く、大きい。乗船人数が百名程度増員したところでなんということもないのだが、それにしても増えすぎだ、と、ミリュウなどは眉を顰めたものだ。

 ミリュウにしてみれば、昔なじみのエスクはともかく、どこの馬の骨ともわからない“雲の門”の連中と船での生活をともにしなければならないのは苦痛かもしれず、彼女の精神安定のため、セツナはいつも以上に気遣い、彼女の側にいてやることにした。

“雲の門”は、男だらけの集団ではない。が、大半が荒くれ者としか思えないような外見のむさい男ばかりであり、船内の雰囲気が一気に変わってしまったものだから、ミリュウが機嫌を損ねるのも無理のない話だった。もちろん、“雲の門”の構成員に非があるわけではない。彼らをセツナの傘下にいれたのは、セツナ自身であり、傘下に入れた以上は、ある程度の面倒は見なければならないのは当然の話だ。少なくとも、ニアフェロウに放置するわけにはいかないだろう。

「大将、ミリュウ殿が不機嫌な理由、わかってますよね?」

 シウェルエンドへの飛行中、セツナに囁いてきたのはエスクだ。

「そりゃあまあ」

「ミリュウ殿はただでさえ人見知りなんだ。こんな状況、受け入れられるわけがない。俺たちだって、最初はそうだった」

 俺たちというのは、無論、“雲の門”のことではない。彼が率いたシドニア戦技隊のことだ。シドニア戦技隊の面々も、当初は、ミリュウに受け入れられていなかった。エスクですら、そうだ。彼がいうようにミリュウは人見知りが激しい。いや、人見知りというよりは、セツナ以外はどうでもいいと突き放しているようなところがある。そのどうでもよくない部分にファリアやエリナが加わり、シーラ、レムなどがゆっくりと追加されていった。エスクもそうやって、ようやく慣れたといったところだろう。

「だからといって、ミリュウ殿に雲の連中に慣れてもらおうだなんて、俺は思っていませんぜ」

「ん?」

「俺は、彼らを戦いに巻き込みたくない」

「……そういうことか」

 セツナは、エスクの伏せたまなざしを見つめながら、彼の考えを察した。このまま、乗船員として連れ回るということは、戦場に連れ歩くも同義であり、戦闘に巻き込むことになりかねない。セツナも彼ら“雲の門”を戦闘要員として考えてなどいなかったが、志願してこないとも限らない。そうなれば、断れるかどうか。セツナが拒んだとしても、独断でエスクの支援をしようとするかもしれない。ただの人間がだ。武装召喚師や召喚武装使い、神人、獅徒の戦いに入り込めるわけもない。死ぬだけだ。

 ならば、船から降ろせばいい、という結論になる。それも、“雲の門”の連中の身の安全や身の振り方を確保した上で、だ。

「わかった。帝都についたら、考えてみよう」

「さすが俺の大将だ。話がわかる」

 エスクは、おもむろにセツナを抱擁した。暑苦しい抱擁だったが、セツナは、そんな彼の反応に暖かさを覚えて、目を細めた。

「ん……」

「なんです?」

「いや、懐かしいな……って思っただけだよ」

「はは、俺もですよ」

 彼は、笑いながらセツナを解放すると、遠い目をした。

「こうやって、再びあなたのことを大将と呼べる日が来るだなんて、考えたこともなかった。俺はあのまま、雲の一員として流れるまま戦い続けるのかって思ってたら、東帝国の人間になって、あれよあれよと戦い続けて……」

 彼が東帝国の一員として戦うようになった経緯については、既に聞いている。“雲の門”に拾われ、“雲の門”の一員として戦い続けた結果、東帝国に目をつけられ、“雲の門”幹部たちを人質に取られたという。彼はそのことそのものを後悔しているわけではないだろう。ただ、その戦いの果ての結末に対しては、ある種の諦観を抱いていたようだ。

「帝国の奴隷として死ぬのかと、考えていた」

「……そうか」

 エスクが再びセツナを見た。目が輝いている。

「まさか、戦場であなたと見えるとは想わなかった」

「俺だってそうさ」

 そのとき、セツナが苦笑したのは、彼の偽名を思い出したからだ。ラーゼン=ウルクナクト。古代語で黒い矛の下僕を意味する偽名は、黒き矛のセツナの関係者であることを表明しているようなものだったのだ。無論、気づかないものは気づかない。古代語がわかるからといって、その名から黒き矛のセツナを連想することなど、本来はありえない。セツナたちだから、黒き矛が身近にあった自分たちだからこそ、連想しえたのだ。そして、エスクはそれを狙っていた。セツナたちだけに向けた主張なのだ。

 自分はここにいる、という強い主張。

 エスクは、ずっと、自分の居場所を叫び続けていた。その事実を理解したとき、セツナは、どうしようもなく彼のことを愛おしく想った。彼がそうまでして、自分たちとの再会を望んでいるのだと知れば、そうもなろう。

「まさか、ラーゼン=ウルクナクトなんて名乗る大馬鹿者がいるなんて、考えたこともなかったよ」

「いいじゃないですか。わかりやすくて」

「ああ、本当に、わかりやすい馬鹿さ加減で、好きだぜ」

 セツナが告げると、エスクは屈託のない笑顔を浮かべた。

 彼がそんな顔で笑うのは、初めて見たのではないかと想うくらい、邪気のない笑顔だった。

 



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