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第二千三百四十四話 制度

「なんだか……変なことになっちゃったわね……」

 ファリアがため息交じりにつぶやいたのは、ミリュウ主導の会議がさながら嵐のような速度で展開し、議題が正式に認められ、決定事項となり、閉会してしまってから、しばらくの時間が経過してからのことだ。

 会議は、この軍施設内広間で行われた。参加したのは、主導したミリュウ、シーラ、エリナ、ミレーユにダルクスも一応、顔を出している。無論、セツナとファリアも強制参加だ。ゲインとレムは食器を洗ってから合流するといい、会議が白熱し始めた中盤に顔を見せた。女神マユリがいれば勢揃いといった顔触れだが、女神も会議に参加しなかったわけではない。腕輪型通信器によって、その場にいなくとも、会議に参加することができている。

 ミリュウは、マユリ神だけ仲間外れは可哀想だと考え、参加を呼びかけたのだ。女神は、当然、喜んで参加を表明し、会議中、たびたび茶々入れをしては面白そうにしていた。マユリ神が楽しそうなのはいいことなのだが、セツナは、なんだか自分が出し物にされた気がして、なんともいえなかった。先もいったように、それで皆が納得するというのなら、セツナに異論も反論もないのだが、とはいえ、だ。

 議題というのは、もちろん、セツナがニアズーキ到着後、ミリュウが提案していた戦功式セツナ独占権に関するものであり、その議論が白熱したのは、エリナとその母ミレーユまでもが――面白がって――参戦したからだ。戦功を基準とすれば、戦場に出る機会のないミレーユや、直接戦闘することのないエリナが不利である、と、カローヌ親子は主張したのだ。その意見にはミリュウも当然の主張であると認めると、会議に参加した全員で侃々諤々と意見を戦わせた。

 そして、導き出された結論は、戦果式ではなく、成果式セツナ独占制度の導入であり、その成果には、戦闘以外の様々な活動が含まれることとなった。つまり、普段、ミレーユに任せきりになっている掃除洗濯や、食料物資の買い出しなども、査定に含まれたのだ。その査定を行うのは、女神マユリであり、女神は公平な査定を行うと誓った。そのため、査定を求めるならば、腕輪型通信器による活動報告を行う必要が出てきたが、ミリュウたちは皆それで納得したらしい。

 もちろん、女神自身も、その制度に加わるということであり、セツナを独占できる日が来ることを待ち遠しそうにしていた。ミレーユもそうだが、マユリ神までもが積極的に参加しようとすることには、驚くばかりではあった。

 セツナとしては、皆がそれでいいというのであれば、口を挟む理由などあろうはずもなく、議論の推移を見届けている。

 会議が終われば、ニアズーキ奪還の殊勲者であるファリアが今日一日のセツナ独占権を得たことがミリュウによって発表されたが、だれひとり異論を述べるものはいなかった。それだけ、ファリアの活躍が凄まじかったということだ。セツナも、彼女の活躍については、マユリ神から聞き、驚嘆したことを覚えている。ファリアは、ニアズーキ全体を包み込む巨大な防壁を作り上げ、ニアズーキ外部に展開していた東帝国軍を帝国領に撤退させることに成功したというのだ。強引でありながら、血を流すことのない見事なまでの勝利は、ファリアだからこそできたことだった。

 そんなファリアがニアダール戦の殊勲者だということは、ランスロットも認めることであり、彼は会議にこそ参加しなかったものの、セツナに対し、ファリアにその活躍に見合っただけのなにかをしてあげるべきではないか、と、囁いてきたという事実がある。赤の他人の余計なお世話ではあったが、セツナは、彼の意見を否定するつもりもなかった。

 そうしてだれひとりいなくなった広間の椅子に腰掛けたセツナは、ファリアの先ほどのつぶやき苦笑を漏らした。

「まったく……なにを考えているのやら」

「そりゃあ、自分のことでしょうけど」

 ファリアは、会議のときに座っていた椅子を離れると、広間の窓際に設置された長椅子に座り直しながら、告げた。セツナをちらりと見てくる。その視線の意図を瞬時に理解して、彼も、椅子から立ち上がった。

「でも、皆のことでもあるのよね」

「皆のため……か」

「だって、わたしもミリュウだけじゃないもの。君のことが好きなの」

 ファリアの言葉のひとつひとつにどきりとしながら、彼女の左隣に腰を下ろす。セツナの右側がファリアの定位置だ。それはいつだって変わらない。

「レムもシーラもエリナも皆、君のことが大好きなのよ。決して言葉には出さないけどさ、心のどこかでは独り占めにしたいって想ってる」

「ファリアも?」

「当たり前じゃない」

 彼女は即答して、腕を絡めてきた。めずらしく積極的な態度に出るファリアに動揺を禁じ得ないセツナだったが、彼女が指先までも絡めてくると、静かに握りしめ、応えた。

「わたしだって、皆の前では平静を装っているだけよ。いつだって、君だけしか見ていないし、君だけしか見えないわ。君のためだけに生きているといっても過言ではないもの」

「ファリア……」

「でも、セツナは大変よね」

「え?」

「皆の想いに応えなくちゃならないもの」

 ファリアが、いつになく真摯なまなざしでこちらを見ていた。美しい緑柱玉のような瞳。見ているだけで吸い込まれそうになる。それはつまり、彼女に魅了されているということだ。それは否定しようのない事実であり、否定する必要もないことではある。彼女は、セツナの手を握ったまま、微笑んだ。

「怒ってるわけじゃないわよ。勘違いしないでね。君の愛は深く、大きい。それは、わたしが一番知っているから……君が皆に分け隔てない愛情を注いでいるから、全部上手く行っているんだもの。それは否定しないし、そこに嫉妬もしないわ。だって、君の愛は、あまりにも大きすぎるから……嫉妬する自分が惨めになるくらいにね」

 彼女が静かに苦笑するのを見て、セツナは、罪悪感に苛まれた。セツナも、彼女を愛している。ファリアと添い遂げたいと想っている。が、同時にミリュウやレムたちの想いも受け入れなくてはならないという気持ちもある。彼女たちの人生の責任を取らなくてはならない。ミリュウにせよ、レムにせよ、シーラにせよ、彼女たちの人生を狂わせたのは、セツナといっていいのだ。そんな彼女たちの幸せを願うのは当然のことだったし、そのためならなんだってしてあげたいと想うことそのものは、決して悪いことではあるまい。それがどういうことなのかも、理解している。

 道徳的には、決して許されるようなことではないのだろう。

 そんなことはわかりきっている。

 それでもセツナは、彼女たちのだれひとりとして、いや、彼女たちだけではない。周囲の人間のだれひとりとして、不幸にしたくはないのだ。ゲインもダルクスも、だ。マユリ神さえ、そう想っている。

「皆、君の愛を欲してる。そして、君は皆に愛を注いでいる。だから、上手く行く。なにもかも、上手く行っている。そうでしょ? 皆が満たされ、希望を失わずに済んでいるのは、君がいるからよ。中心に君がいて、わたしたちがその周りにいる。だから、上手く行く。独占なんてできるわけがないわ」

 彼女は、そういいながら、セツナに甘えるようにして肩に頭を乗せてきた。

「だから、あんなことを言い出したんでしょうね。ミリュウ」

 それは、決してミリュウが自分のためだけを想って考えたのではない、ということだ。ミリュウがセツナを独占するためだけならば、わざわざそのような提案をぶち上げる必要はない。なぜならば、普段から彼女はセツナにべったりであり、周囲にひとがいない時間を見計らって、ふたりきりになることだってできるからだ。わざわざ、制度を設けたのは、皆に平等にその機会を作るためにほかならなかった。それも、戦闘以外の活動さえも成果に含むというのだから、だれもがセツナを独占する機会を得られるということになる。

 敵を倒すには不向きなエリナも、非戦闘員のミレーユも、ゲインも、マユリ神も、無論、ダルクスも。ダルクス本人がどう想っているかはともかくとして、そうなった。

「まあ、悪くはないわよ。少なくとも、いまこの時間、君はわたしのものだものね」

「そうなるな」

「ふふ……まさか、旅を始めて、こんな時間を持てるだなんて想わなかったな」

「……確かに、そうだな」

 セツナは、ファリアが全力で甘えてくる様子に嬉しくなるのを抑えきれず、頬を緩めながら、その髪を撫でた。決して、ほかのだれかがいる前では見せない姿がそこにある。

(確かに……そうだ)

 方舟による旅を始めたとき、いつかふたりきりの時間が得られるだろう、などという甘い考えは捨てていた。それこそ、この戦いが終わるまでは平穏など訪れるわけがないと想っていたのだ。 

 それがどうだ。

 戦争真っ只中とはいえ、幸福なひとときを味わえている。 

 ふたりきりで、とくになにかを議論するでもなく、検討するでもなく、ただ時が流れていくのを感じるだけの時間。

 言葉にならないほどの幸福の中で、セツナは、確かに感じたのだ。

 自分はいま、生きているのだ、と。


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