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第二千三百四十五話 呆気ない

 ニアズーキに西帝国軍一万余名が入ったことで、セツナ一行は、ニアズーキを離れることができるようになった。それまでは、ニアズーキを手放した東帝国軍によって再度制圧されることのないよう、警戒に当たっていなければならず、ランスロット=ガーランドともども防衛任務についていなければならなかったのだが、一先ずの戦力が確保されたことでセツナたちだけは自由の身となった。ランスロットは、いましばらくレダ=ハック大佐ともども警戒に当たるとのことであり、セツナたちはランスロットとはしばしの別れとなった。

「ファリア殿や方々のおかげでニアズーキを奪還できたこと、何度も申し上げますが、感謝を。皆様方の協力がなければ、こうも上手くすべての都市を取り戻すことなどできなかったでしょう。やはり、持つべきものは強力無比な味方ですな」

 別れ際、彼はひらひらと手を動かしながら、軽い口調でそんなことをいった。

「特にセツナ殿は、ニアフェロウのみならず、ニアダールの奪還まで尽力して頂いて、なんとお礼をいえばいいのやら」

「帝国との契約を履行したまでのこと。特別感謝されることではないさ」

「それは、そうですがね」

「感謝したいのはこっちのほうだよ、光武卿」

「はて」

「船を貸してくれたおかげで、いまの俺たちがいる。ありがとう」

 セツナは、何度目かの感謝をランスロットに伝えた。ランスロットは虚を突かれたような顔をしていたが、最後には、満面の笑顔になった。すべては、繋がっている。あのとき、彼らがベノア島に訪れていなければ、騎士団に話を持ちかけていなければ、騎士団がセツナを名誉騎士として認定していなければ、セツナに話を持ちかけなければ、セツナと帝国が交渉しなければ、帝国が船を貸し出さなければ――このように事が上手く運ばなかっただろうことは、想像に難くない。

 すべては、あのとき、西帝国外遊船隊がベノア島に着岸したことから始まっている。そして、西帝国側が選択を間違えなかったからこそ、セツナは、皆とともにこの地を訪れることができたのだ。

 何度でも想う。

 もし、あのとき、セツナが海を渡る手段を得なければ、どうなっていのか、と。

 第二次リョハン防衛戦には間に合わず、ミリュウたちの捜索も行えず、当然、ザルワーン・ログナーの戦いにも間に合わなかった。なにもかもを失っていた可能性がある。

 そういう意味でも、セツナは、ニーナやランスロット、リグフォードに感謝してもしたりなかった。皆とこうして旅をしていられるのは、すべて、彼らとの交渉のおかげというほかないのだ。だからこそ、セツナは、西帝国が東帝国に打ち勝つために全力を挙げる。ただの契約、同盟者だからではない。命の恩人と言い換えてもいいくらいの存在なのだ。

 セツナにとって、西ザイオン帝国とは。


「一先ず、帝都へ戻るのか?」

 方舟に乗り込めば、機関室で女神マユリが待ち受けていて、彼女は、方舟の行き先を聞いてきた。映写光幕には、南ザイオン大陸西部の地図が映し出されている。ただし、その地図は、ザイオン帝国時代の領土図を元に、南ザイオン大陸部分だけを切り取るようにしたものであり、正確性にかけていた。とはいえ、都市の位置まで大きく変わっている可能性は少なく、“大破壊”以前の地図に利用価値がないかといえばそういうわけでもない。

「いや、まずニアフェロウに向かって欲しい。剣武卿に報告しなけりゃならんし、エスクもいるからな」

「わかった。では、発進するぞ」

「ああ」

 セツナがうなずくと、女神は、方舟の動力機関である水晶球の上で微笑んだ。水晶球が強く光を発し、動力が船全体に行き渡っていく。方舟は、駆動音というものがほとんどなく、極めて静かだ。基本的に反動もないため、映写光幕に外部映像が映し出されない限り、機関室にいる間は、動いているのか止まっているのか、ほとんどわからなかった。

「エスクなんておいていってもいいのに」

「そんな言い方はないだろう」

「あたし、あいつあんまり好きじゃないし」

 と、素っ気なくいってきたのは、ミリュウだ。エスクに対していい印象を抱いていないのは、なにもシーラだけではない。かつて彼がしたことを考えれば、そうもなるだろうが、とはいえ、彼がセツナに見せた忠誠心は本物だったし、そのことを理解していないミリュウでもない。彼女は、こうもいった。

「そりゃあ、生きてたのは良かったって想うけどさ」

「だろ。だったら、逢って、喜んでやれよ」

「ううん……」

「俺としちゃ、あの野郎が生きていてくれて良かったよ」

 シーラが、刺々しさの中にも嬉しさを隠さず、いった。その一言にミリュウが彼女を見遣る。ミリュウがエスクを嫌った理由のひとつには、シーラのことがあるのかもしれない。ミリュウは、シーラとよく喧嘩をするものの、嫌い合っているわけではない。むしろ、好意を持つ対象だからこそ、ちょっかいを出しては口論や喧嘩に発展するのだろう。そんなシーラと険悪な関係だったエスクに対し、よからぬ印象を持ち続けていた、というわけかもしれない。

「俺と同じセツナ様の家臣なんだ。勝手に死にやがったら、許さねえ」

 シーラが語気を荒げて、告げる。その言葉に込められた複雑な感情に関しては、わからないことが多い。シーラとエスクの間のわだかまりは、ふたりがセツナの家臣として日々を過ごすうちに多少なりとも解消したことは、知っている。ふたりは、最終的にはセツナの家臣団の双璧となった。そのころには、ふたりとも、アバード時代のことなど忘れるように接していた記憶がある。

「そういうこと?」

「そういうこと」

「まあよくわかんないけど、シーラがいいんなら、別にいいわよ。迎えに行ってあげても」

 恩着せがましくいってくるミリュウに対し、セツナは苦い顔で告げた。

「おまえがどういおうが、俺は迎えに行くつもりだったからな」

「なんでよー」

「あいつは、必要なんだよ」

「ぶー」

「ぶー、じゃねえ」

 おもむろに抱きついてきては自分を主張してくるミリュウから逃れようともがくと、彼女は、泣きそうな越えでいってきた。

「あたしはどうなのよー」

「必要不可欠だよ」

「あん」

「呆気なさ過ぎる……」

「そこがミリュウ様のいいところにございます」

 茫然とするファリアに対し、レムが満面の笑顔になっているのは言葉だけで想像がついて、セツナは、なんともいえない顔になった。ミリュウの反応はいつも通りの単純明快なものであり、それそのものはどうでもいいことだ。彼女はわかりやすく、故に御しやすい。ただし、雑にあしらおうとしても、彼女には通じない。誠心誠意、全力で対応しなければならなかった。そこがミリュウ相手の難しいところだ。

 ミリュウは、セツナが本気でいっているのか、心なくいっているのか、瞬時に判断できるのだ。セツナの言葉から感情の微妙な変化を読み取るくらい朝飯前であり、故に、たとえば軽くあしらおうとしても、彼女は不機嫌になるばかりであり、悪化するだけなのだ。たとえ、彼女の戯れをあしらうためとはいえ、本心を伝えなくては、響かない。

 つまり、セツナが彼女に対して必要不可欠だといったのも、本心からだ。

 でなければ、ミリュウは、相好を崩すようなことはない。

 

 やがて、ニアフェロウに辿り着いたのは、約二時間後のことだ。

 六月三日、午前十時過ぎ。つまり、ニアズーキを出発したのは、午前八時くらいという早さだったが、なにごとも早く行動するほうがいいというセツナたちにとっては当たり前の行動方針がそうさせている。

 ちなみに、六月二日は、ニアズーキで過ごしている。

 ニアフェロウに入れば、剣武卿シャルロット=モルガーナによって出迎えられた。

 ニアダールからニアズーキへの軍団搬送任務が無事に終わり、ニアズーキに一万余名の兵士が入ったことを伝えると、シャルロットはセツナの手を握って感謝を示した。その一挙手一投足が気に食わないと、眼光鋭く睨み付けたのはミリュウだが、ファリアたちが宥めたことで事なきを得る。ミリュウがシャルロットに対し牙を剥きかけたのは、彼女がセツナの前で色気づいているように見えたから、らしい。

 セツナにはまったくそんな風には見えなかったし、思えなかったのだが、後で聞いた話によれば、ファリアやレムもシャルロットにそのような気配を感じたという。おかげで、ニアフェロウ奪還任務中、シャルロットとの間になにかあったのではないか、とファリアたちに尋問を受けることとなり、セツナは、その釈明に追われた。

 当然だが、シャルロットとの間になにがあろうはずもない。

 しかしセツナは、シャルロットが敬愛しているのはニーウェハインであり、彼女がセツナに懸想することなどありえないということを説明するために骨を折らなければならなかった。女性陣の嫉妬ほど恐ろしいものはない。久々にその事実を思い知り、セツナは自分の言動を改めてみるべきではないか、と、本気で考えた。

 どうやら、セツナは他人に勘違いされやすい人間らしいのだ。

 無論、シャルロットがセツナの言動で勘違いし、セツナに惚れるようなことは万が一にもありえないことなのだが、ミリュウやファリアたちがそう認識されてもおかしくはないくらいには、誤解を生む言動をしがちだということだ。 

「そういえば、シルヴィール様もいましたものね」

 レムの何気ない一言が、新たな火種になったことはいうまでもない。



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